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こんにちは。先日、知人とテレビを見ていた時の事です。
病気を患って身体機能の一部を失った方がそれでも健気に頑張っているという内容でした。何分テレビのやる事なので、お涙頂戴の感動作に仕上がっていたのですが、そこで知人がポロッと、"私、今まで他人を可哀想とか気の毒とか思った事がないのよね。"と言いました。
てっきりテレビには乗せられないぞという意味かと思ったのですが、そうではないようなのです。
"こういう人を見ても変な人だと思ってしまう。これは子供の頃からなんだけど私は異常な人間だから。。。"と事も無げに言い切りました。可愛いとか綺麗という気持ちはわかるけれど、可哀想・気の毒という情動が起きた経験が全く無いというのです。
その人はもう老人と言って良い年齢で、社会生活は普通に営んでおり特にトラブルもないようです。
可哀想・気の毒という感情は、他者より自分が優位であるという前提があるとするなら、ある意味傲慢な感情と言えなくもないですが、そうは言っても自然に湧き上がってくる情動の一つではないかと思います。
それが無いなんて事が本当にありえるのでしょうか?その話にちょっとビックリしたので質問してみました。

A 回答 (3件)

わたしの知人にも居ますよ。

平たく言えば冷血動物というか、人間的な温かみが全く感じられないひと。
でも別に嫌な人ではありませんし、そういう風に生まれきたのだなぁと身近なひとたちは納得して普通にお付き合いをしています。
その知人にも周囲との関係でトラブルはないようですし、あったとしてもその人ではなく相手が感情的になっているだけなのでトラブルとして成立していません。
冷酷な性格とはまた違うんですよね。怒ることはあるでしょうが、怒りに任せて…という感じではないし、感情的な部分での浮き沈みが少ないので、安定感があります。でも何かあっても頼れる相手でないことは確かです。
一般的な家庭には向かないタイプと言えるでしょうね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
回答者様の内容に物凄く符号します。
そうなんですね。話していても全く暖かみを感じないというか、まるで機械と話しているというか何というか。。。
冷酷というのではなく、よく言えば冷静なのでしょうが自分以外の事にはあまりに感情の動きが見えないので、どういう人なんだろうかと。。。
しっかり家庭生活も営んでいるのですが、ここまで無感動で営んでいると言えるのか、とにかく私にとっては不思議な存在です。。。

お礼日時:2007/02/27 13:31

♯1ですが…


このご友人がそういうタイプだからと言って構える必要は何もないですよ。あなたが些細なことで悩んでいるときにごもっともな意見で解決してくれることも多いでしょう。

人間、何が正しくて何が間違っているというのはないはずです。正常な反応とか行動なんてものは多数派が主張しているだけのことですから。自分と凶悪な犯罪者を区別したいが為にそういった枠でくくることは分かりやすいといった意味では当然のことですが、全部ひっくるめて「人間」です。異常者も健常者もありません。それら全てが人類のもつ才能だと、わたしは考えます。

わたしの知人と質問者さまのご友人が同じタイプであればですが、自己中心的とも違いますよね。自分のことしか考えていないというわけではないですし。一般的な人にはない部分を持った人が身近にいるのは、それはそれで勉強になって面白いと思いますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
確かに自己中というのとも違いますね。
自分さえ良ければ良い!!とガツガツしている訳でもなく、あえて言うなら消極的な自己中というか、うまい表現が見付かりませんが。。。
ともかく、アドバイス、ありがとうございます。
色々な人間がいるという事で、ひとまずは納得すべき事なのだと思います。
確かに健常-異常に明確な境界があるというよりは、ある部分では多数派というだけで、人間誰しもある部分で少数派に属するような属性はきっと持っているものだと私も思います。
・・奥が深い。。

お礼日時:2007/02/27 14:43

ある種の知性が欠けた状態だと思っています。

そういう人は本当に沢山いますよ。他の人の内側にある精神を信じていない、知ることができない人々です。多くの人は成長を通じて(2,3歳)、その存在を嫌でも認識し、優れたものは強く理解できるようになります。私の友人でも本当に優れた知性を持つ人がいます。又、私がそうなのですがその資質があまり無くても、最低限の尊敬を払い想像力によって「同じ心」の認識を傾向として持つ人が一般的だと思います。

しかし、そこの部分が完全に欠落する脳を持った人というのも本当に存在するのですよ。理解するという考えにも全く及ばない意識を持った人がいるのです。過去の無差別殺人者や小児性愛虐待者は必ずこの種類なのですが、一般に道徳者だとされて世渡りしてきている人にも沢山います。そうやって世渡りしている人は、根本には全く他人の心の存在を信じていませんが、完全に自己の利益として、単なる道具や習慣として道徳者を振舞い続けている状態なのです。そうやって成長し、一見普通に生活しています。本当に深刻な場面で豹変したように見えるのですが、元々そういう人だったりします。個人的に障害を持つ子を守る為や、親戚の性犯罪者の親などと深刻な問題で渡り合ったことがあるのですが、当たり前の人間の部分が応答しない完全に欠落しているのです。のれんに腕押しで関わると疲れきります。今、悪魔の正体は知性の欠落と考える程です。

その知人さんは異常だと認識している時点で余程正気に近いでしょうし、多くは「いざ」という場面にあいませんから最後まで何も起きないと思います。が、中はそういった可能性だったという・・
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この回答へのお礼

ご回答、ありがとうございます。
・・・沢山いるのですか。それも驚きです。最近荒んだ事件の報道が多くなっているような気もしますが、その様な精神構造の人間が増えているという意味なのでしょうか。だとしたらとても怖いですね。
色々ご苦労を経験されているようですが、やはりこれは一種の病気と考えるべきなのか、それともその人の資質と考えるべきなのか、はたまた病気であるなら治るような種類のものなのか。先天的なものなのか後天的なものなのか。。(ご回答の内容からすると、治りそうもありませんが。。)
私はテレビ番組に乗せられて、素直に気の毒に。と話したら、返ってきた答えがこれだったので呆気に取られてしまいまして、もしかしてこの人は他人の感情が分からない(もしかしたら自分の感情も??)人なのだろうかとちょっとした恐怖を感じました。
やはりそういう人だと割り切って付き合うのが正解という事なのですね。。

お礼日時:2007/02/27 13:39

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