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私は現在結婚し、実家を離れて暮らしていますが、実家を出るまでは、父母・母方祖母と暮らしていました。父は婿養子です。
昨年11月に父方の祖母が亡くなりました。実家では喪中ということで、正月飾りや初詣などは自粛しました。
私は自分の妻子とともに初詣に行きたかったので、母方祖母に相談したところ、「初詣はやめときなさい。どうしても行きたければ、神社はやめて、寺にしなさい」ということでした。
「初詣は一切やめろ」ならまだ分かるのですが、どうして神社はダメで寺ならOKなのでしょうか?
母方祖母に聞けばいいのでしょうが、祖母の体調が良くないため、余り突っ込んだやりとりはできず、私自身も帰省を終えたため、このQ&Aで質問することにしました。ちなみに、実家は真言宗です。
よろしくお願いします。

A 回答 (6件)

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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。神社と寺では「死」に対する考え方が異なるんですね。
参考サイトで印象的だったのは、
>一般的なマナーで「喪中時は神社仏閣への参拝を控えること」と言われている理由は「お祝いムードを避ける」という意味が含まれているのです。
・という部分です。確かに祝賀ムードは慎むべきですが、寺で静かに手を合わせる分には問題なさそうですね。同サイトでもありましたが、考えてみれば寺では葬儀や法要をしていますよね。

>神社の場合、死はケガレと考えます。そのため神社のお社(やしろ)の中で葬儀はできません。ケガレている間は鳥居をくぐることはNGとされています。
しかし、仏教の場合「死」はケガレではありません。お寺の本堂を利用して葬儀もしますし、初七日法要、四十九日法要もします。本堂にまつってある本尊に手を合わせてお参りをする……喪中であろうとなかろうと、むしろ大切な方を亡くした後だからこそ手を合わせることは大切なことなのです。
・なるほど、でした。大変参考になるサイトを教えていただき、ありがとうございました。

お礼日時:2008/01/04 11:26

NO.4で回答したのですが、それを云っちゃ~おしまいよ・・・ならどうして質問したんですか?



解ってるなら質問なんかするな。不愉快だ。

この回答への補足

質問の「答え」が分かっているという意味ではなく、迷信についての質問であることは分かっています、という意味です。その迷信が、どうしてそういう内容になったのか、というのが質問の趣旨です。文化・伝統・風習には、それぞれ理由があってできたはずです。例えば、科学技術が未発達だった当時の人々の、自然への畏怖などもあるかもしれません。そういうのも含めて大事にしたいと思ったものですから「なぜ神社はNGで、寺社はOKなのか」を質問しました。それを「すべて迷信」「こじつけ」では、私が知りたかったこととは違っていたものですから、あのように述べた次第です。不愉快な思いをされたのであれば、率直にお詫びします。

補足日時:2008/01/08 10:42
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>神社はダメで寺ならOK


どうも、神は神聖なもの、仏は死者のものという考えがあるようです。ですからお祝いの場でのお寺の作法を忌み嫌ったりする人はかなり多いようです。中にはお寺での婚礼すら嫌がる人もいます。

ハレの行事としての門松や正月飾り、年賀状を自粛するのは良いですし、不幸直後の参拝は遠慮しても良いでしょう。
あくまで風習なので、とりたてて理由などはなく、地域や家庭の考え方もあると思います。
また、お祓いはイザナギがイザナミの死に接して穢れた身を清める神代の儀式であり、身内を亡くされた人が祓いを受けて不都合だとは思いません。むしろ積極的に受けるべきだと考えます。
そこで一つの目安として参考URLに上げましたので参考にしてみて下さい。(下段の表の日数)
また、神仏習合の考え方からすれば、四十九日でも良いと思います。四十九日を過ぎれば、亡くなった方は仏の世界の住人ですから。

参考URL:http://jinja.jp/faq/answer/15-02.html
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。大変分かりやすかったです。風習ですから、基本的には年寄りの言い分に従っておきます。参考サイトも大変勉強になりました。どうもありがとうございました。

お礼日時:2008/01/06 10:31

スベテが迷信です。



宗教そのものの教えから、神道も、仏教も、キリスト、イスラムなども横道に逸れてしまって、所謂聖職者と称する連中の都合のいいように曲解されて、お尋ねのようなお話が出てきましたね。

初詣に、神社仏閣にお参りするようになったのは、平安の頃からです。つまり、こじ付けなんです。

太陽に拍手を打つのも太陽信仰の名残からです。

いい例が、お葬式のあとお塩でお清めをしますね?昨日まで一緒に暮らしてた身内の誰かさんは、そんなに汚い腐った人だったんですか?同じ仏教徒でも、大谷派はお清めなんてしません。むしろ、死者に対して失礼です。

ま、いろんな回答・意見が寄せられるでしょうから、お読みになって判断されたほうがいいと、申しますが、結論のないのがこの手のお話です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。迷信ですか。冠婚葬祭の話ですから、それを言っちゃぁおしまいです(笑)。もとより迷信なのは承知しています。文化・風習・伝承などは、突き詰めていけばみんな迷信です。例に出された葬式後の塩の清めは、浄土真宗などもしません。塩の清めを肯定する宗派も否定する宗派も、それぞれ意味を持っているのです。要するに考え方の違いであり、悪く言えば、ご回答のとおり、みんなこじつけです。迷信だからといって排除するのも一つの見識ですが、それはそれでなんだか物寂しさを感じます。迷信は迷信と承知しつつ、日本人として自国の文化や風習を大事にしていきたいと思います。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/01/05 09:50

神様は 詣でるモノ 頼るモノ 願うモノ 尊ぶモノ の願いを拒む事はないそうです


お正月の お飾りや年賀状は自粛した方が良いが仕事に関与している場合は構わないそうです
仏様の教えは解りませんが神道では お参りになる方が 神様が喜ばれるそうです 
昨年 母の葬儀の時神主に教えていただきました
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。必ずしも、神様は喪中を嫌がらなさそうですね。参考になりました。

お礼日時:2008/01/04 15:13

日本の伝統では喪中は人の死に遭遇してまだケガレが続いているということになり、神様は穢れをきらいますから、喪中に神様にまいってはいけないといわれるのでしょう。


仏様はそういうことはありませんので(少なくとも現在の仏教では)OKだといわれるのでしょう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。考えてみれば寺で葬儀や法要をするので、仏教は「死」をケガレとは考えていませんね。大変参考になりました。

お礼日時:2008/01/04 11:27

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