プロが教えるわが家の防犯対策術!

私は同じ世代の中で相対的に収入が低い人は、それまでの人生と比べるとある程度妥当な結果であるのではないかと思います。

具体的には
・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
・就職に強い大学に進学をしなかった。
・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動したetc…
そこには本人なりの理由はあると思いますが、低収入な方の内8割は
上記のような「人生の結果」「能力」の方が多いように感じます。

ただ、これは低収入の人が必ず上記のような理由のいずれかである。
という訳ではなく、2割はそうじゃない理由の方もいらっしゃると思います。
・不慮の事故により、障害を持ってしまった方
・就職氷河期世代で真っ当な就職が出来なかった人の中で、世代が違えば真っ当な就職を歩むことが出来た方
具体的には上記のような理由でしょうか。
・公立の進学校に通い、国立大学へと進学するだけの学力があったが
 奨学金や授業料免除を使用したとしても大学に行くだけのお金がなかった
という方もいらっしゃるのかもしれません。

また、政府の政策によってこの割合は7割くらいまでは軽減できたのかもしれませんし
9割くらいまで増加したのかもしれないかなとも思います。
皆様は「低収入な人」の何割ぐらいが「本人の人生の妥当な結果」であると感じますか?

・「調べてもわからない」というのは重々承知しておりますので、皆様の主観でお答えください。
・「わからない」「なんとも言えない」と言う方は皆さんの周りの低収入な方の内、上記の4つの低収入の理由に当てはまる方はどの程度いらっしゃるかを大体でいいのでお答えください。
・私自身は政府がこの低収入な人の割合を減らすべきである。再チャレンジする制度を作るべきであるという意見でありますので、このようなご意見もご遠慮ください。

A 回答 (35件中21~30件)

no.6ですが、追加です。


>私自身は政府が・・・・。とありますが、私は政府が上から発動、命令する事のみを考えていた訳では無いのですよ。その証拠に、「社会」と言う言葉は使っても「政府」と言う言葉は一度も使っておりません。私の意識では、社会の方が政府より強い影響力を持つと感じている事も多いです。

アメリカの様に他民族国家であり、常に移民を受け入れ社会の「常識」が無い場合、政府は「法」によってルールを全ての人に押し付けて管理しなくてはなりません。

しかし、日本はホモ・ジニアスです。長い歴史の中で出来てきた価値観や共通意識が存在します。この場合は、大きな「政府」や厳しい「法」を必要とするアメリカと違います。社会と言う枠組みそのものが、機能を果たす場合もあります。

イギリスは、政府が下に押し付けなくても、自動的に「階級性」が成り立っている国です。

国家のシステムは、政府だけによって作られる物ではありません。
どこかの日本の大企業が「年齢、性別関係なく、実績と学歴だけで中途採用します。」と言うことも可能でしょ。
社会と政府は違うと思いますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

・政府だけでは国家のシステムが作り上げられるものではない。
・社会の方が政府よりも強い影響力を感じていることも多い
というご意見、なんとなくですがわかる部分があります。
rocknrose様の意とは違うかもしれませんが
日本における「世間」の存在について私も思うところがありました。

ただ
・私自身は政府がこの低収入な人の割合を減らすべきである。再チャレンジする制度を作るべきであるという意見でありますので、このようなご意見もご遠慮ください。
この文は、「格差の解消法」のような私の質問の意とは異なる道に脱線されないよう、殆ど推敲せずに10秒くらいで書いたものなので
出来れば、これに対するご意見はまたの機会にお願いいたします。

お礼日時:2008/11/06 01:09

>「低収入な人」に不公平感がある限り、「その人本人にとって」「妥当」にはなり得ない。


高収入や勝ち組の人の中にも「世の中、不公平だな」と思っている人は多いでしょうし、
「妥当ではない」と思っている人も多いと思います。
>たしかに、自分にとって不都合な事実はなかなか認めがたいものですよね。
いつの間に事実になってしまったのですか?
ん? a.事実=「低収入」、b.事実=「妥当」
aであるなら現実がそうなので、認めていると思います。
bであるなら私は実際「妥当ではない」と思っていますし、本人たちの中でも意見は割れると思います。
(私は低収入ではありませんが)

>・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
受験勉強が本分でしょうか?学問をすることは良いことですが・・・。
>・就職に強い大学に進学をしなかった。
ただ就職に強いというだけで全く興味の無い大学に進学するのですか?

不本意ではありますが、質問にお答えしないのも不誠実ですので・・・9割以上だと思います。
ただ、ここまで限定してしまっては殆ど意味が無いような気が致します。

旧学歴社会の中で受験のための勉強には偶々向いていなかっただけで
結果的に「低収入」になってしまった人や
厳しい受験勉強を勝ち抜いて「勝ち組」になったものの
不可抗力で「低収入」に陥ってしまった人に対して
「自業自得」などとはとても言えません。

この回答で最後にしたいと思います。
長文、失礼致しました。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

>>高収入や勝ち組の人の中にも「世の中、不公平だな」と思っている人は多いでしょうし、
>>「妥当ではない」と思っている人も多いと思います。
たしかに仰るとおりで万人が万人全てが納得いくことはとても難しいですよね。

>>いつの間に事実になってしまったのですか?
これについては私の文章が悪かったです。事実というより現実と書くべきでしたね。
現実-同世代の人と比べると低収入であるという現実
だれが-その当人が
何を-今おかれている状況が妥当であると
認めずらいのではないかな。と思ったのですが、あまり決め付けは良くなかったですね。

>>受験勉強が本分でしょうか?学問をすることは良いことですが・・・。
学生にとっては「勉強」をする為に行くのが学校なのではないでしょうか。
少なくとも、普通の学校を卒業する為には「勉強の単位」を取得しなければ出来ないですよね。
「部活の単位」や「遊びの単位」は無いと思いますが…
>>ただ就職に強いというだけで全く興味の無い大学に進学するのですか?
興味がある大学が就職に強くなくとも行くというのは大変結構なことだと思います。
しかしながら、そうすることで将来得られる収入の期待値が低くなることは本人も理解していることだと思います。
それでも行くというのであれば、その結果として低収入になったとしても、それにはある程度の妥当性はあるように感じます。

>>厳しい受験勉強を勝ち抜いて「勝ち組」になったものの
>>不可抗力で「低収入」に陥ってしまった人に対して
>>「自業自得」などとはとても言えません。
そのような本当に不可抗力で「低収入」に陥ってしまった方は
妥当な8割の方ではなく、残りの2割の方だと思います。

と、ここまで書くと議論目的だと思われたくないのですが
基本的に回答者様からの「?」のついた質問にお答えしたまでであることをご了承ください。

>>9割以上だと思います。
極めて限定的なものですが「低収入な人」の「9割」は「4つの条件」のいずれかに当てはまるということですね。
3度にわたる回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/11/05 02:14

 妥当ではありません。


 事実関係を無視してでも、学歴を最優先した上で、それが妥当であると決定しただけの話。

 条項に記載されている事の多くが、ペケでも大卒になっている事自体、大卒側のムシの良い視点でしかないです。
 ただし、この視点から見れば、現状は妥当なのでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>>学歴を最優先した上で、それが妥当であると決定しただけの話。
たしかに取り様によっては、そのように取れますね。

私の意図としては
・学生時代にやるべきことである勉強に取り組んできたか
・就職活動の時に、将来について真剣に考えたか
という「それぞれのときにやるべきこと」を「やったか」という基準でした。

お礼日時:2008/11/05 01:39

NO.10です。


申し訳ございません。
余り、論理立てて説明するのは得意ではない上に、その質問すら理解し切れていないまま
できるだけ質問の文章を使って、無理やり自分の意見を嵌め込んだ結果、極めて解り辛くなってしまったようです。
要するに
前者:低収入の原因が全てないしは大半、本人にあるケースは低収入の人の1割程度。
後者:2~3割しか評価されていない、若しくは2~3割しか有効利用されていない結果、低収入に甘んじている。
と言いたかったのです。

「結果」は「ツキ」の要素を多分に含んでいます。
言いたいことはたくさんありますが、ひとことで言えば
不公平感がある限り「妥当」にはなり得ない
ということです。

この回答への補足

お礼文の補足です。

「怠けていた」というような本人の問題「ツキが悪かった」という運の問題。
「親が貧乏だった」というような親の問題などなど…
色々な理由があると思いますが、結果として
・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
・就職に強い大学に進学をしなかった。
・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動した
だった人がどの程度かについてお答えいただけると幸いです。

補足日時:2008/11/04 21:57
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この回答へのお礼

とても分かりやすい補足をしていただきありがとうございます。

「低収入の原因が全てないしは大半、本人にある」ケースは1割程度と言うことですね。
>>不公平感がある限り「妥当」にはなり得ない
との事ですが、これは
「低収入な人」に不公平感がある限り、「その人本人にとって」「妥当」にはなり得ない。
ということでしょうか。そうであれば
たしかに、自分にとって不都合な事実はなかなか認めがたいものですよね。

もしよろしければ低収入の人の内
・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
・就職に強い大学に進学をしなかった。
・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動した
のいずれかに当てはまる人はどの程度だと思われるかをお答えいただけると幸いです。

お礼日時:2008/11/04 21:54

#9です 


自己責任で妥当なのか?構造的問題では?http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK …
偽装対応で徹底した審査。それでも受給が増
http://seikatuhogo.net/24/80/81/000053.php
自己責任推進派の有名人
http://www.okutani-reiko.com/03column/index0202. …
目的は 反 労働基準法 労働者保護緩和推進 
http://www.okutani-reiko.com/03column/index0201. …
「自己責任論」に対する違和感 
http://www.max.hi-ho.ne.jp/nvcc/TEIKYO.HTM
 自己責任と自己決定
http://philolaw.hp.infoseek.co.jp/achievement/ar …
 予測不可能性
http://homepage2.nifty.com/quake/shiryou/shiryou …

常に弱いところに犠牲が回る=低収入 妥当性の実体 
だと思いますよ。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

常に弱いところに犠牲が回る=低収入 妥当性の実体
であるということですね。

お礼日時:2008/11/04 20:58

>皆様は「低収入な人」の何割ぐらいが「本人の人生の妥当な結果」であると感じますか?


質問はこちらですね?
この「何割」が「低収入な人」に係っているなら、1割程度、
「本人の人生の妥当な結果」であるなら、少し変ですが2~3割。
「その人の人生の責任がその人自身にどの程度あるか?」と考えれば「年齢」によると思われます。
質問の内容では10代で殆ど決まってしまうので「妥当ではない」と断じざるを得ません。
例えば「勉強しなさい」と言われて「やる子」と、言われても「しない子」で
「しない子」が悪いと云うのは大人の責任放棄です。

また、ある程度パイが決まっている以上、
どんなに頑張っても「漏れる」人が出てくる現実もあります。

>私自身は政府がこの低収入な人の割合を減らすべきである。
 再チャレンジする制度を作るべきであるという意見でありますので
私も同意見です。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>>この「何割」が「低収入な人」に係っているなら、1割程度
これは読解力のない私には良く分からないのですが
日本の全人口の内「低収入な人」は1割程度という意味合いでしょうか?

>>「本人の人生の妥当な結果」であるなら、少し変ですが2~3割。
これも、ちょっと難しいですね。
もしよろしければもう少し分かりやすく書いていただければ幸いです。

>>また、ある程度パイが決まっている以上、
>>どんなに頑張っても「漏れる」人が出てくる現実もあります。
仰るとおりだと思います。
しかし、全ての人が努力して「結果を出して」いるわけではないですよね。
(努力=いい事であると言うつもりはありません)
「結果を出していない人」が低収入であるのは、ある程度妥当ではないですか?
という質問であることをご理解いただけると幸いです。

お礼日時:2008/11/04 19:03

 そう信じられる環境の中で仕事についていられる事が理想です。


「がんばれば高額の対価が得られる、得られないのは頑張りが足りないせい。だから心配するな」

 これを壊す要因が問題なので、それを廃除する為に、より怠惰な弱者の振りをしている「偽装弱者=パラサイトの指導廃除」を行うべきと言う考えが私的自治や組織のモチベーションアップや啓発の中に存在する。

そして、低収入であったり本当に困っている人間は周りの人にこそ絶対に言えず一人で恐怖におびえて困っている。昔は教会や坊さんの仕事だったが今は信用できない。それを、精神科の病院と薬に頼って何とかしようとすれば、健康保険は崩壊し。 偽装弱者の指導廃除にはつながらない。 クライシスを認めないことで、どんどん拡大する。
ゆで蛙の現象である。

 法律と審判を厳格に運用する事で、セーフティーネットは働くのではないかという意見もある。(自治権と自己責任)
 
 これは、行政に、「不正受給者に対する審査を確実に実施するように」等の通達という形で現れる。「本当に必要なところに現場の裁量で給付せよ」という方針を採る事もある。結果 国が規定してくれないから責任が取れず、「今回は支給を取りやめる。」等の結果になる。(生活保護療養者の交通費不支給の問題)

国立大学に進学した人は低収入になっていないと言うのは世間を知らなさ過ぎます。医師が全員金持ちだと言う錯覚に等しい。
学力が無くたってお金を稼げる方法はある。道路が通ってその買取が決まる事で財産を作った人に何の努力があったのか?多額のローンを抱えて土地と給与が下がったために生活に苦しむ55才前後の共働き夫婦に自業自得と言えるのか?

取引先の不正に伴い連鎖倒産、銀行の貸しはがしによりリストラされる社員に何か自己責任があるのか?はなはだ疑問である。
銀行の不正会計防止の為に取った自己資本比率厳守の国の方針が結果としてこのようなことを生んでいる。
 今は 会計上保有資産に株があり、時価が下がると自己資本が下がるのだ。

したがって、低収入な人の妥当性を評価する事が不可能であることと共に高収入である人の妥当性も評価できない。だから能力主義の導入は失敗に終わっている。後付の論理を押し付けて弱者の切捨てと無関心を装う人の周りには偽装弱者であふれているのでしょうが、知られずに危機を迎えて苦しんでいる物を何とかしようと声を上げる事が、
「再チャレンジする制度」などという官僚的な更に問題を生む対策よりはるかに有効ではないかと思う。 
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>>国立大学に進学した人は低収入になっていないと言うのは世間を知らなさ過ぎます。
たしかに仰るとおりだと思います。
私は「授業料の安い国立大学に奨学金、授業料免除を使っても行けない人」
という意味で国立大学と言葉を使いましたし
・就職に強い大学に進学をしなかった。
の就職に強い大学に進学した人が絶対に低収入にならないというつもりもありません。

>>多額のローンを抱えて土地と給与が下がったために生活に苦しむ55才前後の共働き夫婦に自業自得と言えるのか?
この1つの事例についてはなんとも言えませんね。
「道徳」の授業であれば自業自得と言えない。となると思いますが。
リスクを考えず多額のローンを組んだこと等自業自得であると言える部分もあると思います。
でも、このような微妙な方が低収入の大部分を占めているとは到底思えません。
低収入な方の大部分(8割程度)は
質問文に示した4つの結果のどれかであるような気がします。

お礼日時:2008/11/04 18:58

仰るとおり。

まるで私の胸のうちを代弁してくれているみたいです。全面的にあなた方を支持します。

95%はその人の怠慢のせいでしょう。
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この回答へのお礼

>>95%はその人の怠慢のせいでしょう。

非常に分かりやすい回答ですね。
回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/11/04 18:46

>「本人の人生の妥当な結果」であると感じますか?


100%。
本人が生きてきた人生の結果である以上、どんな結果であっても妥当な結果であるとしか言いようがありません。
しかし、それは収入という面に限った一般的な(?)平均的価値に基づいたその人の一面に対する他人からの評価でしかないと思います。
その人の人生を生きてこなかった他人が何をどう評価しようが他人による社会的な(勝手な)一面での評価でしかありません。
あくまで大切なのは自分にとってどうなのかという事ではないでしょうか。
本人しだいということです。
収入を、生活を、自分の未来を改善したい。
再チャレンジとはそういうことではないんでしょうか?
再チャレンジ制度を作るのは結構ですが、どういう趣旨で作るのか、基準や本人の気持ち、資格、受け皿等問題が多すぎませんか?
教育するとして期間中の収入は?
一部の生活保護や失業給付のようになっていては話になりませんよね?
私は、正社員ではない100万の借金をかかえた年収230万、今年転職したので280~300万くらいになる予定ですが、相変わらず正社員ではありません。
将来的な不安は正社員の方よりは多いと思います。
転職時の面接等も建前上、年齢不問ですが実際はそんなことありませんし、法律できめたから、制度をつくったからでは解決しない問題であると考えます。
努力と運。これまでの人生と変わるところはないと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

収入の面については100%妥当な結果であるということですね・

再チャレンジ制度は脱線した回答を避ける為に記述したのですが
むしろ、それが脱線を誘うことになって残念な限りです。

お礼日時:2008/11/04 18:45

 ジェレミー・ベンサムの思想に「最大多数の最大幸福」という考えがあります。

この考えは、社会の所得階層に置いて、底辺の生活水準ををいかに引き上げるかという事なんです。時代によっても違いますが。引き上げていく事のよって、格差は縮小して行く可能性が高いんです。

 確かに、私等の親の時代(戦後)から
>同じ世代の中で相対的に収入が低い人は、程度妥当な結果である

はありました。でも、ここまで生活水準が所得格差によって差がついてなかったと思います。低所得で子供を欲しくても産めない人もいる。信じられない。人としての最小限の選択が保証されて無い。産まない事と産めない状況は違います。昔より、結婚できない人や、子供を持てない人が増えているように思いますが、教育投資の格差も所得に起因していますから、結局、所得格差が開きすぎた結果でしょう。

 だれでも、
「自分の子には、より良い生活をして欲しい、そのためには、教育投資(経済力)がいるので、充分出来そうに無い場合、子供に苦労させるより、初めから産まない方が子供のためだ。」になってると感じます。

 確かに努力した人は報われるべきです。でも、20世紀の日本は社長と従業員の所得差が先進国の中でもとても少なかった。そこが、日本が経済発展した大きな理由だと思うんです。

 現在は、低収入の人が、高収入の人と比較して「収入が少ないのは自分の努力が足りなかったから。」と言っても、格差の幅が大きすぎると思います。大きすぎる格差の場合、「やる気」を無くします。

 欧米では、クビになる可能性も昭和日本より高かったけど、やり直しのチャンスも与えられています。努力は一生にどれだけするかが大事であって、始めるのは何歳からでもいいし、やる気があれば出来るし、社会もそれを受け入れます。30歳以降、家族を持った後でも大学に進学し専門職に就けるんです。でも日本は「規定年齢の新卒」じゃないと、一生、正規雇用を得る事は難しいですよね。敗者復活戦のチャンスが無い。ここが問題だと思うのですが。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

う~ん。これは私の最後に示した
・私自身は政府がこの低収入な人の割合を減らすべきである。再チャレンジする制度を作るべきであるという意見でありますので、このようなご意見もご遠慮ください。
これについての回答でしょうか。

もしよろしければ
「低収入な人」の何割ぐらいが
・勉強が本分である中学・高校時代にしかるべき勉学をおこたった。
・就職に強い大学に進学をしなかった。
・大学に進学してもしっかり単位を取らなかった。
・就職活動中において自分の将来についてしっかり考えず、適当に行動したetc…
このような行動に対する「妥当な結果」であると思われますか?
について回答いただけると幸いです。

お礼日時:2008/11/04 18:40

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