「猫」はどうして人の名前にならないの?
「利家とまつ」を見ながら思いました。
前田利家の若い頃の名前は「犬千代」ですよね。
江戸時代の女性に「お虎」「お熊」などという人はたくさんいました。男にも、熊五郎とか牛吉とかいう人は大勢いたでしょう。
幕末の吉田松陰の本名は「虎次郎」です。坂本「龍馬」という人もいました。
現代でも、渋澤「龍彦」とか星「飛雄馬」とか、動物の名前を入れた人名はたくさんあります。
ところが、「猫」はあんなに身近で、可愛いし姿も美しいし、人の名前になってもちっともおかしくないのに、「猫彦」も「猫也」も「猫一郎」も「猫子」も「猫江」もありません。昔の人の名前にさえ聞いたことがありません。
どうしてでしょうか??
回答(7件)
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No.7ベストアンサー20pt
時代によってイメージの差はありますが、
「赤ん坊」「物の怪(もののけ)」「性的なこと」を
連想させる言葉だからだと思います。
これらのイメージは、遅くとも江戸時代には
一般的に広まっていたようです。
■赤ん坊
その鳴き声や、甘えるときのしぐさ、カラダの小ささから、
犬や馬よりも「子ども」を思わせます。
人間に名前をつけるときは、
成長した将来の姿を願って、考えますよね?
「赤ん坊のままで」と望む親は、まずいません。
■物の怪(もののけ)
西洋での黒猫と同じように、
日本でも「ねこまた」という妖怪が想像されました。
神秘的な印象が強いのでしょう。
子どもに怪物の名前は付けたくないですよね。
■性的なこと
ネコの鳴き声をマネてニヤニヤするのは、
現代のヨッパライだけではありません。
数百年前に書かれたそのテの著作にも、
男女の情事を描く手法として、ネコの手を借りていたようです。
「中世の日本は世界一、性的にオープンだった」とも言われますが、
建てまえとしては、性がタブーだったことに変わりありません。
「“悪魔くん”事件」があったように、むずかしかったのでは。
馬は「働き者」、虎・龍は「強者」を連想させ、
犬は、たとえば神社のコマ犬のように、神の使いとさえされましたが
猫の場合は、ちょっと“含み”が多くなってしまいますよね。
要は、「名乗った場合の(世間に対する)イメージ」で、除外されたのだと思います。
ネコ好きな自分としては、複雑な思いがありますけど。
この回答へのお礼
なるほど……納得しました。素晴らしい回答をありがとうございます。
勘ですが、日本人の名前の由来は、仏教伝来とともに中国名を引用した
ものが動物の名前になっているのではないでしょうか?
もともと「虎」とか「龍」は日本のものではありませんしね。
もう一つ考えられるのは、人間にはない理想の力を持った動物の名前を
好んで使ったのではないかと思われます。
「虎」「龍」「熊」「牛」などは強さを表す感じがします。
「鶴」「亀」などは長寿。「馬」は勤勉さなどが考えられると思います。
そう言えばたしかにそうですね。
他に人の名前に使われてなさそうな動物名を考えてみました。
猿、蛇、虫、・・・
こう並べてみると、何となく、嫌われたり馬鹿にされたりする動物が多いのかなという気はします。
馬、鹿、亀、鳥なども使われますよね。たしか野口英世のお母さんもシカさんだったし。
ところで、猫は十二支にもありませんね。猫年なんて聞いたことないですよね。
蛇、馬、猿などはちゃんとあるのに、なぜでしょうか?
屁理屈かも知れませんが、虎は大きな猫なので、虎が(広義の)猫を代表しているとは考えられませんか?(笑)
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