森川許六の俳句で、「三条の橋を越えたる御慶かな」意味を教えてください
森川許六の俳句で、「三条の橋を越えたる御慶かな」の意味を教えてください。どうやら、三条の橋を東から西に渡ったことが、おめでたいという意味らしいのですが、なぜ、東から西に渡ったらめでたいのかがわかりません。。。。
インターネットでもなかなか見つけられず。ご存じな方いらっしゃいませんでしょうか?
橋上の慶 ~ 正月に、三条大橋を渡れて、めでたいことだ ~
この句には、滑稽本、かるた、落語の風景が詠みこまれています。
http://ginjo.fc2web.com/36gyokei/gyokei.htm
柳家 小さん・口演《御慶(ぎょけい)江戸落語》
お江戸日本橋を起点に、東海道五十三次の終点が、京の三条大橋です。
♪これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関。
当時は(山科をぬけると)この橋から天皇の御所が見えたはずです。
三条大橋は(東京遷都まで)伊勢神宮とともに、日本のメッカだった
のです。(諸国の要人を歴訪した高山彦九郎も、ここにたどり着くや、
旅のちりを払い、御所の方角に向って遥拝したのです。(↓銅像写真)
高山 彦九郎 尊王家 17470615 群馬 福岡 17930804 46 /延享 4.0508~寛政 5.0628
http://syoindo.noblog.net/blog/t/10255725.html
── 十返舎 一九《東海道中膝栗毛 1802-1814 初版 1810-1822 続編》
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%8F%8C%E5%85%AD/
双六(すごろく)↓画像
http://image-search.yahoo.co.jp/detail?ei=UTF-8& …
この回答へのお礼
ありがとうございました。大変参考になりました。
ちなみに、この句をうたった背景などはご存じないですか?
許六さんは芭蕉の弟子だったそうなのですが、芭蕉とともに旅をしてその時詠んだ句とかなのでしょうか??もしご存知なら教えてください。
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