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部落とはハリジャンと同じような意味なのでしょうか?

役に立った:9件
  • 質問者:helpinngooo
  • 投稿日時:2005/10/27 14:45
  • 困り度:暇なときに回答をください

はじめまして
昔から部落差別がどうのと言う事で気になっていたんですが
親に聞いてもあまり良い回答は得られず困ってました
辞書で引いても「比較的少数の民家が集まっている地区。共同体としてまとまりをもった地縁団体で、村の単位となる」と書かれているだけでした
しかしドラマや教育番組の台詞から何か変わった宗教団体的なイメージがあったので今一納得納得し難い所がありました
あるサイトで「部落民とは、近世の封建的身分制の最下位におかれた賎民のなかで、その主要な部分を占めていた、えた身分に属していたという理由で、明治維新後も経済的・社会的・文化的に低位な生活を余儀なくされるなど、封建的身分差別の残りものに苦しめられ
てきた人びとのことをいう。」と書かれていた事から
ヒンドゥー教のハリジャンと似た感じがしたのですが
1意味的には同じ事ですか?
2今も前項に上げた人々に対して差別はまだ残っているのでしょうか?
3部落民とは日本人ではないのですか?
よろしくお願いします

この質問への回答は締め切られました。
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No.7ベストアンサー20pt

  • 回答者:ipa222
  • 回答日時:2005/10/28 11:49

部落差別の対象となった人たちの、その理由はいろいろあります。
時の政府に逆らった人たちもいれば、古くからの理由がある人たちもあります。

古くからの理由があるケースを考えたら、ハリジャンとは違うとおもいます。
さまざまな特権を握っているケースもありますので、決して「かわいそうな差別された存在」というものではなかったようにおもえます。
下級行政職の集団が独立して全国にネットワークを張りながら生活していたというイメージだとおもいます。
決して社会的に低位な存在ではなかったとおもいます。

例えば、遊女のルーツは、律令時代に宮廷で音楽や舞踏をやっていたグループ(公務員)が、律令制の崩壊とともに貧窮し、自給自足を強いられて、グループとして売春を始めたというもののようですね。
元々巫女などフリーセックスの対象となる聖なる女性の存在もあったので、キリスト教国ほどのタブー視された職業ではなかったとおもいますが、農民とは大きな距離をもって生活していたとおもいます。

社会的に差別されるということは、時代によっていろいろ変わります。
江戸時代のように農民中心の社会であれば、商工民やその他の人たちは低く見られ、商業中心の時代には農民は低く見られます。

現在でも、高度成長期は農民は低く見られ、現在はエコロジーや田舎暮らしブームのおかげか農民の見られ方が多少向上しています。

農民×非農民という民族的距離感が、さまざまな民族間のタブーにつながっているとおもいます。

ハリジャンは宗教上の存在ですが、日本は多民族国家ですので、民族間の力関係で強弱が変動したという事でしょう。

現在は、社会的な差別は存在していません。

日本は多民族国家です。数えきれない移民や流民によって構成されています。特定の職業や住民だけが、他と違う民族と言う事はあり得ません。みんな違う民族とおもっていいでしょう。

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  • 回答者:yoshi104
  • 回答日時:2005/10/27 23:18

人権問題に関わる話なので細かくは書きません。
勉強してから質問しましょう。
一つだけ
「日本人です」

あとは勉強のためのキーワードを回答します、検索し書物を読んで知識を得ましょう。

・起源は奈良時代に遡る。
 (だから西日本に多い)
・陰陽師・安倍晴明
・歌舞伎・阿国
・破戒(島崎藤村作)
・橋のない川(住井すゑ作)
・手紙/チューリップのアップリケ(岡林信康詞曲)
・鶴の恩返し(民話)
・信太の狐火(民話)
・同和
・解放同盟(解同)
・士・農・工・商・○○・○○

全て部落に関わるものです。

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私の回答を、倫理に反した発言として規約違反で削除されても、一切異議申し立ては致しません。それを前提にどうしても書かさせてください。「部落民」として主に括られる場合、私が知るうる知識では、よく時代劇等で、例えば大岡裁きで処刑される磔の罪人を槍で刺す人たちが、庶民の恨みを買わない様に隔離され、限られた部落で近親相姦を繰り返し、時々他の部落から女性を誘拐し手篭めにしていた。そんなイメージにされています。ですが、そんなことは自由恋愛が許されなかったつい最近までどこの地方でも、いとこ同士、兄妹、姉弟の結婚なんて普通にあった事です。奇形児が生まれる危惧がある傍ら、とんでもない天才の生まれる可能性もあったそうです。例えば、苗字で素性が分かるそうです。自分も何例か知っていますし、過去、一緒に働いたことのある女性が「私は部落民だから」と飲み会で泣き崩れたことがありました。馬鹿馬鹿しい偏見に同情も出来ず、やりきれない気持ちになりました。今でも差別は存在しています。ただ、親の世代はともかく私たち50歳に近い世代では薄れつつあり、私は意味の無い差別だと思います。我が子が例え誰を好きになっても反対するつもりもありません。
岡林信康さんの「チューリップのアップリケ」や「手紙(これは放送禁止歌)」でも訴えて折りますし、住井すゑさんの小説「橋のない川」は読んではおりませんが、映画はビデオで観ました。是非ご覧下さい。

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No.4ベストアンサー10pt

「部落」という言葉は、辞書のとおり、本来差別問題とは何の関係もない言葉です。
部落差別問題における部落というのは正確には「被差別部落」と表現されるものです。

江戸時代の士農工商の身分制度で建前としては上位に置かれた農民たちですが、特に江戸中期以降は都市部と農村との貧富の差が拡大(現在の中国のような状況)し、農民たちの不満が大きくなっていました。
そこで、現在では名君として列せられる暴れん坊将軍こと八代将軍徳川吉宗が、四身分のさらに下の身分をつくり農民たちに「もっとひどい者たちがいる」と我慢を強いたのです(「上見て暮らすな、下見て暮らせ」という言葉があります)。その人たちが暮らした部落が被差別部落です。

というのが、私が中学時代に教わった知識です。参考URLに書かれていることとは異なる部分もあり、どちらが正しいのかは分かりません。

明治以降の四民平等により建前上はこの身分もなくなりましたが、民衆の意識に刷り込まれた差別意識はなくなることなく特に被差別部落の近隣では親から子へ、子から孫へと脈々と差別思想教育がなされています。
私が小学校高学年の際に中学校が新設され、私の地域は近隣の被差別部落と一緒にその中学校の校区になりましたが、猛烈な反対運動がおきました(もちろん、表向きは何事もなかったことになっていますが、裏では地域の有力者を通じてアレコレやっていたようです)。また、中学校時代も親から頻繁に「部落の言葉を使うな」と言われたものです(被差別部落は外部との交流が殆どできなかったため、近隣でありながら独自の方言があるのです)。
また、ネット上でも頻繁に「今度○○市の××という地域に引っ越そうと思うのですが、そこって部落じゃないですよね」という質問が飛び交っています。

さらに、建前は別として実際にさまざまな不利益を被っているのをなんとかするために特別措置法が時限立法で作られ、それを根拠に被差別部落にかなりの税金が投入されました。それが逆に近隣の反発を生み、僻みから新たな差別意識も生まれています。

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こんにちは。

No.2の方同様、私の住んでいるところ(関東です)田舎では、部落を辞書に載っている意味でしか使いません。
最近「地区」とか言ってるので「部落」は使わないけど、昔はフツーに使ってました。

それと別に、被差別部落(元、ですけど、もちろん)というのがあります。
気になっていらっしゃるのはこちらのほうの部落ですよね。

カースト制の概念を私はよく知らないので比較はできませんが、日本の制度は宗教的意味合いではなく、江戸幕府が作った社会制度の中にあったものです。

江戸時代にそもそも現代のような「日本人」という概念は無かったのではないかと思いますが、同じ民族(今で言う日本人)の中でのものだったようです。

私も勉強不足ですが、No.2,No.1の方々の反応を見ると、今も微妙な問題なのですね。

このサイトも勉強になりそうです。
  ↓
http://www.city.okayama.okayama.jp/jinken/douwa/ …

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  • 回答者:les-min
  • 回答日時:2005/10/27 15:20

こんにちは。。

 このご質問は、地域性がかなり重要な事柄なので、その点はよくよくご考慮・斟酌いただきたいのですが・・・

 1についてですが、「部落」という言葉を、差別・被差別とはまったく関係なく「集落」とか「地域」とかいう意味で使用する地域がかなり存在します。(ウチもそうです。)NHKのAMラジオを聴いていると、地方の方々がインタビューされたり、電話で話ししたりしている中での用法でも、「部落」という言葉がポンポン出てきて、アナウンサーが慌てていることがよくあります。

 2に関しては、なんとも言えませんね。地域性が大きいと思います。#1の方のご回答はもっともだと思います。

 3に関しては、人種というより、要は職業差別という意味合いが大きいのではないかと思います。革製品の製造、精肉などを「穢れ仕事」としておいて、その恩恵だけをかすめ取った上で、従事する者を差別するという図式を作り上げた結果なのだと思います。理由も謂われもない観念と心証の産物でしょうね。
 ヒンドゥーでいう「不可触民」と観念的には似たものがあるのでしょうが、日本の場合、平安期以降は施策的建前として「単一民族」(←決してそうではないのだけれども)ですから、単一民族間で差別・被差別があるという点は、明らかに異なると言えると思います。また昨今に見られる外国人・在日外国人の問題とは切り離して考えた方がよいのではないかと思います。
 自分としても、お答えできるキワキワですね。では。

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  • 回答者:Turbo415
  • 回答日時:2005/10/27 15:08

人権に関する非常に微妙な問題を含んでいますので、ここでの回答には適さないかもしれませんから、参考のwebページを書いておきますので、ご自分で調べてください。

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