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19歳の学生です。

非暴力で無償の愛ってどんなものなのでしょうか。
わたしは、そのことを考えると「友達」のことかなーと思います。
なぜなら私の親は「非暴力」という点で当てはまらないからです。
彼氏は「無償」という点で当てはまらない気がするからです。

宗教的な意見でもかまいません。
非暴力で無償の愛ってどんなものだと思われますか。
また、それが当てはまる人として誰を思いつかれますか。
みなさんの思うままの意見をきかせてください。

A 回答 (4件)

とても関心のある議題?なので回答したいのですが、ちょっとだけ補足をお願いします。



「無償の愛」と「非暴力」とがどう絡み合っているのでしょう?、と言うと解りにくいですね(^_^;)、何故「無償の愛」だけでなく「非暴力」という条件なのかを教えていただけたらと思います。と言うのも、「無償の愛」と「暴力」とが必ずしも相容れないものとは思えないからなのです。よろしければお願いします。

この回答への補足

質問が抽象的なのでとらえにくかったと思います スミマセンm(__)m
私は、親との関係があまりうまくいっていなくて、
もし自分が親になったら絶対に体罰とか暴力をあたえたり
おどしたりせずに愛したいと思いました。

また、期待しすぎたり、子供の主体性をうしなわせるような過保護ではありたくないと思いました。

そんな悩みから「愛」ってなんだろー とボーっと考えてて、
非暴力的で無償の愛ってなんだろーという疑問にたどりつきました。

補足日時:2002/09/05 11:30
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非暴力というと、真っ先に思い出すのはマハトマ・ガンジー


ですね。

映画にもなっていますので、数時間時間をつくりビデオ鑑賞
してみてはどうでしょうか。
少し大きいビデオレンタル屋には、たいてい「ガンジー」
のビデオ(2巻立て)が置いてあります。

余裕があったら、キング牧師について調べてみるのも面白い
ですよ。
こちらは映画化はされていなかったと思いますので、書籍
を探すことになるかと思いますが。


最近で感動したのは、ダライ・ラマ14世が訪日したとき
のドキュメンタリーでしたね。
もう何年も前ですが、たまたまNKK教育にチャンネルを
合わせたらダライ・ラマ14世の特集をやっており、その
ままテレビに目が釘付けになりました。

あらすじを紹介したいのですが、とても私の貧弱な文体で
は表現できません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
マハトマガンジーの自伝を全て読みました。
キング牧師についても学んでいます。
まさに「非暴力」の師です。

もっとその人物像に迫りたいと思っています。
ガンジーは自分の生徒や子供にもほとんど全く暴力(体罰)をふるわなかったそうです。
その徹底した志の実践には驚くばかりです。

お礼日時:2002/09/06 23:09

補足ありがとうございます。



「無償の愛」と言われてますが、愛は基本的に無償だと私は思ってます。
その愛の対象が人であるならば、その人の動向、言動に関わらず、その人そのものの存在を愛する事が本当の「愛」だとも思ってます。

そういう意味では私の中に「非暴力」である必要性が必ずしもあるとは言えません。私自身「躾」の部分での体罰?を受けてきていますし、親も完璧ではないですから、中には愛情以外の体罰もあったことでしょう。しかし、その数度の体罰や暴力で崩れるような親子関係を作ってきた訳ではないと思います。
親だからと言って必ず「暴力」が付きまとうとも言えないので、非暴力で無償の愛・・・と言えば一番に思いつくのは「親の愛」ですね。

もっと言えば・・冒頭に書いたように、私にとっては「愛」であればそれは「非暴力で無償の愛」と言っても良いと思います。その存在自体を愛するということは、その存在自体を尊重すると言うことでもあり、尊重するが故に信じきる事でもあると思います。そしてそれらは何かが起こった時にどうであるかではなく、常日頃がどういう対応でありるのかが大事なことです。

うーん、やっぱり抽象的になってしまうな(^_^;)
もっと違う側面で聞きたいことがあったり、私の回答が答えになってなかったらまた補足でご質問いただけたらと思います。
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この回答へのお礼

二度目の回答ありがとうございました。

私自身、今親との関係がうまくいっていないことを
幼いころの厳しすぎた躾のせいだ、と、親のせいにしているのかもしれません。
私自身はっきり覚えていないのですが、
ピアノがうまく弾けなくて掃除機で殴られたりとか、
感情まかせにどなられたりしたこととか、
父親が浮気したり
その現場を見てしまったり。

そういうことも、多少原因となってるかもしれませんが、
基本的には私自身の弱さのせいで
親にたいして恐怖感を覚えたり、常に「いいこでいなきゃ」と思い、
オドオドしたりビクビク、コソコソしたりしてるんだと思います。

もっと違う視点から、今までの親子の関係や自分自身のことを振りかえってみます。
また 何かあったら意見をきかせてくださぃ。

お礼日時:2002/09/06 23:25

私はクリスチャンではありませんが、まず宗教的な回答でよろしければ聖書に「愛」に関するあまりに有名なことばがあります。



愛は寛容にして慈悲あり、愛は妬まず、愛は誇らず、高ぶらず、非礼を行なわず、
人の悪を思はず、不義を喜ばずして、真の喜ぶところを喜び、すべての事忍び、
すべての事信じ、すべての事望み、すべての事耐うるなり、愛は絶えることなし。

完璧と言っていいほど全て「非暴力で無償の愛」と考えられるかもしれません。

でも人間ってどんな時も寛容でいられるものでしょうか。
いつも誰にでも優しくしてあげられるでしょうか。
どんな苦痛にも耐えられるでしょうか。
プライドを捨てられるでしょうか。
他人を批判することなく生きられるでしょうか。
全てのことを信じられるでしょうか。
挫折せずに希望を持ち続けることができるでしょうか。
・・・って考えていくと、
これができる人って本当に素晴らしい。「非暴力で無償の愛」の持ち主と考えられるかもしれません。

話は変わりますが、
私が一番身近に思う非暴力で無償の愛は、やはり親の愛だと思います。
そのなかでも、特に「母親」の愛情は理屈などでは説明などできぬほど、深さを感じます。その母親がたとえどんな子供を産んだとしても、母は子を死ぬまで無条件に愛し続けるでしょう。女性達の持つ「母性本能」に優る「非暴力で無償の愛」はないと思いますがいかがでしょうか。でも、現代の母親達は・・・!?よくわかりませんね。ほんとに・・・。

そして生涯を共に生きるパートナー!
19歳の貴女(貴男)には、もうすてきなお相手がいらっしゃるのでしょうか?
その方が「非暴力で無償の愛」の持ち主なら、あなたの人生もきっと素晴らしいものとなるのでしょうね。

以上ちょっと偉そうで、失礼しました。(^^ゞ
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