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裁判官が時折、国民の民意とかけ離れた不合理な判決を下すことがあります。

これは、もしかして裁判官がわざと反社会的な判決を下すことで、一種のサボタージュを行い待遇改善などをねっらているのでしょうか?

それとも、単にノイローゼなのか、あるいは普通の社会の常識とはかけ離れた法学界特有の選民意識が愚民に対して厳しい態度をとるのでしょうか?

あと、日本の弁護士とか裁判官に国連から非難されているとも聞きましたが本当でしょうか?また、どの辺が非難されるているのでしょうか?
お願いします。

A 回答 (8件)

こんにちわ、貴方の質問について一言、一般国民の認識(裁判官の過大評価)にあるのではないでしょうか、


 
 例えば、刑事裁判の公判に於ては、検事が捜査結果をもって公判を維持する場合、当然に弁護側が検事側に対し、反論しますが、弁護士が必要以上に事件の核心を阻害するような指摘や追求をされた場合、検事は折角犯罪構成を固めたにも拘らずその筋書きとおりには進まないことになる虞が生ずる。そこで、弁護士と検事の間においてお互いの立場が生かせるよう両者は暗黙の了解的貸借をつくる方策が成されているのが現状です。(検事や弁護士の実話)

 とすれば、運悪く事件を起こした加害者や被害者の
立場は二の次として、両職の立場を正当化するための材料にされるだけとなります。

 遵って、我が国の法曹界の現状は地に落ちているのが現状であり、他方、捜査を行う警察当局や検察等はもっと職務に対し喚起すべきであり、殊に、過去に失態を起こした事件があった場合、新たに、どんなに大きな事件があったとしても、その過去の捜査怠慢ミスを隠蔽するが為、新規の事件をも「もみ消す」など極当たり前であるとの認識をもっているのが昨今の捜査当局の現状であります。

 特に民事裁判官の中にあっては、は社会通念上、極めて常識的な事柄をも認識されていない裁判官や程度の低い裁判官達も現存してます。

 例えば、貸借関係を明白に判示すべく事件に於て引き算を知らない裁判官や、引き算を忘れる裁判官も現に存在し、それが、新聞で叩かれた裁判官も居す。

 実談、新聞で批判された裁判官は、新聞記者からの質問に対し、裁判官法に沿ってではありますが、「それは職権で判決したのであって自分の責任ではない」。
 それを解決したい場合、改めて裁判所に提起すべき以外はない旨、無責任な答弁をしている。
(新聞記事から)。

 我が国の地方裁判所の裁判官は国家が与えた特権の上に胡坐をかいている様なものであって実際に難問に適応する能力に欠ける裁判官が結構多いと言うことであり、他方、社会常識的な判断については、恣意的かつ意図的に判示する裁判官がいないとは言い切れませんが、一般国民の意識や常識に悖るような裁判官もいるということであります。
 俗にいう法曹界人種と、一般国民の認識や社会通念上の感覚には大きなズレがあるということです。

 特権が与えられている法曹職の歪んだ越権行為(俗にいう権利の濫用)と、それを私有化する職も多数居るということです。

 実際に裁判を傍聴していると先輩弁護士等に対し、裁判官が遠慮するという実態や雰囲気も多いと実感する。
 裁判官であっても同じ司法試験に合格した仲間であり、先輩、後輩などに影響されると思われるという雰囲気は傍聴した者であれば簡単に理解できると思います。

 貴方も各種の裁判を傍聴されれば実感として理解できると考えられます。

 よって、貴方の質問は全ての裁判官は真正かつ最高の教養と知識を有し、社会通念に沿った常識的判断をするものとの認識を持つことは当前というえますが、現実は期待に背くもである場合が非常に多いということです。したがって、そうゆう実態を認識すること貴方の疑問が晴れると思います。

 外国の法曹人や一般学識者は、我が国の腐った法曹界の実態を認識しているからこそ関係各省やマスコミ関係等に忠告を促した関係からそれを非難ととられているものと考えられます。

 裁判官世界は、上下関係は一般社会では理解できない異常な位で、例えば、3名の裁判官が居て食事に行く場合であっても裁判長・右陪・左倍と縦並びで廊下を歩く程徹底されている。各庁や一般社会では考られない仕来たりの中で育つ関係から一般庶民感覚からかけ離れることとなり引いては我々とは感覚が擦と考られる。

 大体において、一般社会の実態の中で育つのではなく、英才教育等といって幼児の頃から勉強だ学問だと机の上での教育のみに時間を使い世間の実態や多種多様の生活環境を知らない人がなる職業であるからそこが問題なので昨今は民間人を招きいれて裁判官と共に判断をする方式を考案するに至っている。

 世界の中で日本は先進国と位置付けられながら、我が国の裁判制度や裁判所の判断基準等に対し、批判がでても何ら不思議ではない。それが我が国の法曹界の現実ですから当然に非難を受けるのも事実である。 
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この回答へのお礼

長文にわたるアドバイスをいただき有難うございます。
民間人を招きいれるというのは是非実現して欲しいですね。
過大評価というか、学校の先生とかは幻想のようなものがなくなった分、悪くなっている気がします。

これはお医者さんなどにも言えることかもしれませんが、自動車の免許の更新のように、数年ごとに何らかの適性審査を受けることがあっても良いような気がします。ボケに対する突っ込み役は必要ですな。

お礼日時:2003/04/06 14:03

こんにちわ。


多少かけ離れるかもしれませんが、果たして法に忠実なのかも疑問があります。
仕事柄損害賠償関連で時折簡裁辺りは行くのですが、判例よりも不利な判決を出す裁判官がいます。事故状況そのものが争点ならそれも分かりますが、事故状況が争点ではないケース(事故状況は一致している)の場合であれば判例に倣うのが通例だと思います。
ところが、判例よりも不利な判決を言い渡すこともしばしばあります。一般常識の欠如云々の是非はともかく、判例をきちんと理解していない裁判官には驚きます。畑違いの事をやってきたんでしょうが、一般常識以前に判例をきちんと学んでいただきたいと思います。
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この回答へのお礼

貴重な経験者のコメント有難うございます。

 裁判所長官をあの総理大臣が選び、その下っ端の人たちはさらに下っ端を差別し、ブルースし続けています。(ブルーハーツのリンダリンダの詩は、なかなか真実を言い当てているのかもしれません。やっぱりパンクは正しい!ゴミダメからうまれたグラウンジロックのニルバーナも良い!)

 最高裁判所の裁判官を止めさせるかべきか否かを、国民投票で審査決定する、いわゆる国民審査などの制度の形骸化もあり、国民の諦めムードと言うものを衣にまとった裁判官は偉い!
不景気になればなるほど、私たちからかけ離れていき、神に近づく日も近いと思われます。

お礼日時:2003/04/08 22:42

結構盛り上がってますね(^。

^)
#2です。

「法律の中に正義はなく、正義はいつもわれわれの中にしかない」
という言葉がありました。
裁判官や司法に携わる人間に正義がない以上、すべてが悪法です。
われわれ民間人には、彼らの言い分は「四角張った口調で、専門用語を並べて適当に言っていれば何とかなる」としか思えないような言動が多いですね。

国民がおばかさん、というのも確かにそうですね。忙しい、とか、どうせ無理という理論で、権利も義務も捨て続けてきましたからね。
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この回答へのお礼

サンキューです。

いっそのこと所さんの番組に出てくる善良な村人?に判決をお願いしたい。

癒着や不正を行う不真面目で思い上がった人よりはましか?
正木ひろしのような弁護士(冤罪事件を多数担当)がいたことはまだ司法界にとってすくいかな。

お礼日時:2003/04/06 16:45

何か根本的な勘違いをしているようですね。

なぜ裁判官が民意に従う必要があるのでしょう?「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」(憲法76条3項)のです。

法諺に「司法とは法を語る口である」と言われます。また、「司法とはある意味で無である」とも言われます。更に、「悪法もまた法なり」というものもあります。
これらの法諺の言わんとするところは、裁判官の使命は法律を実現することであり、法の内容は問うところでない、ということです。裁判官が法を無批判に受けいれるのは、憲法違反の場合を除き、当然のことです。悪法であっても国会が制定した以上は法律であり、裁判官にはこれに従って判決を下す責任があります。その判決に不服なら国会にはたらきかけて悪法を改正する努力をするべきであって、裁判官を責めるのは筋違いです。裁判官は、法律に逆らうことが許されない法の奴隷なのです。

新潟の少女監禁事件は驚くべき極悪犯罪ですが、裁判官にできるのは刑法の枠内で判決することであり、刑法の規定や従来の法解釈を無視して民意に沿った判決を下すことなど絶対に許されません。殺人事件の被害者遺族がいくら重罰を望んでも、裁判官は「法律のみに拘束」されて裁判するしかありません。この状況を改善できるのは国会であって、裁判官ではありません。

裁判官が世間を知らない専門馬鹿であることは事実でしょう。しかし、最近の司法批判の多くは裁判官に対するないものねだりです。裁判に民意が反映しないのは裁判官が民意を無視しているからではなく、国会が民意を反映する仕組を法律で定めないからです。

状況を改善するためには、敵を間違えないようにしなければなりません。

この回答への補足

せめて国連勧告に耳を傾けるだけの余裕が欲しいものですね。

補足日時:2003/04/13 01:41
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この回答へのお礼

ご指摘有難うございます。
根本的な勘違いをしておりました。
>すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される
その良心に従い冤罪を行うのですね。

>国会が民意を反映する仕組を法律で定めないからです
悪法が悪いのではなく、国民がお馬鹿さんなところがやっぱり問題なんですよね。

お礼日時:2003/04/06 15:29

六法全書の難解な文章が思想に影響を与えている可能性があります。



法律を学ぶことは、キリスト教における聖書と同じように、その法体系全体を無批判に受け入れることができなければ覚えることができません。
その過程で、特殊な思想を持った人間が形成される可能性があると思います。

もし、六法全書が平易な日本語で書かれ理解しやすく矛盾なく受け入れられるようなものであるならば裁判官の人格もかわってくるのではないでしょうか?

だれにでも理解できるように分かりやすい文章、極端に言えば、英語にしてしまえば、普通の人?でも読むことができますから、彼らの難解文章読解能力及び難読解漢字作成立案能力も減ると思います。
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この回答へのお礼

回答有難うございます。

確かに、憲法とかは難解な漢字や文章が多いですね。なんででしょうか?

お礼日時:2003/04/06 14:30

法のプロだけどほかのことに関してはずぶの素人。


まず法をという感じで世間離れしてる人がいたり。
小さい裁判とかだと検察の言いなり。反論できる知識を持ってないので。重大な事件とかはさすがに他の人の批判を
うけて多少まともな判決を下しますがほかは…。
まともな人もいますが…。
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この回答へのお礼

回答、有難うございます。

彼ら裁判官は罪の意識や良心に悩まされることなんて無いのかも知れませんね。

お礼日時:2003/04/06 12:15

ここのサイトが詳しいです。


権力を持っているものが、あからさまに批判を受けなければやりたい放題。
それが日本の現状です。
日本の裁判はアメリカのそれに比べるべくもなく、腐っています。
法廷では裁判官は刑事側の言うことをほぼ100%聞き入れ、(下のサイトでは替え玉でさえも、警察をかばっているくだりがあります)弁護士の法外な報酬(相談するだけで30分5千円、国選は別だけど)また、ほぼ100%の有罪率。
金がないのも学がないのもこの国では罪なのです。

おそらく、これこれこういう判決がわれわれ裁判官にとって有利だ、というような話し合いによって決まっているのだと思います。そしてそれに逆らって、当たり前の判決を出すと、出世できなくなるとか・・・。
つまり正義感に燃えてちゃんとやっている裁判官はどんどん地方に飛ばされて、逆に最高裁には言うことを良く効く頭でっかちの馬鹿ばっかり、といえるのではないでしょうか?

>弁護士とか裁判官に国連から非難されている

この件に関しては良くわかりませんが、やっぱり、司法が自分たちの利益のためにうまく機能していない、ということじゃないでしょうか?

参考URL:http://www.incidents.gr.jp/

この回答への補足

国連うんぬんというのを自分なりに調べました。下記の参考URLによりますと、
http://www.bll.gr.jp/sayama/syutyo-20003.html
>国連の規約人権委員会が、証拠開示の保障をはじめとして、警察での取り調べの可視化、差別の撤廃と独立した人権救済機関の設置、裁判官の人権教育の実施など国際人権規約にもとづく32項目にわたる重要な勧告を日本政府にたいしておこなったことです。

最高裁に負けても、国連に訴えて勝利することもあるみたいです。
http://www.jcp-kobe-sigidan.gr.jp/sp/sinsai/002. …

キーワードは国連勧告で探せました。

補足日時:2003/04/13 01:28
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この回答へのお礼

有難うございます。
参考URL、じっくり読ませてもらっている最中です。

これからの社会が癒着や闇社会とつながりがより強い所だけ生き残り荒廃した社会になるのが目に浮かびます。

社会主義の崩壊は、日本のとっても悪影響を与えてる気がします。民主主義一辺倒の社会はやがて崩れると思います。

お礼日時:2003/04/06 11:40

こんにちわ



いろいろな欠陥がありますね!!!

まず、裁判の長期化。
なんで10年以上もかかるの?
遠山金さんだったら10分で一件落着なのに。。。
やはり弁護士を食わすためにはあれこれと時間を
かけて手数料を稼ぐ必要があるからなのか

次に、最高裁判所長官をなぜ総理大臣が選ぶの?
三権分立はどこへいったの?

裁判官、判決にしても、はてなと思うような判決が
けっこう有るような感じがします
弁護士は弁護士で、「被告は身心こう弱なので無罪」
「被告は反省しているので情状酌量を」ぐらいしか
言わないような感じ。。。

やはり、「陪審員制度」を導入していくのが、改善の
第一歩のように思います

この回答への補足

アメリカだと黒人に対して非常に厳しい刑が下されることが多いことから、私は日本の裁判は、アメリカとよとどっこいどっこいだと思います。

ただ、最近の日本は行き過ぎたファッショになっている気がします。国家に委ねられる裁判官の選任は、いきすぎだったと思います。

補足日時:2003/04/13 00:00
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この回答へのお礼

すばやい回答有難うございます。

陪審員制度にしても、判決を行う人が十分に被疑者や被害者から独立して判断できる環境が必要かな。
いっそのこと、コンピューターの方がましな判決をくだせたりして。

金ヒョンヒみたいに大韓航空機を爆破しても、国策で特赦になることもあります。
洗脳されていた人(工作員)、例えば曽我ひとみさんの旦那さんも恩赦はありなような気がします。
アメリカには、恩赦がないのかな。

お礼日時:2003/04/06 11:18

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