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もしも幕末における小判流出がない、もしくはもっと早期に解決できていたら・・・ その後の歴史はどうなっていたでしょう?
たとえば、太平洋戦争以前に日本は経済的に「絹」以外の外貨獲得手段を得ることはできたでしょうか?
たとえば、日露戦争の戦費にあれ程苦しむことは無かったのかもしれません
金の保有量が紙幣の信用度を決した時代はつい40年ほど前まで続きました。
もしも小判の流出が無かったのなら?
歴史はどう変わっていたと思いますか?

A 回答 (1件)

幕末における小判流出がそのあとの歴史にそれほど大きくかかわっているとは思えません。



というのは、江戸時代が終わり、明治時代に発布された「新貨条例」で日本のお金の単位制度が大きく変わったからです。

太平洋戦争で日本の経済が苦しくなるのは、やはり戦争には莫大なお金がかかる上に、これまでずっと頼りにしてきた列国がABCDラインを行って、日本に対し経済封鎖を行ったことや日米通商航海条約・日英通商航海条約の廃棄などが一番の原因だと僕は思います。

日露戦争のころの日本の財政の悪さについては、そもそも「戊辰戦争」や「西南戦争」がその前に起こっていたことが原因です。あの明治における二大戦争の結果、明治政府はお金にとても困りました。なぜなら、当時の明治政府の財政基盤はその前身の江戸幕府の財政を引き継いでいたからです。江戸幕府の財政基盤はお金ではなく、お米。新しい時代にはお米はお金の価値としては役に立ちません。そこでそれの対策として地租改正や不換紙幣を発布したりしたのですが、結局うまくはいきませんでした。
ですがそのあと「日清戦争」がありましたよね?あれで日本は莫大な賠償金(2億両=今の価値で言うとと何兆円とか)を手に入れることができたのですから、財政は潤ったはずです。日露戦争直前に山県有朋が厳しい徴税を行ったのは、その当時臥薪嘗胆という言葉も流行ったようにロシアに対し大きな反発があったからだと思います。なぜそんなにもロシアに対して反発が強かったのかというと、「日清戦争」でせっかく手に入れた「遼東半島」をロシアによる「三国干渉」で邪魔されたから。だから、あの当時は日本全体がロシアと戦争することに対してどちらかというと賛成的だったと思うんです。もちろん、社会主義者や一部の人などは戦争に反対していましたが・・・(「君死にたもふことなかれ」で有名な与謝野晶子は思いっきり反対していますしね。)

もし小判流出がなかったら・・・そうですね・・・攘夷運動があそこまで過激にはなってなかったと思います。というのは、小判が流出することによって貨幣鋳造を行い、金の含有量を減らしたことが原因で、当時物価がめちゃくちゃ上がりました。その物価の急騰が貧しい武士などの反感を買ったのです。じゃあ、その物価の急騰は誰が原因だろう?幕府?いや、外国のやつらだ!あいつらがいるから、物価がめちゃくちゃ高くなっている!だからあいつらを日本から追い出そう!といって始まったのが、攘夷運動です。だから、小判がもし流出していなかったら物価は安定していたわけですから、あそこまで反感を買うことはなかったのではないでしょうか?
とはいっても、そのほかにもいろいろな理由があります。たとえば、アヘン戦争に負けた清国がイギリスの植民地になってひどいことになっている。日本も同じようなことになるのではないか?それを避けるためには、日本をもっと外国と渡り合える強い国にしなくては!といって立ち上がったのが「坂本竜馬」とか「高杉晋作」です。だから、一概になんともいえません。

というのが、僕の持論です。
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この回答へのお礼

丁寧な回答をありがとうございます、長い間、質問を受け付け中にしてすみません。
まぁ確かに代わり映えのしない歴史かも知れませんね、金持ち明治日本というのも
妄想としてはありかな?と思ったのですが。

お礼日時:2011/02/13 21:55

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