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一見、関係ないように思える二人ですが実はあの大バッハ(ヨハン・セバスティアン)の末子、ヨハン・クリスティアンはロンドン時代に少年モーツァルトに会い、作曲を教えているのです。

このことは以前から知ってはいましたが、先日、FMのバロックの番組でたまたまこのことを言ってて、ヨハン・クリスティアンの作品(フォルテピアノとオーケストラのための曲)を始めて聴きました。
まさに、モーツァルトのギャラントな作風にそっくり!で驚きました。
(実際はモーツァルトが影響受けたのですが)
バッハの息子といえばカール・フィリップ・エマヌエルが有名で今迄彼の作品しか聴いたことがなかったのですね。
でも、ヨハン・クリスティアンを聴いてあらためてその才能の高さに敬服した次第です。
もともと、オペラ作曲家として名を成しており、またチェンバロよりもフォルテピアノ(後のピアノ)の音色を好んだということ・・・
そのあたりもモーツァルトに通じるところがあります。

後にウィーンに出てきたモーツァルトはハイドンに師事しますが(勿論、偉大な作曲家です)、彼の音楽の根底にあるのは実は幼い頃に影響を受けたヨハン・クリスティアン・バッハなんだということを確信しました。彼との出会いが無ければモーツァルトの音楽に粋(いき)や歌心は存在しなかったと思います。

このあたりのこと、如何思われますか?皆様のご意見等を伺えればと。

A 回答 (4件)

これについて、私もこのごく最近、


石井宏著『反音楽史 さらば、ベートーヴェン』新潮社2004年刊
http://www.shinchosha.co.jp/book/390303/
同著『西洋音楽から見たニッポン 俳句は四・四・四』PHP研究所2007年刊
を読んでビックリしているところです。
(ただし最新刊の『レオポルト・モーツァルト』はまだ手に取っていません)
http://www.shinchosha.co.jp/book/390304/

とくに『反音楽史』のほうは、
ドイツ音楽中心の史観であるというスタンスから従来のクラシック史をなで斬りにした、
多少ともクラシック史を知っている者からすれば劇薬のような内容の本で、
このなかで、ヨハン・クリスティアン・バッハについても多くが語られていました。

著者によれば、彼はバッハ家のなかで(大バッハを含め)、生前一番よく知られ、一番成功した音楽家であったにもかかわらず、活躍の場がロンドンであったためドイツ中心主義の音楽家(音楽史家)から不当に無視されたのである、といった内容のものでした。

このほかにもイタリアオペラで成功したハッセの黙殺につても語られ、
例外はハンデル(英語読み)で、彼はイギリスに帰化したにもかかわらず、どういうわけかヘンデルとしてドイツ系に組み込まれている、うんぬん。
にわかには、どう信じてよいかわからない、戸惑いを覚えた本です。
私としては、当たらずとも遠からず、確かにそうしたことはあるだろう、という判断でした。

さて、モーツァルトは1763年、7才時から3年半にわたってパリ、ロンドン、オランダなどに大旅行しますが、ロンドンには一年余り滞在し、かなり多くの作品を書き上げている模様です。(このあたり、属啓成著『モーツァルト3 器楽編』音楽之友社1975年刊を参照しています。ただしこの本、誤植が非常に多いので)

交響曲第一番となっているK.16もそのころのもので、
これはまさに「クリスティアン・バッハの影響を示す三楽章の交響曲で、イタリアのシンフォニア形式ではありながら、コントラストをもった二つの主題の対立や発展的な旋律法などにクリスティアン・バッハのドイツ的な色合いを示すものである」(同書より)
これの第二楽章は、その後くりかえし用いられるモティーフ、あの最後の交響曲「ジュピター」の第四楽章のフーガでも使われるモティーフが生涯最初に現れるという意味でも記念すべき作品です(ホルンによって奏されます)ので、とりわけ印象深いですね。
http://jp.youtube.com/watch?v=U8zgIzZ3G10

石井宏氏によれば、モーツァルトはロンドンでクリスティアン・バッハに手ずから(膝の上に乗りながら)教えてもらったほどで、その人柄を含め、終生敬愛してやまなかったようです。
確かにお書きのように、モーツァルトは後年大バッハを「発見」し、ここにもまだ学ぶべきものがあったと嘆じたと報告されていますが、書簡などを読むときに、おやっとつまづくのは、彼がバッハと呼ぶときに、このバッハはヨハン・セバスティアンではなく、たいていヨハン・クリスティアンであることは私も前々から気がついていたことではありましたが。(そういう意味ではミヒャエル・ハイドンも要注意かもしれません、今とっさの思いつきですが)

やはり「古い」先入観は見直すべき時かもしれません。モーツァルト像もこの数十年の間にずいぶん変わってきていますものね。
(たとえば海老沢敏『変貌するモーツァルト』岩波現代文庫2001年刊や、池内紀『モーツァルト考』講談社学術文庫1996年刊は私には興味深いものでした)

ついでに、モーツァルトの初期のシンフォニーに言及されるときに、よくマンハイム楽派というのが出てきますが、これも石井氏によると、マンハイムには個々の音楽家はいたけれども楽派はなかった、ということになるそうです。これも私には驚きだったことを付記しておきます。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

(以前、このカテの別の欄でご一緒しましたね。確か、オペラ・アリア聴きながら寝られるとか・・・?笑)

さて、ヨハン・クリスティアン・バッハについてかなりの面でご賛同頂き、誠に嬉しく思いました。石井宏氏の著書は面白そうですね。機会があれば是非読もうと思います。

ところで、ヨハン・クリスティアンにしてもヘンデルにしてもドイツを離れ、主にロンドンで活躍しましたが、そうですか・・・やはり、ドイツ音楽至上主義者達からは不当な扱いを受けていたのですね。しかし、才能やその作品自体が素晴らしいので遠く我々日本人などから見れば活躍の場や国籍はさほど問題ではないとは思えますが。

そうですね、仰せの有名な話・・・K.16の交響曲第一番の中のモチーフがジュピターの終楽章のテーマとして再び表れるというのは何か暗示的というか、不世出の天才の生涯の出発点と終着点とが奇しくも同じであったという不思議なものを感じたりも・・・

お書きの様に、やはりモーツァルトにとってヨハン・クリスティアンはなくてはならない存在だったというのを前にもまして強く思いました。
(膝の上に乗りながら可愛がってもらったとのこと。彼は心から敬愛していたのですね)

あと、ミヒャエル・ハイドン・・・確かに要注意!ですね。笑
最近(これもFMで聴きました)、彼のヴァイオリン協奏曲A-durを聴きましたが、いいですね。偉大な兄にすっかり隠れてしまってて、何だか不遇な一生を思い浮かべます。
そして、モーツァルトなどはさっさとザルツブルクを離れて華のウィーンで活躍するのですが、あまりの忙しさにちゃっかりと他人の作品を拝借してそれに序奏をつけて一つの交響曲として発表したりも。
それが、ミヒャエルの作品であり、幻の!?交響曲第37番(K.444)だったりするんですね。

確かにモーツァルト像もあの映画「アマデウス」も然りで、ここ最近の間に随分と変ってきました。
専門家の研究をもとに、一般聴衆・音楽愛好家の我々も随分と視点が変ってきたのは言うまでもありません。自分にとって日々、心の糧としてそれこそ空気の様に聴いているもはや無くてはならぬモーツァルトの音楽。
彼の短くもしかし波乱に満ちたその生涯を音楽を聴けば聴くほどに今更ながらもっともっと知りたいと思いました。

お礼日時:2008/06/11 01:03

あ・・・失礼申し上げました。

#2です。
最後までヨハン・クリスチャンについてだったのですね!
読み違えておりました。お恥ずかしい!ごめんなさい。

・・・と謝るだけでは回答欄の無駄遣いなので、私の貧弱な音楽体験を書きますね。

「ロンドンのバッハ」ことヨハン・クリスチャンを聞くチャンスというのはどうも
「ほら、モーツァルトに似ているでしょう?」
という解説がついて聞くことが(そもそもそんなに機会自体が多くないが)多いような気がいたします。鍵盤協奏曲は特にそうですよね。

しかしモーツァルトに与えた影響がどのようなものかは全く不明ですが、フォルテピアノを愛した作曲家として個性的な作品も残しています。私の愛聴盤はこれ(この若い演奏家も好きなので宣伝。ちなみにモーツァルトの名手です)↓
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2715338
ハ短調ソナタは特におすすめです。この自由さ(暗さ?)はほとんど時代を考えると「意外」な音楽だと個人的に感じます。
詩人のCh. Fr. D. シューバルトはヨハン・クリスチャンの「奇妙な」即興演奏に驚いたそうですから、ある種の型にはまらない才能の持ち主だったのではないかと想像しています。

以上全編蛇足で失礼いたしました。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

いえいえ、そんな・・・音楽に関することでしたら幅広く何でも伺いますので全然構いません!
そうなんですよね。ヨハン・クリスチャンを聴くとまさにモーツァルトを彷彿とさせるんですね・・・実は順序が逆なのですが。
確かに影響は与えましたが、結果的にやはりモーツァルトのほうが何倍も才能が上だったわけですね。(これは彼の音楽が古今のあらゆる作曲家の中でも最高峰であるのは今更言うまでもありませんが)

URLのご推薦盤、機会がありましたら是非聴いてみます。

お礼日時:2008/06/11 22:50

こんにちは。



モーツァルトといえば「平均律クラヴィーア」との出会いが彼の作風を大きく変化させたという説が知られているかと思いますが、そのあたりの事情についてはこちらのページが興味深いかと思われます↓
http://www.seitoku.ac.jp/daigaku/music/mozart06/ …

またこんな編曲もありますね↓
http://www.asahi-net.or.jp/~kr6t-ngs/bach25/body …
(作成者の方はこの方面にお詳しそう!)
ちょっとチェックしてごらんになったらいかがでしょうか。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

確かに、大バッハの平均律クラヴィーア曲集は彼に多大な影響を与えていた、というのは知ってはいました。

URL参考になりました。バッハ研究(特にフーガ)の成果が晩年のジュピターの終楽章に用いられ、彼の交響曲の総決算として、そして調性的にも無垢なハ長調=「天上の音楽」として見事に昇華されたと言えますね。

それにしても偉大な作曲家は例外なくアレンジの名手(編曲は勉強の課程で必ず通る道)でもあったという事実。音楽を聴く楽しみが倍増しました!

お礼日時:2008/06/10 23:54

 御質問の趣旨が今一つ不明なのですけれど、一つだけ。


 モーツァルトのクラヴィーア協奏曲K107の3曲は彼の作品中でも特に好きなものの一つです。K107-1の2楽章を結婚式の途中退場の音楽に流した位です。
 しかし、これらの曲は、もう既にご存じかもしれませんけれど、彼が作曲したわけではなくまさにJ.C.バッハのクラヴィーアソナタをモーツァルトが協奏曲に編曲したものです。
 中々国内盤もなく決定版と言える演奏もありませんけれど、もしまだ聴かれたことがないようでしたら是非お勧めです。

この回答への補足

探したら一枚だけありました。(チェンバロですが)
K.107 Nr.1試聴しました。
確かにオケの付け方はまさしくモーツァルト。曲のモチーフや響きが彼の後年のK.400番台~500番台の一連の傑作Pf Concertoに通じるものを感じます。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00000H …

補足日時:2008/06/10 15:01
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

>御質問の趣旨が今一つ不明なのですけれど

・・・でしたね、すみません(汗)。回答というか、どのようなことでも参考になるようなことが伺えればと思いました。

仰せの曲、存じませんでした。いい曲のようですね。
何とかCDを探して機会があれば是非聴いてみます。

お礼日時:2008/06/10 11:50

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