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私の家族は40年以上創価学会で活動して来ました。
10年20年で幸せになると聴いて来ました。
少なくとも死ぬ前の5年間は、あらゆる幸福を得ると指導されています。
「5年間、毎日毎日楽しく暮らせる。死ぬ前は、ほんとうに丈夫で、お金があって、家が平和で、行きたい所に行けて、思いどおりになる」と折伏教典(p55~p57)にも書いてあります。
しかし、私の家族は、そのような幸福を得ていません。
私の家族は信心もあり活動も立派だと想っています。
それでも、信心が足りなかったのでしょうか?
私の家族が信心がまだ足りなくてそのような幸福が得られなかったとしても
私の家族よりも信心のある家族は、そのような幸福を得られはずですが、
私の知る限りの学会員もそのような幸福を得て死んで行った方はほとんどいません。
家族に聞いてもそのような幸福を得た学会員は聞いたことが無いと言います。
私と違う地域に住んでいる学会の活動家で信頼できる友人に聴いても、そのような幸福を得た方は知らないと言います。
ここを見ている創価学会員の方で、ご家族にそのような幸福を得た方が沢山いますか?
周りの学会員にそのような幸福を得て亡くなった方が沢山いますか?
沢山でなければ、どれぐらいの割合でいるでしょうか?

A 回答 (5件)

私の所にやって来る 何処かの おばさんは幸せになったと言っておりましたが~ 最近は選挙の度に来ます


直接の知り合いではありませんが支部長をされていた方で会社が倒産したら 「支部長ともあろう者が倒産とは面汚しだ」 と言う上の幹部の言葉の噂を聞いて脱会したとか

日本は45年位前に始めた高度経済政策の結果 物価は約3倍になりましたが収入は10倍になり 実質収入は約3倍となって誰でも車を持てる国になりました
(現在高卒国家公務員の給与は40年位前の丁度10倍です、軽自動車は3倍になりました)
その結果 国際的地位も上がり アメリカについで二番目の経済大国となったのです
そんな訳で日本では誰でも 少なくとも物質的な面では生活は楽になったのですが代償に精神的な面が失われました
大事件のニュースがほぼ毎日のようにあり 金額は億単位です 一昔前はたまに起こる位で百万円でも大事件でした 10倍処ではありません
台湾,韓国,中国も同じ経済政策を取り 年々収入が増大し国際的地位も上がって来ている事はご存知と思います

先のおばさんは情報に疎いだけでなく 思考能力の面でも弱いようで 教典も聖教新聞も読んでないようです
読むのが苦手の模様で 質問しても答えられず恐らく教わった事を題目のように唱えるばかりで話が噛み合いません
人との付き合いの狭い事が良く解ります 皆がそのような方ばかりとは思いませんが少なくも無いのでは と思ったりもします
つまり高度経済政策の結果と混同している方も多いのではないでしょうか?
又は 先の方の仰る 「生活に困らない程度の金さえあれば、金持ちです」 と言う事ではないでしょうか?

そもそも
 1、少なくとも死ぬ前の5年間は、あらゆる幸福を得る
 2、死ぬ前は、ほんとうに丈夫で、お金があって、家が平和で、行きたい所に行けて、思いどおりになる

このような事を希望的に受け取りたい方はいるかも知れませんが まともに受け取る方はいるのでしょうか? 仮に事実としてもです

病気が治る お話も出てますが 聖教新聞を見た事がありますので どの程度治っているかは想像が付きますけれど
桁違いに多く治る他教団 少なくとも4つ程知っております 二桁位 桁が違います 医者が真っ青になりそうな位です
知らない方は そんな事ある訳無い 宗教で治る訳無いと言います
以前過去ログを見ましたら池田会長ご子息の お一人は若死にしておりますね? これを不幸と決め付けられませんが
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学会員です。



創価学会の信心を実践すれば、どんな願いも、どんな祈りも、絶対に叶う。絶対に幸せになる。自分の願いの人生を歩めるようになるとよく言いますが、
本当に、そうなりますよ。大いに断言できます。しかし、人生は、甘くはありません。幸せといっても、それを創るのは、自分です。
人生を歩むのは、自分自身です。「幸せの種」を育てるのにどれだけ苦労したか。その苦労が「果実」を決めるのです。
努力のぶんだけ、結果があるのです。100の努力で、200の結果を出すのは不可能です。どんなに金持ちになりたいと願っても、血のにじむような努力をしないのだったら、なんにもならない。願いが簡単になってしまったら、その人の堕落につながってしまいます。
僕の母は、かなりのバリバリの創価学会員です。小学生の頃から友人に信心の話をしてたくらいですから。しかし、僕からみても、母はひとりの平凡な庶民にすぎません。悩み多き凡夫の一人にすぎません。
しかし、心は無敵です。あなたのお母さんも、疲れる日も、涙する日もあるかもしれませんが、一度だって絶望したことがありますか?
ないでしょう。あなたの母は、強いんです。信心があるから。
これが、どれだけ幸福なことか。お金が何億あるよりも、「絶対に大丈夫だ」と確信できる信仰があることのほうが、ずっと幸福だと思いますよ。

今の池田名誉会長の姿を見てください。だれが見たって、輝かしい姿でしょう。なんといったって、あれだけ世界から賞賛を浴びて、悲願であった世界広布の基盤も成し遂げて、多くの人を味方にすることができた。
純粋な宗教指導者として、使命を果たしぬいた喜びははかりしれないと思います。もちろん、それらは社会的な表面上の現象にすぎませんが。
しかし、そんな池田名誉会長だって若い頃は、死ぬほど苦労しましたよ。弱い体で、必死に勉強し、血を吐きながら働き、ガリガリになっても、師匠を離れずに、信心のなかで頑張りました。この信心を捨てずに、この信心にすべての生涯をかけて生きてこられた方です。世間も、そんな会長のことを嘲笑しました。非難もしました。何度もデマを書かれたのもご存知でしょう。
挙句の果ては「破門」です。すべてを切られたのです。ここまでされたら、宗教団体も終わりでしょう。ところが、創価学会はどうでしたか?
滅びるどころか、どんどん発展していきましたね。

戸田二代会長の言葉ですが、
「病気のない人生など、つまらない」とか「私は、生活に困らない程度の金さえあれば、金持ちです」とか、おっしゃってます。
仏の大歓喜に比べたら、金などはちっぽけなものだ、仏の大境涯に比べたら、病気があったほうが楽しいくらいだ、こういう意味だと思います。 戸田先生は、仏法に命をかけて戦った人だから、ここまで自分の境涯を広げて、幸せになることができたのですね。戸田先生も池田先生も、ふつうの人じゃ耐えられないような苦しみを耐えて耐えて耐え抜いて、題目をあげて、信心一筋に生きてきたからこそ、「なにも恐れない命」になった。「生きていること自体が楽しい境涯」を開けた。
こう思います。

「どうせ生きるならば、綺麗な奥さん、あるいはしっかりした主人と結婚して、お金をたくさん儲けて、裕福に暮らしたいですな?
しかし、どうも、そうはいかないものです。
大聖人の仏法は、しかし、金持ちになりたいと祈れば、『金持ちになれる原因』を即座につくってくれるのです。即座にですよ!
なにも心配することは、ありません。素直な信心で、折伏もしていけば、必ず幸福になるのです。ならないわけがありません!」

戸田先生の指導です。しかし、幸福というのは、つまるところ、自分自身の「命」の問題です。お金よりも、心です。命がどれだけ元気に動いているかにつきると思います。

この回答への補足

ご回答有り難うございます。<(_ _)>
補足だらけですみません。
あなたは、戸田会長よりも仏法を悟られているようですのでお伺いします。
創価学会の信心に功徳のないことを、信仰者の努力の無さにいつまで責任転嫁するのでしょうか?
創価学会員も自殺しています。絶望したからではありませんか?
池田名誉会長が名誉教授となっている中国の現役大学生に、池田大作の名が学内で登場したことがあるかを尋ねたところ「4年間に一度も無い」と返事がかえってきました。どうしてでしょうね?
一方で病気が治ると断言し、一方で病気もあった方がいいかのように指導する。
都合が良すぎませんか?
名も無い一千万(?)の庶民の力で連続大勝利させた公明党が与党になっても
多くの学会員が苦しみ、中小企業が苦しみ、老人が苦しみ、病人が苦しみ、障害者が苦しみ、自殺者は増え続け、悲惨な殺人事件は後を絶たず、沖縄の貴重な海を破壊してまで新基地は作られようとしています。(基地否定、依正不二の思想はどこへやら)
池田名誉会長がもっとも対談を重ね平和思想の影響を受けたはずの中国の軍事的脅威の増強。
それでも世界中から名誉をもらって「生きていること自体が楽しい境涯」が仏でしたっけ??
あなたは、他の願いは叶わなくてもそんな脳天気な境涯になればいいというのですか?
功徳の無いのを「心」の問題にすり替えるのが邪宗だったと記憶していますが。。

補足日時:2007/06/07 03:30
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信心が、足りなかったかもしれまけんが、父は亡くなってしまいました


55才。母は、一生懸命やっていましたが。それまでの間学会の方が、よく家に訪れていました。母は、父が亡くなった後、学会に関連する物、全部返しました。そして、脱退して新しい仏壇を購入しました。物心つく頃から聞いていた、題目もいっさい聞かなくなりました。辞めたからって不幸??らしき事もなく、平和な毎日です。もちろん学会に関係ない宗派で、毎日お線香をあげて、手を合わせています。時どき、学会の人は、選挙の時訪れますが。かえって、すっきりしました。どの宗教だって、先祖を大事にしていればいいのではないですか。
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この回答へのお礼

大切な情報を有り難うございます。
私の知合いの学会員にも、若いのに病死、事故死、自殺した方々がいます。
それだけで、学会の信心の力に疑問は持ちませんが、
ほとんどの学会員が、病気や経済苦や対人関係や災害でいつまで経っても苦しんでいるのを見て、大いに疑問を持っています。
あなたのお知り合いで20年以上の信心をした学会員は、何不自由ない境涯になっているでしょうか?
私の周りの学会員同様、いつまで経っても不幸ではありませんか?
そのような情報がありましたら、また、お知らせください。

お礼日時:2007/03/31 23:14

そうですね。

昔、学会活動で知り合いになった熱心な学会員の家庭は、皆さん、幸せですね。ただ、まだ、ご健在ですので、今後成仏できるかどうかは、不明ですが。その人は、てんかんの持病がありましたが、信心のおかげで、その病気を克服して、奥さんと子供に恵まれて、又、会社でも,重用されて、経済的にも、安定した人生を、送られています。
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この回答へのお礼

再度の御回答有り難うございます。
そのように幸せを掴まれた例は、少ないですよね?
私の非常に遠い知合いにも、警備会社の社長で成功して、恐らく仰るような幸せに恵まれた方がいました。
しかし、私の周りの学会員は、50年近くも信心しているのに、いまだに、
病気、対人関係、経済問題、災難などで苦しんでいます。
幸せになる確率が信心をしてない方や他の宗教をしている方とそれほどの差があるのかと疑問に想って質問いたしました。
ある会合で、最近功徳を受けた方と質問されて、手を挙げたのは約100名中2人でした。

貴重な情報を有り難うございました。

お礼日時:2007/03/31 23:03

私も、創価学会員でした。


 昔は、学会員は、病人と貧乏人だけだと、世間に言われました。
しかし、病人とか、貧しい人に、手をさし述べたのは、創価学会でした。
 そのことは、評価されて良いと思います。
そして、学生時代、一生懸命、学会活動をやりました。
 そして、青春を犠牲にして、得られたものはなにもありませんでした。
 一度しかない、青春を学会活動で、犠牲にしてきたことは、今もくやまれます。
 確かに、勤行をあげていると、精神的なやすらぎは、えられました。
しかし、精神的やすらぎをえることと、幸福を得られたかという問題とは、別問題です。
 学会員の方で、仕事を犠牲にして、一生懸命学会活動していた人を、しっています。その方は、経済的には、幸福ではないでしょうが、精神的には幸福なのでしょう。
 学会員の方で、家庭を犠牲にして、学会活動した人は、その人の家庭、家族は不幸でしょうが、ご本人は、精神的に幸福なのでしょう。
 
 

この回答への補足

貴重なアドバイス有り難うございます。<(_ _)>
創価学会は、「幸福は心の持ちよう」だとする新興宗教などを否定し、
真実の宗教とは、
「ただたんなる気休めや、精神修養や、道徳律ではない。」
と折伏(入会を勧める)をしてきました。
ですから、仰るように精神的な幸福だけが創価学会の功徳だとすれば、
創価学会は、真実の宗教ではないことになりますね。
しかし、私の経験からすれば、創価学会の信心には、病気を治したりする力はあります。
すべての病気ではありませんし、現在の創価学会の信心にその力があるのかは、分かりません。
これが、他の宗教でも見られることなのかどうかは分かりません。
補足させていただくのは、
『創価学会の信心で現世で成仏できた方がいるのか』を明確にしたいからです。
私の家族には、
「5年間、毎日毎日楽しく暮らせる。死ぬ前は、ほんとうに丈夫で、お金があって、家が平和で、行きたい所に行けて、思いどおりに」
なった者はいません。
私の知る学会員にも一人もいません。
私の家族の知る学会員にも一人もいません。
別の地域の学会員もそんな方は知らないといいます。
souzokuさんの知る学会員の方に
「5年間、毎日毎日楽しく暮らせる。死ぬ前は、ほんとうに丈夫で、お金があって、家が平和で、行きたい所に行けて、思いどおりに」
なって人生を終えられた方がいらっしゃいますか?

補足日時:2007/03/20 14:27
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