No.2ベストアンサー
- 回答日時:
手っ取り早く、初期の若書きの作品を読んでみるだけでも、短編の名手と分かります。
理屈っぽい学生作家だったけど、文章はみずみずしく、抒情性をたたえています。物語の設定も巧みです。私も夢中で読みました。中期の彼の長編は晦渋です。文体も曲がりくねって「悪文の見本」と言われました。それでも、『「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち』の連作短編は読みやすいですね。まあ私は中期後期(彼の代表作などが書かれた)はちょっとしか読んでません。知ったかぶりで回答してます……。
ノーベル賞をもらう前は、(もちろん文名は高かったが)講演でもお客が百人くらいとかで、こじんまりしてましたよ。私も行ったことがありますが、滑舌が悪いです。でも威張ってなくて、穏やかな感じの人でした。
彼は成城に立派な家を建てて、東京近辺なら小さな講演会をこなしていたようでした。日本の文壇政治に対しては、けっこう攻撃的に反応したとも噂されてるけど。大江はノーベル賞を受けたけど文化勲章は辞退したじゃないですか。
あれは、サルトルがノーベル賞を辞退した後、フランスの受賞が数十年間もなかった(それまでは数年おきにフランスの作家がもらってたのに)という例を考慮したようです。また、大江は阿川弘之らと仲が悪く、その阿川らが文壇政治をしてたので、大江は「文化勲章はあの連中がもらっとけ」と嫌悪したのかも知れません(実際、阿川はのちに文化勲章を受けた)。
とにかく、初期の短編『飼育』(芥川賞受賞作)の一節をどうぞ。すぐれた文章です。
僕も弟も、硬い表皮と厚い果肉にしっかり包みこまれた小さな種子、やわらかく水みずしく、外光にあたるだけでひりひり慄えながら剥かれてしまう甘皮のこびりついた青い種子なのだった。そして硬い表皮の外、屋根に上がると遠く狭く光って見える海のほとり、波立ち重なる山やまの向こうの都市には、長い間もちこたえられ伝説のように壮大でぎこちなくなった戦争が澱んだ空気を吐きだしていたのだ。しかし戦争は、僕らにとって、村の若者たちの不在、時どき郵便配達夫が届けて来る戦死の通知ということにすぎなかった。戦争は硬い表皮と厚い果肉に浸透しなかった。最近になって村の上空を通過し始めた《敵》の飛行機も僕らには珍しい鳥の一種にすぎないのだった。
大江健三郎『飼育』
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