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両者の違いはなんとなくわかりますが、考えれ考える程、よくわからくなってきました

例えば、脳死状態で 生命意維持装置をつけれなば生きていられない状態の人。現在の医療では治る確率が少ない場合。でも 奇跡というのがあって、目覚める時もありますよね

家族としては それでも生きていて欲しいと願っていても 金銭的なことで これ以上は支払えないという場合があるとします

それって やっぱり安楽死の選択 ってなるんですかー

また、死の選択というのは 自分だけの意思で決定していいんですか?家族や周りの意見は関係ないのですか?家族等 みんなの意見が一致した時は どのような選択をしてもそれはそれでいいような気がしますが、意見が違う場合、その結果に納得しないような気がしたり・・

上手に説明できませんが、ケースバイケースなので、それを一概に私は安楽死や尊厳死を否定しますとも、肯定しますとも言えません。

ある人は 尊厳死は 語弊があるかもしれないけど、自殺 ではないのか・・・と言われれば そうなのかなーとも思うし。自らの死に際は 自分で決める 選択の一つといわれえば、それも納得します

自分の考え方が 見解が見出せなくて・・・
すみませんが、皆さん いろんな意見を聞かせて下さい
よろしくお願いします

A 回答 (4件)

映画「海を飛ぶ夢」という作品をご存知でしょうか?


これは尊厳死を選択した、実在の四肢麻痺の男性の人生を描いたものです。
ちなみにアカデミー外国語映画賞を受賞した作品だったと思います。

生きることに消極的になって自殺を選んでしまう人たちを見たり聞いたりすると、無償に悲しい気分になります。
でもこの映画の主人公のような人がする選択は、わからなくもないかもと思ってしまいました。

私は、いわゆる「自殺」は反対ですが、この映画のような人たちが選ぶ「死」には賛成と思いました。

うまく表現できてないですが、よければ一度御覧いただきたいです。
そして感想をお聞かせいただければと思います。
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#1の回答者です。


難しい問題ですね。
家族は生きていて欲しいと思い、たとえ母が尊厳死協
会に入っていたとしても使わない可能性大ですね。
でも「、もし自分が脳梗塞とかくも膜下出血とかで
意識不明になったら、たとえそれが不随で治ったとし
ても尊厳死を使ってもらいたいです。
それは個人個人の生き方だと思います。
人は必ず死ぬ。不治の病で延命は真っ平ゴメンですか
ら。

だからもし母がそういう不治の病でこれから苦しむだけだったら、母の意志にそうようにするでしょう。
とても苦しみながら。。。
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では、きれいに整理してあげましょう。



 といいながら、少し混乱させますが、日本の尊厳死協会は、尊厳死とは患者が「不治かつ末期」になったとき、自分の意思で延命治療をやめてもらい安らかに、人間らしい死をとげること、一方、安楽死は第三者が苦痛を訴えている患者に同情して、その患者を「死なせる行為」と、定義しています。 一応の線引きです。

 ちょっと、尊厳死協会の定義する言葉が、日常の日本語からはなれて、”尊厳死協会用語”的な定義になっているので、私にも抵抗はあります。こんなにいうとわかりよいかもしれません。たとてば、苦しんでいる愛犬を安楽死させる、とか、実験動物を安楽死させる、いいます。

 安楽死のもとのことばはEuthanasiaで、eu (easyily, well, good)+thanatos(death)で、本来の対象は人でも動物でもいいのです。戦場で痛みに耐えられず大量のモルヒネを打って死ぬのは
Euthanasiaです。ただいまの動物愛護のご時世世間にあるEuthanasia Association (安楽死協会)というのは、実験動物の安楽死をちゃんと遵守するように定めるところということが多いのも事実です。しかし、また、本質にたちもどって、International Task Force on Euthanasia and Assisted Suicide ITFAS (國際安楽死と補助自殺推進機構、とでも訳できます)では、ほぼ、尊厳死の内容で、安楽死を定義しています。(2つ目のURL)ですから、日本の尊厳死協会の定義が国際的に完成された定義を反映しているわけでもないのです。
 だって、尊厳ある死が、安楽でなければ、困りますよね。分類学でいうと安楽死のなかに尊厳死が入ることになります。
 ITFASは、まず、安楽死といっておいて具体的には、尊厳死のような(あるいはもっと厳しく崇高で個人の権利を守る)内容を織り込んでいます。彼らは、一度導入された生命維持装置を拒絶する権利をまもろうとしています。(私はこれに賛成)
 ちなみに、日本の法律の世界では、次のような判例があります。
 医師による末期患者に対する積極的安楽死が許されるには、患者が耐えがたい肉体的苦痛に苦しんでいること、死が避けられず死期が迫っていること、患者の苦痛を除去・緩和する他の手段がないこと、生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示のあること、が必要である。-東海大学病院安楽死事件。三省堂 『模範六法2002平成14年版』ま、妥当なとことですね。

参考URL:http://www.songenshi-kyokai.com/dwd01.htmhttp://www.internationaltaskforce.org/fctholl.htm
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尊厳死と安楽死は根本的に違います。


尊厳死は自分の意思で無駄な延命をしないという意思
表示です。
しかし安楽死は罪になります。
例えば私の母が心臓麻痺で急に倒れました。
かなりの年で、救急車を呼び、人工心臓蘇生を人間の
手でやっていました。
そこから、救急隊員が、「機会をつけてよろしいです
か?」と言われ、すぐに尊厳死協会のカード見せまし
た。
救急車の間、人間による人工呼吸を行い、救急病院
に入りました。
家族が呼ばれ「この患者は機械を取り付ければかなり
長生きするけれど装置をつけて良いか」と聴かれ、即
座に尊厳死協会のカード差し出しました。
じっと調べるように見て「分かりました。無駄な延命
はやめましょう」とのことで、数分後に母は亡くなり
ました。
ここで微妙な問題が出るのです。
もしそこで母が生命維持装置を一度でもつけると、そ
の後ははずしたら犯罪になるということを知りました。
ですから安楽死は罪なのです。
ちなみに母は91歳で急に認知症症状が出てきた直後
でしたから、本人もそのほうが仕合せと思ったからで
す。
私も尊厳死協会入っています。

この回答への補足

ありがとう。ございます
mariateresiaさんにもう1つお伺いしたいのですが、
仮に 母親が40代で 尊厳死協会にはいっていなければ、同じような選択をなされましたか?
理屈っぽい質問で すみません。
反論をしてるワケじゃ、ありません そのような選択を実際された方が 別の条件でも同じような選択ができるのか お伺いしたくて・・・

補足日時:2005/11/12 15:40
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