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昨年の9月に、最愛の母を亡くしました。
1年近く経った今でも、辛くて辛くて涙が溢れます。

5年間、ずっと母の介護をしていたので、いつもそこに
いた人が居なくなると言うことが、こんなにも悲しいなんて。

休日は、家でダラダラして、誰にも会いたくありません。
仕事は毎日していますが、すっかり出不精になり、
気持ちも滅入っていて、本当に「鬱」ではないかと思います。

こんなことでいいのでしょうか?
どなたか同じ境遇の方がいらっしゃいましたら、どうかご意見
お聞かせください。

A 回答 (12件中1~10件)

こんばんは!


僕は今年の1月10日に父を亡くしました。
子供の頃は怖くて怖くて、凄い大酒のみでした。よく酔っては母を泣かせていました。
大人になったら必ず父に仕返しをしてやると思っていました。
そんな父も定年後はあれほど飲んでいた酒を断ち、180度変わりとても優しい父になりました。
6年ほど前に自宅で倒れ(酷い胃潰瘍の為、出血による貧血)ひと月ほど入院し、退院後は殆ど家から出ない生活が続きました。通院も辞めてしまい。最後は寝たり起きたりの繰り返しでした。
皮肉なもので、父との最後の会話は今年の元旦に
「明けましておめでとうございます」でした。それからは、自分の出勤時間も帰宅時間もずっと寝たままでした。そして、10日の成人の日のよる8時頃、母が気が付いた時には息を引き取ってました。
最初は質問者様同様、落ち込んだし(勿論今でも悲しいし寂しいです)自分を責めました。首に縄でもつけてでも病院いけば良かったと。でも医者が言うには(死因は老衰です。76歳でした、)気力がなければ病院でもだめだったそうです。お盆も無事に終わり、自分が父の代わりに母を守らなければ、と思い自分に言い聞かせて頑張ってます。辛いですが僕の心の中には今でも父は生きています。
質問者様もお母様のことを心の中に生き続かせて頑張って下さい。
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この回答へのお礼

お若いのに、早くにお父様を亡くされましたね。
私の母も76歳の誕生日前に、とうとう力尽きました。

10年前に心筋梗塞、そして、5年前に腎不全になり、
この5年間は週3回、透析に通う日々でした。

苦しくて、切なくて、代わってやれるものなら代わってやりたかったです。

母は亡くなる20日前から入院しましたが、私は毎日病院に寝泊りして、
朝はそこから出勤していました。

亡くなる日の前日。
私は昼間仕事を抜けて、母と3時間ほど病室にいました。
体はかなり衰弱していましたが、意識はあり、もう余り話もできなくなっては
いたけれど、「おかあちゃん、あたし、一度仕事場に帰って、シャワー浴びて
たら、またすぐ来るから、待っててね。」
そう言って、母の頭をなででから一度病室を出ました。

そして夜7時に病室に行った時には、もう、いくら大声で呼んでも、体を
揺さぶっても、母はトロンとした目を開けたまま天井を見つめ、肩で大きく
苦しそうな息をしているだけでした。

看護師さんにきいたら、1時間前まではかろうじて、意識はあったようで、
それを聞いたとき、本当に本当に自分自身を責めました。

もっと早くここに来ていれば、母が意識が無くなる前に間に合ったんじゃ
ないかって。

たった一人でこの病室で寂しく意識を無くしていったんじゃないかって。

今でも悔しくて悔しくて、涙が溢れます。
皆さんは最期、きちんとお別れができていますか?ってきいてみたいです。

長くなってごめんなさい。

聞いてもらってありがとうございました。
あなたも頑張ってください。

そして、あなたを生んでくださったお母さんをとても大切にしてくださいね。

お礼日時:2011/08/22 22:30

3回忌~3年経過頃になると諦められるはずです。

「時」が癒してくれます。
(あなたが、いつまでも辛く悲しんでいると天国のお母様=仏様が嘆くでしょう)
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この回答へのお礼

はい。そうですね。
あちらの世界に逝こうとしている母の足を引っ張ったりしては
いけないですよね。

だけど私、本当は母にはまだ、ここに残って居て欲しいんです。
オバケになってでも、ずっと母に居て欲しいんです。

毎日仏壇に向かい、お経をあげていると、涙が溢れてきます。
早く心が癒えるといいです。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/22 22:12

通りすがりの者です



昨年9月と言うと330日余り・・・そうですね辛いでしょうね。
いいんですよ・・・泣いて泣いて、涙があふれ出て止まらなくても・・・
気持ちが済むまで納得するまで、もし納骨してなければお骨の壷を抱いて
泣き明かしなさい、何日も何日も・・・気が済むまで・・・。
もう納骨しているのなら墓前に通って手を合わし、祈って下さい。
お母様が亡くなって1,000日、およそ2年8ヶ月泣き続けていいんですよ。

人の悲しみは限りなく、個別の事情がある以上個人差があっていいのです。
貴女は貴女の気持に忠実に過ごしなさい。ただし今従事している仕事には、
精一杯頑張り、続けなさい。それが貴女の救いになるからです。

私も2,000日泣き続けました、毎晩毎晩涙が止まりませんでした。
5年が過ぎて6年目に入った頃でしょうか・・・春夏秋冬を感じるように
なり、春の桜のはかなさ愛らしさ、秋の紅葉の幻想を味わいました。
今はもう11年4,000日を過ぎ、ようやく人並みの人生を送っていますが、
まだまだ時に涙が溢れ出す時があります。

人間の死は2度あるそうです。
1度目は物理的な肉体の死です。そして2度目がその亡き人を誰も話を
しない・・・忘れられた時、だそうです。
即ち、貴女やご家族が、お母様を思い出し、話をし続ける限り、お母様は
死なないのです。
どうぞ、貴女の命がある限り、お母様のことを思い、話し、共に行き続ける
ことを祈っています。
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この回答へのお礼

私のような方がたくさんいらっしゃることがよく分かり、嬉しかったし、
とても励みになりました。

私、まだまだ泣いていいんですね。
そして、あなたがおっしゃるように、母を2度も死なさないように、
これからもずっとずっと永遠に、母のことは語り続けていきますね。

母は、お墓に入るのが寂しいと何度も何度も私に言っていたので、
私は母の遺骨を自宅にも置いています。

私がお墓に行けなくても、一人で寂しくないように。
ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/22 22:08

愛する大切な人を亡くしたのです。

悲しいのは当たり前です。
一年たっても2年たっても涙があふれて来てもいいのです。
それは自然な事なんです。
思いたいだけ思ってあげればいいと思います。

5年間もお母様の事を大事に介護なさってこられたのですね。
大変でしたね。
でもお母様はそんなに大事にされて、きっと幸せな時を過ごされたと思いますよ。

よく頑張って来たから、今は少し休みなさい!という事です。
休みたいだけ休んだら、たまに一人で公園でも歩いてみてください。
自然の光や風や緑の木々にふれると、心が癒されますよ。

私もあなたと同じ様に母を亡くしました。
そして一年後に父を亡くしました。

どうやって息をしていいのか分からないくらい苦しかった!悲しかった!
毎日泣いて、動けなくなり、寝てばかりでした。

でもね。いつかきっとお母様といつでもお話し出来る時が来ますよ。
お母様はいつも何処にいても、必ずあなたの事を見守っていてくれています。
いつか遠い将来出会える時が来るまで。
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この回答へのお礼

ご両親をたて続けに亡くされて、本当に本当に残酷なことでしたね。
息もできない位、苦しかったでしょう。
悲しかったことでしょう。

あなたに比べれば、私はまだ父が生きていてくれるので、悲しみは
あなたの半分なんですよね。

私は母が亡くなった時、母が体内に入れていた、ペースメーカを
病院からもらって帰りました。
そして納骨の際に、母の骨壷から骨を抜き出して、それをお守り袋に
入れて、ペースメーカーと一緒にいつも、肌身離さず携帯しています。

お風呂に入る時も、お守り袋をビニールに入れて、母と一緒に入浴
しています。
寝る時も、枕元において、寒い日は布団の中に入れてやります。

なんか病んでいるでしょう?
でも、こうすることがくせになって止められないのです。

このサイト、本当にありがたいですね。
あなたも、そしてみなさん全員にベストアンサー差し上げたいです。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/22 22:02

私は今年の4月に若い歳で妻を亡くしました。

まだ若い子供がいます。
4月から今日までの4ヶ月くらいで49日の7日毎のお経、仏壇の購入、仏壇の開眼、49日法要、お墓の購入
百ヶ日法要、お墓の開眼、初盆、と何もない状態からなんとかやってきました。
わたしも約3年入退院、自宅介護を地域のお医者様、看護士、介護士の方のお世話になりながら
やってきましたが亡くなってしまいました。
亡くなってから無意識に涙がでています。あなたのお気持ちは良く分かります。
泣きたい時は思いっきり泣いてください。私は友人知人から時、時間が解決してくれると
教えて頂きました。でも現在もなぜか無意識に涙が出てきます。
子供のいるところでは泣けないので隠れてトイレで思いっきり泣いて何もなかったようにして
部屋に帰ってくる毎日です。
今日は仕事が休みだったので実家のお墓と妻のお墓にお参りに行ってきました。
時、時間が解決してくれると教えて頂いた友人、知人の言葉を信じてこの先も
子供のためにも弱音を見せないように頑張っていこうと思っています。
あなたもつらいでしょうが頑張りましょうね
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この回答へのお礼

奥様を亡くされて、さぞ辛かったでしょう。
こんな気持ちは大切な人を失って初めて、感じることだと思います。
母が残してくれていたわずかなお金は、自分が働いて貯めたお金と
併せて、実家の仏壇の修復費用に使いました。
母が死んでから私も、49日までは心を込めて供養しました。
その後も今日に至るまで、毎日懸命に供養しています。
今年は初盆でしたが、家族だけでひっそりと行いました。
私にも一人息子と、残された父親がおりますが、父も最近とても
弱って来ました。父もすごく寂しそうにしています。
残された家族の命の灯を大切に、これからも頑張っていかないと
いけませんよね。まだまだ辛いですけど、温かいご回答に感謝
いたします。ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/22 21:52

今から約12年前、人生で最も尊敬し一生付いていくと決心をした方を失いました。



長く生きていればいつかは大切な人の死に直面するものです。
悲しむ事は必要ですがそれ以上に大切な事は、その人の分まで生き抜く事だと私は思います。
お母さんは質問者さんをどんな気持ちで産みどんな気持ちで育てたのか。
どんな大人になってもらい、どんな生き方をして欲しかったのかをよく思い返してみてください。
それは確かに質問者さんの心にあるはずです。
それをまた自分が大切に思う人へ伝え暖かい心を持てるように、または、しなくてもいい苦労をしないように教えることが、残され今を生きる質問者さんに与えられた使命でありお母さんの願いだと思いますよ。

私には娘と息子がいますが、もし自分があの世へ逝きずっと悲しんでる息子達の姿を見たら居たたまれない気持ちになります。
自分にはどうすることもできないのですから。
一時嘆き悲しんだらその悲しみを乗り越え多くなくていい、大切に思うその数少ない人を支えたり救ったり愛し愛される人になってもらいたいです。
辛い時はただ黙って傍で見守ります。
そうすることしかできませんし、そんな時少しでも私の事や教えを思い出し困難を乗り越えられたならそれほどうれしいことはありません。

いつかは質問者さんがその立派なお母さんのような立場にならなきゃいけないわけです。
そこまで想われるお母さんは幸せ者ですね。
十分悲しんだならそろそろ歩みを進めてもいいと思いますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

私も息子にはこんな風にはなってもらいたくありません。
そう思います。

ただ、「母親」の死は、私が人生今まで生きてきた中で、
最も辛い出来事だったと言うことは確かです。

彼氏にふられたとか、友達に、裏切られたとか、これもまた
とても悲しいことですが、母の死というものは、そんなこととは
比較にならないほど、残酷な出来事でした。

生んでくれたお母ちゃんの存在は凄いです。
しっかりとしないといけないことはわかっています。

もう少し時間が経てば、わたしも今よりは元気になれると信じてみますね。
たった一人で暮らしているからこんなになっているかもしれませんね。

ありがとうございました。頑張ってみます。

お礼日時:2011/08/22 23:12

母親って、ホント、特別なんです。


母親の死は、本当に悲しいもんです。

私は、母親が亡くなって4か月たった頃、母の事を書きまくりました。
母との思い出、母の言った言葉、笑った事、母の性格、どう生きたか?娘(私)との関係
亡くなる瞬間の事、母と話した事などを文章にしました。

そして、母の人生は全うし完結したんだと納得しました。

私が生まれた時には、もう既に母が、この地上で待っててくれて、先に逝った母が、また今度、私が死んだとき
あの世で、待ってくれてるんだと思いました。
この世でも、あの世でも待っててくれる母親がいる子供は、幸せだと考えました。
つまりは、いつも一緒って事。

肉体は無くなっても、あなたの心の中には、確かにお母さんが存在してます。
そして、今まで以上にあなたを守ってくれてます。
私は、母が守ってるから安心!って気持ちがあります。

私は毎日、仏前に、お花とお線香で、母に挨拶します。
それが、母との会話です。

行ってきます。
ただいま。
あのね、お母さんって感じで、話しかけます。

あなたが、元気に生きていくことが、お母さんへの愛情だと思います。

お母さんは、肉体を離れただけで、あなたの傍にいるんですよ。
仏前の写真に語りかけ、お母さんって呼ぶことで、お母さんと繋がれますから(私の体験)

供養は、愛情表現です。
鬱になんか絶対にならないでネ。
お母さんが悲しむよ。

私の中には、母がいつも居ます。

この回答への補足

みなさんの心のこもった投稿に、涙が溢れて止まりません。
今、涙でにじんだ視界のまま、やっとの思い出キーボードを
打っています。

母は私が生まれた時に買ってくれたお雛さんの段飾りセット(ガラスケース)
を床の間に飾っていて、死ぬ前に私に「このお雛さんは絶対にここから
下ろしたらいかんよ。これはあんたなんやから、お母ちゃんが死んだら
そのあとはあんたがこの家を守るんよ。」と言いました。

そして私の息子をこよなく愛し、育ての親同然でした。
息子は今遠方で住んでいて、この家には私一人です。

私の仕事がハードなので、父は自ら私との同居を辞退して、
私の体が疲れないようにと、一人で暮らし始めました。

息子がこの家に戻るまで、私が元気で居ないと、この家が
終わってしまうからと、父がそのように配慮してくれたのです。

一緒に暮らしたいのに、頑固な父はどうしても聞き入れてくれません。
だけど、本当に父の愛情には涙が出ます。

あなたも毎日ご供養を懸命になさっているのですね。
お母さんがいつも傍に居るって、そう思えるような出来事があったの
ですか?

もしあったのでしたら、お話してくださいませんか?
どうしてもお訊きしたいしたいので、補足させて頂きました。

まだ少し病んでおりますので、どうかお許しくださいね。

補足日時:2011/08/22 23:04
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5年間、お母さんの介護をされていたんですよね。


突然大切な人を失って、色々としてあげたかったことができないで悔しい思いをする方達もたくさんいる中で、大きな親孝行ができたことと思います。

僕は父が他界した時に、親より長生きした(親に子供の死に目をみせないで済んだ)ことで、親孝行ができた
と思うようにしました。

あなたは、2つもの親孝行ができているではないですか。
母を想う気持ちも分かりますが、どうか元気を取り戻して下さい。

あなたが精神的に参っている姿なんて、お母さんはまったく望んでいないはずです。

早起きでもして、一人で散歩でもしたらどうでしょう。
少しは気分が変わることと思います。(気持ちいいですよ!)
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この回答へのお礼

そんなふうに言っていただいて、ありがとうございます。

それでも、心残りはまだまだありますが、考えていたらキリがないので、
そろそろ気持ちを切り替えられたらいいなと思います。

この家に家族が帰って来てくれるまで、頑張って守っていきますね。
ありがとうごさいました。

あなたもどうかおからだ大切になさってください。

お礼日時:2011/08/22 23:26

こんばんは!


ありがとうございました。
僕も自分を責めずに父の分まで頑張って生きていきます。
だから、貴女も貴女自身を責めないでお母様の分まで頑張って生きて下さい。
ある、回答者様へのペースメーカーの話に泣けました。
自分は父の入れ歯をお守りにしています。
辛いけどお互い頑張りましょう。本当にありがとうございました。
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この回答へのお礼

こちらこそ、2度もご回答頂き、本当にありがとうございました。
このサイトがあるおかげで、本当に心が救われますね。

何もしていない時が一番辛いから、こうやって返信できることが
心を癒していけるようで、嬉しいです。

回答の締切はもう少し先にします。
もっともっと色々な方のお話が聞きたいですから。
あとすこしだけこのままにさせておいてください。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/22 23:22

NO7です。



私の母も、私の息子をとっても可愛がり、息子もおばあちゃんが「大好き!」で、亡くなった時
「オレとおばあちゃんを、しばらく二人にしてくれ」と言いいました。
その彼の姿を見た時には、胸一杯になりました。

これだけ「愛」に囲まれた母は、毅然と、あの世に行ったと強く感じたのです。
その毅然とした母を尊敬する意味で、残された私たちが、幸せであることが、母に見せる姿だと思いました。
それが、母がいつも傍にいるという自覚にもなりました。

それと、3周忌の時です。
お坊さんのお経を目を閉じて聞いてた時、ふわ~と温かい空気が私の周りにきて「大丈夫だよ、大丈夫だよ」って
感じで、確かに母が来ました。

その時、私だけが、涙が出て出て止まらなくなり、そして凄く温かく強い慈愛に包まれました。

「やっぱり母は、あの世から皆を気にしてる」と感じました。

だから、sirayukihime3 も、絶対に大丈夫だよ!
必ず立ち直れるから!

母はいつも言ってました。
「体なんて車と同じ。使えばガタがくるんだよ。大切なのは魂。だから私が死んでも、泣く必要ないよ。
肉体無くなったら、今以上に、あんた達を守れるから大丈夫だよ」って。

だから、あなたも絶対に大丈夫!
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この回答へのお礼

凄いご経験をされましたね。

あなたのお母様はすごく気丈な方だったのですね。


私の母もかなり気丈なほうだと思っていたのですが、亡くなる3日前に
病室で、母のベットをのぞき込む私の首に両手を回してぶら下がるような
格好で、母は私に「おねえちゃん、あたし、ホントはまだ死にたくないんよ。」
ってつぶやきました。

けれど、その後で、「でも、もうあたし、家に帰れんなった。」とポツリと
こぼしました。

その時の私は、今にも溢れそうな涙をぐっとこらえて、「お母ちゃんは絶対
死んだりせんよ!早くよくなっておうちへかえろうね!」と、震えながら
そう言ったのを覚えています。


私の息子もすごくおばあちゃんに愛されたからか、とても心の
優しい子に育ちました。

母が病気になって、お墓の階段が上がれなくなったので
「今回は、もう、よう行かんから、母さん(私)と二人で行きなさい。」
って私の息子に言うと、息子は私の母をお姫様だっこして、
お墓の階段を上がってくれました。

なんで、お姫様だっこしたのかと言うと、母は心臓にペースメーカー
が入っていたので、おんぶすることができなかったのです。

今でもあの時の光景が頭に焼き付いて離れません。
息子の思いやりと優しさがなんだかとても嬉しくて、夜、布団の中で
一人で泣きました。

やさしい息子も今は遠くで仕事をしていますが、けっこう頻繁に
ここに帰ってくれています。

いつか一緒に暮らせる日が来たら嬉しいです。
また、何かありましたら、お話してくださいね。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/08/23 22:34

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