プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

ふと疑問に思ったのですが、
昔の看板とかでは文字が右から左に向かって書かれているものを見ますよね。
今は左から右に読むのが当たり前ですが、いつ頃から変わったのでしょう?
ある時期を境に突然変わったのでしょうか?(戦後??明治維新以降??)
もっと昔になると書状は縦書きが普通の気もするし…、ん?でも看板とかは昔でも横書きか???
ムムム誰か教えて

A 回答 (6件)

(最初に。

左から右に書くのを「左横書き」,その逆を「右横書き」といいます。念のため。)

新聞の見出しなど,印刷物に左横書きが普及したのは,基本的には戦後(昭和20年代前半)といっていいかと思います。
ただ,数学・理科・英語などの本は(一般の本でも教科書でも)かなり早い段階(明治に入ってしばらくしたころ?)から左横書きでしたので,戦前にも左横書きが全くなかったわけではありません。
実際,戦前に出た絵本で,あるページには,二人の登場人物の対話が描かれていて,一人のセリフは右から,もう一人は左から,と左右に行ったり来たりするように書かれていました。
また同じく戦前に出た写真集で,写真の下に説明が右横書きで書かれているのですが,数字(算用数字)や英単語の部分だけ左横書きになっているものがありました。(アラビア語の書き方のように)
こんな具合です。「影撮日25月10年14和昭」
そこまでするのなら漢数字で書いて!という気もします(新聞の欄外の日付などは漢数字が多かった)。

看板の方向が,いつ左横書きが主流になったかは,ちょっとわかりませんが,書き換える手間などを考えると,新聞などよりは若干遅かったのではないでしょうか。
まあこういうものは,徐々にかわっていくので,はっきりした年代は出しにくいかもしれません。
昭和40年代には,車の右側面の表記は右横書きが圧倒的だったと記憶していますが(つまり車体の前から後ろへですね),最近は激減しました。
前住んでいたところの近所に,「スジャータ」の営業所があり,トラックの右側は「ターャジス」となっていたのが印象的でしたが,今はどうなっただろう。

なんか余談ばかりでスミマセン。
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この回答へのお礼

<戦前にも左横書きが全くなかったわけではありません。
分野によっては使用されてたのですね、なるほど。

「影撮日25月10年14和昭」これはややこしい。数字部分は左横書きなのですね。

戦前の絵本のセリフの話、「ターャジス」には笑ってしまいました。興味深いエピソードありがとうございました。

お礼日時:2003/06/26 00:56

こんにちは。

ご質問の趣旨からは逸脱しますが、何人かの方が車の右側面文字が右横書きになっている事について書かれてますのでこの事について一言。実はこれには理由があります。日本国内に限っての話だとは思いますが車に表示する文字は進行方向に合わせて表示するという暗黙の決まり事がある(あったと言うべきか・・・)様です。通常車の右側面の場合、外からその車を見ると前進中は左から右に動いて見える事になります。つまりそうすると車の文字は一番右の文字から左の文字へと流れて見る事になるので右横文字としているのです。タクシーなどは今でも多くの車がその様に表示しています。しかし左横文字が日本人の生活に定着した現在、そうした表示はかえって読み辛くなってしまっている傾向もあり、右側面でも左横文字で表示している車も多くなってきています。ご参考まで。
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この回答へのお礼

車の流れを考えての右横書きですか。
救急車?の逆さ文字(バックミラーで見ると普通に読める)に通じる工夫と言えば工夫でしょうが、
今の日本ではかえって読みづらいですよね。楽しいエピソードありがとうございました。

皆さん返事が遅くなりまして失礼いたしました。この場をお借りして改めて謝罪とお礼に代えさせて頂きます。
ありがとうございました

お礼日時:2003/06/26 01:14

以前の回答で、戦後の横書き新聞について書いたことがあります・・・斬新でもっと普及するかと思ったのですが。

。。


http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=218112 ・・・#6参照

[・・・日本の新聞の例では戦後すぐ出来た『サン写真新聞(毎日系)』が横書きタブロイド版で・・・]

参考URL:http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=218112
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この回答へのお礼

過去問があったんですね。リンクをたどって色々参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2003/06/26 01:06

昭和初期には右横書き、左横書きが混乱した時期があり、看板などで併用されていたようです。


そのころ、逓信大臣などがこの混乱を批判したりして、右横書きに統一しようと言う運動もあったらしいのですが、大きな運動にはなった記録はありません。ただ書籍ではほとんど右横書きが多かった。
この頃、和英辞典などの解説は、この縦横書きで苦労したようです。
英語は横書きにして、強引に解説の日本語はそばに縦書きにしたりと工夫していました。
もともと横書き自体、明治まではほとんど使われる事がないものだったのです。お札もアラビア数字が導入される明治まで、縦書きでした。
今、右横書きは自動車の広告くらいですかね。それも珍しくなりつつありますが。
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この回答へのお礼

<英語は横書きにして、強引に解説の日本語はそばに縦書きにしたりと工夫していました。
他にもいろんな苦労があったのでしょうね。ありがとうございました。

お礼日時:2003/06/26 00:49

右縦書きから右横書き、そして右左の混在時代を経て現在のような左横書きに統一されたのは終戦後です。

混在の割合や細かな年代は分かりません。

しかし、世の中には頑固な人たちもいて少数ながら車の側面に右横書きをしている車を見かけることがあります。


http://www.sunfield.ne.jp/~kawasima/kossori/koso …

参考URL:http://homepage3.nifty.com/hidaka/30izennoyousik …
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この回答へのお礼

混在時期を経て統一されたのは戦後ですか。ある日を境に突然ではなかったのですね。
車の右横書きは僕的にはなんで??って感じでした(笑)
ありがとうございました。

お礼日時:2003/06/26 00:45

戦後です。


GHQが日本語を無くしてローマ字にしようとしました。
その関係で左から書くようになりました。

ローマ字より漢字の方が見ただけで直ぐに内容が判断出来ることから日本側からもう反対に遭いghqが取り下げたと言う経緯があります。
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この回答へのお礼

えらくお礼が遅くなりましてm(_ _)m
戦後ですか。のような気はしてました。敗戦国の日本がそんな猛反対できる立場だったのでしょうか?
突然切り替わったのでしょうかね…

お礼日時:2003/06/26 00:40

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