10代と話して驚いたこと

私は臓器移植反対派です。
人の臓器をパーツ取りするような行為を、神様がお許しになるわけありません。
(もっとも私は無宗教ですが・・・)
しかも、臓器を移植された人にとって、他人の臓器は「異物」であり、薬を飲みながら制御しつつ生きなければなりません。
そして、わが国ではまだまだ進んでいませんが、臓器移植先進国では臓器移植がビジネスとなっています。
このようなことが果たして、倫理的に許されるのでしょうか?

確かに、脳死となり、臓器が機能している人がいて、その臓器を困っている人へ移植すれば助かる命があるのは理解できます。
でも人の命というものは決まっているものであり、他人の臓器をパーツ取りしてまで延命を図ることにすごい違和感を感じます。
それが、仮に自分であろうと、自分の家族であろうとそうです。

でも、臓器移植反対の立場としても矛盾があるんです。
じゃあ、献血(輸血)はどうなんだ、といわれれば輸血はいいんじゃない?と思ってしまいます。
でも、血液にも生きた細胞が含まれるわけで、血液も生きているわけです。
無駄な排卵や射精もあるわけで、それらに対する説明もつきません。

最近、日本でも臓器移植に関する動きが活発になってきていますが、私のような考えは少数派でしょうか・・・?

A 回答 (5件)

欧米キリスト教文化圏の人の生命観は、カントの


心身二元論から来ています。
つまり、身体は魂の入れ物に過ぎない。
従って死体はただの物質だ、という考え方です。
考え方、というよりも感じ方ですね。
こういう感じ方によれば、臓器移植にも抵抗は
ない訳です。

これに対して、日本は万物総てに魂が宿る、
心身は一体のもので、遺体にも魂がある、と
考え、感じます。
日本で臓器移植が遅れているのは、こういう理由
でしょう。

魂は脳にある。身体は乗り物だ、と考えれば
脳死した遺体からの移植は問題なし、となるのでしょうが、
最近は、内臓にも記憶物質が発見された、という
報告もあります。
話は、そんな単純ではないということです。

人間は他の生物を食べて生きています。
でも共食いは禁止です。
臓器移植とは、よく考えると食人と同じような
気がします。

血液も似たようなものかもしれませんが、
血液は遺体から採取する訳じゃないですよね。
眼はどうなんでしょう。
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私は医療のドラマ、ERを全部見てきました。


最初の方で先生がちゃんと話をしておらず、家族に臓器提供を断られるという話がありました。

私は、個人として脳死判定されたら戻ってこないって思ったら見切ってほしいと考えてます。だってすごく装具つないでお金かかるだけ。
だったら私の命を臓器を待つほかの患者さんに上げて、元気になってほしいと思います。

母が看護師なもので、理解してもらえましたよ。

ただ、父は嫌がってますね。

臓器を売買して・・・ではなく自分の善意で上げているのだから、そんなことどうでもよくて。死んじゃうんだもん。

嫌だったら断ればいい。私は上げたい。それをきちんとどこかに書くべき。

そのERで最後にクリスマスだったのかヘリに乗せるときにメリークリスマスとお渡ししていたので、印象的でした。素敵に自分の最期をしめたいな。
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確かに私も違和感を感じています。


倫理的な部分ではなく、
安易な方法論という意味でです。

ちなみに私は賛成派です。
日本では死んだら仏になるという観念や成仏信仰が強すぎて、
手術を受けたくてもドナーが見つからない。
遺族が遺体を手放さないという多くの問題点があると思います。

神様が許すかどうかについては
神様に聞かないと分かりません。
「あなたがそう思った。」と「神様はこう考えている。」は思考が並列しています。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

やはり宗教観は関係するのでしょうか・・・?
たしかにわれわれ日本人には、遺体に手を付けることにすごい違和感を持つ民族なのだと思います。
江戸時代、遺体を解剖することを幕府は基本的に禁じていたといわれています。
「腑分け」として、ごく一部許されていたのみです。

「神様がお許しにならない」は、「私が、神様はお許しにならないと考える」という意味です。
ってか、神様なんていませんし、俯瞰的な見方をする意味で神様という言葉を使いました。

お礼日時:2011/09/07 19:51

その問題はいまも議論されています。

日本は慎重派です。生死感の問題だと思います。西欧は命を救うためなら、どうような手段を用いても…、と考えているのではないでしょうか?日本の倫理観とはまったく違います。キリスト教が根深く浸透している西欧と宗教に熱心でない日本人が慎重なのは皮肉なことですね。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

キリスト教を国教と定めているいる国でさえ、臓器移植が盛んに行われています。
キリスト教の根付かないわが国では慎重であること、たしかに皮肉そのものです。

もしかするとこの問題には、生死感や宗教観はあまり関係ないのかもしれません。

お礼日時:2011/09/07 16:01

どこで線を引くかだよね。

 血液が良いなら、骨髄はどうなんだ? 角膜は? 腎臓は? ドナーの生命に関係しなければよいのか? 動物だったら良いのか? 動物の命を奪ってつくる薬はどうなのか? 肉食はどうなのか? 人それぞれの価値観で判断すべき問題だと思う。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

おっしゃるとおりだと思います。
ゆえに難しい問題だと思います。

私は今朝、たまご焼きを食べましたが、それだって本来ひよこの命です。

糖尿病の治療に欠かせないインスリンだって、昔は豚から採取したものを使用してました。
インスリンの製造は今は大腸菌の遺伝子を改造して作ってますが、大腸菌だって生き物です。
豚はかわいそうだけど、大腸菌ならいいだろうというのも、何か矛盾してますよね。

お礼日時:2011/09/07 15:56

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