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タイトルどおりです。
人間観ってなんですか?

A 回答 (8件)

人間=あなた=意識=宇宙



=全ての存在は、量子的な不確定性に基づいており、
無限につめこむと存在確率の山が平らになって、無と
等しくなります。
この「絶対無=不確定性無限」において、その無限の
闇に認識体の仮定断面の運動を想定すれば、相対的
に無の風は光になり、認識体はその光(量子相互作用
パターン)の向うに、自己の補完(相補的不確定性)と
しての宇宙を認識するのです。
不確定性原理において本質的に確定化すると無限不確
定に発散するものを、現象表面的にいい加減に捉えると
有限化する‥‥無いとは分からない事が有なのです。

=無(=不確定性無限)の潜在としての認識可能性
(感受表面(量子相互作用)=現在=光速)から、自我仮説
(時間的流れ=記憶=過去=超光速)と時空仮説(空間的
広がり=予測=未来=光速下)の相補分化。
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 その名のとおり、人間をいかなる観点でとらえるか、見るかということです。



 近代の人間観は、個人主義に席巻されています。つまり、原子論的人間観と呼べるものです。つまり、1つ1つの個体がいて、社会が成立するのだというものです。

 しかし、他方で社会が本当に「個人の集合」で成立しているのかということが問題になります。たとえば、人間の伝統的習慣や規範は、われわれにたえず制限を与えているのです。これは社会システム論といういわれる観点で、彼らは「規範は内面化する」人間を構想しました。

 いろいろありますが、ともかくこの人間観のとらえ方で、社会の見え方も大きく変わってきます。きわめて思想的に重要な問題です。
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カールロジャースの人間観は、確か、成長仮説と実現傾向とかいうのがあって、


「人間誰しも幸せになりたい、健康でいた、成長したいという欲求がある。また、自己実現の欲求がある」みたいな話ですよ。
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あくまでも、私の考えなので、学問的に的を射ているかどうかはわかりませんが、感じた事を書いてみます。


「~観」という言葉自体がとても曖昧なものですよね。「確実にこうである」という定義付けの難しいものであることは確かです。ただし、自分が所属する社会や会社や友人関係の中では、「正しい~観」と「間違った~観」は存在すると思います。
 人間観というのは、「人とはこうあるべき」とか、「人はこう生きるべき」とかについての個人それぞれの考え方だと思いますが、例えば日本という社会は法治国家ですので、法律に反する人間像を主張すれば、「あなたの人間観は間違っている」と言う風に言われる訳です。しかしながら、矛盾する考え方もできて、「人は法に縛られて生きるべきではない、俺は、例え法律に触れようとも人が困っていれば助けてやりたい」という考え方は「人間観」が間違っているとは言い難いですよね。
 つまりは、バランスなんだと思います。社会の中の個人という位置付けならば、他人の為に何かをするという意図であれば、人間観が違っているとは言われないのだと感じます。自分本位の考え方の場合には非難を浴びる事がありますが、それも、自分の中に秘めた思いである限りは間違いとは言えないんですよね。
 結局、人間観って言うのは、「自分自身を社会的な生き物の一員だと位置付けるための思想」なんだと思います。sayosayoさん自身も思想が社会の多数に受け入れられようと受け入れられまいと、どちらにしても、社会の一員として存在したいという気持ちから「人間観」について思索を巡らせるのではないでしょうか?だって、人間でなくてもいいのなら、わざわざ人間観について考える必要はないですもんね。
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人間を主体としてではなく、又自然科学以外の方法で客体として考えた場合の答えではないでしょうか。

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#1,#2の方がおっしゃる通りなのですが,少し視点を変えて


異なる人間観が対立する例を挙げてみます。

人間は造物主によって当初から万物の霊長として造られたのであり,
他の動物とは決定的に異なる存在だとするユダヤ=キリスト教的人間観と,
人間もしょせんサルの一種であり,他の動物と連続する存在であると考える進化論的人間観のあいだには越えがたい壁があり,
たとえばアメリカ合衆国の教育界を舞台に法廷闘争が繰り広げられてきた歴史があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96% …

また進化論的人間観を受け入れる人々のあいだにも,
人間のありようは生得的な因子によってほぼ決定されているとする人間観と,
人間は環境の産物であって経験によっていかようにも変わりうるとする人間観の対立があります。
これは合理論/経験論,あるいはnature/nurtureの対立軸です。
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 タイトルどおりです。

人間に対する観方です。用例:彼の人間観は偏っている。
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何かで見たのですが、人間観とは


「人間というものはこういうものだという、
人間一般に関する捉え方のこと」
と書いてあったのを覚えています。
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