創文社版邦訳の訳語についての質問です。
129頁には、
「有それ自身は、慎みを、つまり有ることの慎みを携えている」
とあるように、ハイデガーにとり「慎み」は「存在」を告げるものですから、
まことに大事な語ですが、
これはギリシャ語「アイドース」をドイツ語「Scheu」に独訳したものです。
「Scheu」(英語の「shy」に相当)は、手元の独和辞典には「不安、尻込み、内気、畏怖」などの訳語が記載されています。
これを邦訳では「慎み」と訳しているわけですが、どうもピンとこないというか、釈然としません。
「畏れ」くらいのほうがいいように思われるのです(素人ながら)。
あるいは人間の存在の根底をなす「恥の感覚」(日本人にはなじみのある、あの古き佳き「含羞」などと言えばハイデガーからだいぶ離れますが、忘却したものという点で共通)とみなせば、
むしろ「恥(shame)」と訳したほうが逆に分かる気がします。
ようするに「慎み」はどうもパンチがいきいていないというか、解釈が生煮えのように思えてなりません。
ちなみに「shame」には「隠す」という意味があり(隠すべきもの→恥」)、「隠れなきもの=真理」というハイデガーお得意の語源趣味にも合致していると思う次第です。
ギリシャ語、ドイツ語に詳しい先生がいらっしゃいましたら、どうぞ率直なご意見を賜りたく、何卒宜しくお願いします。
A 回答 (5件)
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No.5
- 回答日時:
こんばんは。
すでに英語訳ではお分かりなのかも分かりません。
オンラインギリシャ語での説明です。
○ Henry George Liddell, Robert Scott, A Greek-English Lexicon ~~~
http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Per …
αἰδώς , όος, contr. οῦς, η (late nom. pl. αἰδοί Sch.E.Hipp.386),
as a moral feeling,
A. reverence, awe, respect for the feeling or opinion of others or for one's own conscience, and so shame,
・self-respect (in full “ἑαυτοῦ αἰδώς” Hierocl.in CA9p.433M.),
・sense of honour, “αἰδῶ θέσθ᾽ ἐνὶ θυμῷ” Il.15.561; ἴσχε γὰρ αἰ. καὶ δέος ib.657, cf. Sapph.28, Democr. 179, etc.; “αἰ. σωφροσύνης πλεῖστον μετέχει, αἰσχύνης δὲ εὐψυχία” Th. 1.84, cf. E.Supp.911, Arist.EN1108a32, etc.; “αἰδοῖ μειλιχίῃ” Od.8.172; so “ἀλλά με κωλύει αἴδως” Alc.55 (Sapphus est versus); “ἅμα κιθῶνι ἐκδυομένῳ συνεκδύεται καὶ τὴν αἰδῶ γυνή” Hdt.1.8; δακρύων πένθιμον αἰδῶ tears of grief and shame, A.Supp.579; “αἰ. τίς μ᾽ ἔχει” Pl. Sph.217d; “αἰ. καὶ δίκη” Id.Prt.322c; “αἰδοῦς ἐμπίπλασθαι” X.Cyr.1.4.4;
・sobriety, moderation, Pi.O.13.115; “αἰδῶ λαβεῖν” S.Aj.345.
2. regard for others, respect, reverence,
“αἰδοῦς οὐδεμιῆς ἔτυχον” Thgn.1266, cf. E.Heracl.460; αἰ. τοκέων respect for them, Pi.P.4.218; τὴν ἐμὴν αἰδῶ respect for me, A.Pers.699;
・regard for friends, “αἰδοῦς ἀχαλκεύτοισιν ἔζευκται πέδαις” E.Fr.595;
・esp. regard for the helpless, compassion, “αἰδοῦς κῦρσαι” S.OC247;
・forgiveness, Antipho 1.26, Pl.Lg. 867e (cf. “αἰδέομαι” 11.2).
II. that which causes shame or respect, and so,
1. shame, scandal,
“αἰδώς, Ἀργεῖοι, κάκ᾽ ἐλέγχεα” Il.5.787, etc.; αἰδώς, ὦ Λύκιοι: πόσε φεύγετε; 16.422; “αἰδὼς μὲν νῦν ἥδε . . ” 17.336.
2. = τὰ αἰδοῖα,
Il.2.262, Arat.493, D.H.7.72.
3. dignity, majesty
“αἰ. καὶ χάρις” h.Cer.214.
III. Αἰδώς personified, Reverence,
Pi.O.7.44;
・Mercy, Ζηνὶ σύνθακος θρόνων Αἰ. S.OC1268, cf. Paus. 1.17.1; “παρθένος Αἰδοῦς Δίκη λέγεται” Pl.Lg.943e.
Henry George Liddell. Robert Scott. A Greek-English Lexicon. revised and augmented throughout by. Sir Henry Stuart Jones. with the assistance of. Roderick McKenzie. Oxford. Clarendon Press. 1940.
~~~~~~~~~~~~~~~
ハイデガーに詳しくありません。この辞書の項目を挙げるのみです。
いちおうすべての語義があるようです。
・畏れ( awe )
・敬意( reverence )
・恥( shame )
・慎み( moderation )
・自尊心( self-respect )
・・・
No.4
- 回答日時:
愛を持ち出してしまったので、追加の参考程度に
ギリシア語には「愛」を表現する言葉が基本的には四つあり、エロース (ερως[3]、性愛) 、フィリア (φιλια[4]、隣人愛) 、アガペー (αγαπη、真の愛) 、ストルゲー (στοργή[5]、家族愛) である。
参照:アガペーwiki
イエスの教え自体は隣人愛の勧めが主体ですから、ギリシャ的には、フィリア (φιλια[4]、隣人愛) 程度ですね。
ギリシャのまっとうな哲学者・詩人の語る愛は、神の愛、そのものですからアガペー (αγαπη、真の愛)のことですね。
人間はみな神の愛により創造された存在で、平等に神の愛、アガペーを内在する存在ということでしょうね。
自由と平等は矛盾するものですが神の愛の内在で矛盾しなくなるのですね。「言い換えて、自由は競争を担保し、平等は調和を担保しますからね。自由のみであれば自由の相克で破滅に至るという意味です。平等のみであれば自由は阻害され、競争も進歩もないという意味です。」
それゆえ、ギリシャ文明は開放的で明るかったのですね。キリスト教を基礎とする哲学はフィリア (φιλια[4]、隣人愛)程度ですから、神の愛の前にはひれ伏すということでしょうか。あるいは、旧約聖書にあるユダヤ的な祟り神が怖いので「慎み」とか「怖れ」に落ちってしまうのでしょうかね。ちょっと暗いのですね。
ギリシャは人間神の子ですからかなりちがった解釈になると思います。ギリシャの自由さはアガペーの存在で担保されていたということかと思います。
ありがとうございます。
キリスト以前というのは、口でいうにはたやすいですが、なかなか容易ではありません。
たとえば、ソクラテスが少年愛を理想とするなどということも、あの高邁なる哲人と肛門愛とを同時にみる視点はたやすいものではないでしょう。
やはり語学上の質問であることを確認してお礼にかえます。
ありがとうございました。
No.3
- 回答日時:
丁寧なお礼を賜りまして、恐縮です。
しかし端的な質問とは気づかずに、つまらない回答をしてしまった事に、恥じらうばかりでございます。
ものはついでになりますが、この私の『恥じらい』は、神への恐れを忘れたかのごとくに分をわきまえない行動について、みずからかえりみての恥じらいなのでした。いわゆる日本の文化としての『恥』とは異なる感覚をもっております。
ちなみに、ニーチェは、神々への恥じらいと、自然の法則にたいしての恥じらいとして、分をわきまえる行為がギリシャ文化だと考えていたという説もあります。
ヘレニズム時代の愛とは何か。については、見当もつきませんで申し訳ないです。
参考までに、プロティノスは、イデアを永遠の一者として、そこから流出したイデア的な階層があり、さらにそこから現象へと繋がるという考えをもっていたようで、時にその一者を神と呼び、また最高善とも呼んでいたそうです。
エピクロスは、快楽には動的なものと静的なものの2種類あるとしています。その中でも「アタラクシア」という言葉でさした、心の平静を求めていたといわれています。
これらが愛へ繋がるとすれば、『恥じらいと受け入れ』でしょうか?
その実さっぱりわからないまま回答してしまいました。ごめんなさい。
ありがとうございます。
繰り返しで恐縮ですが、純粋に語学的な質問なのです。
それもそっけないjので若干補えばこうです。
キリスト以降、神(法)への違犯としての「官能(快楽)(サドやバタイユに体現されるような)」が誕生したというのが私の基本的理解です。
この世の「そと」が発明され、そこへと「脱自(エクスターズ)」するということが可能になりました。
ギリシャにこの状況をあてはめることはできません。
もっと血生臭い生存のうえに、あらゆる「イデア」が現前していたはずです。
だとすれば「慎み」とか「恥じらい」とかでは済まない何かが、と思った次第です。
ありがとうござました。
No.2
- 回答日時:
私はドイツ語を知らないので、詩を作ってみました。
『心の声』~イデアへのいざない~
たとえば煉瓦は、家をつくるための材料として存在するのだろう。それは家という共同体として成るべく、煉瓦が存在するからだろうか。
ひとたび家として完成したならば、煉瓦は屋根をささえ、風をはねつけるだろう。しかし家が解体されたならば、煉瓦は本来の煉瓦としてふるまうのだろうか。そのさまは、柔らかき物に重圧をもって示し、向かって来る物には硬さをもって示すだろう。
これが煉瓦ではなく、人間ならばどうだろう。共同体としての運命を受け入れ、共同体としてのスキルを身に着け、存在を反復し続けるのだろうか。
しかし共同体としての方向性が、自己の心の奥の忠告と相反した時、いわば共同体が悪い方へ向かおうとしているとき、人は心の声に従い、本来の自己としてふるまうのだろうか。
人はその狭間で、みずからの存在を揺らすのではないだろうか。それは愛深きゆえの揺らぎであろうか。
きちょうなお時間に深謝申し上げます。
「アイドース」(ギリシャ語)→「Scheu」(ドイツ語)→「慎み」(和語)の流れに合点がいかぬという端的語学上の疑問です。
ちなみに英訳『パルメニデス』では「awe」のようです(未見)。
古代ギリシャ(=キリスト以前)で「愛」とは何を意味するものでしょうか。
No.1
- 回答日時:
ギリシャ語、ドイツ語にも詳しくはないのですが、
ギリシャ語のアイドースの意味はどれも違うように思います。
「アイドース」の解釈は、{「アイドース」を欠けば「エリス」はもう「善きエリス」ではない。}*
というヘーシオドスの言葉から見出すべきものだと思います。
この言葉のうち、エリスは競争、戦い(争いの女神)という意味で明確ですから、置き換えると、{「アイドース」を欠けば「競争(の社会・世界)」はもう「善き競争(の社会・世界)」ではない。}となります。
この哲学意味は簡単で、進歩(競争)には大調和を目指すという基礎概念が含まれないと破壊しか生じないということだと思いますが、調和というのは誰にでもわかる言葉では「愛」とか「慈悲」なんですね。
お固く言えば、武士道とか騎士道精神ということになります。
それをどう表現するかですね。存在は慎みである、あるいは恥である。これではちょっと哲学的意味をなしていないですね。
例えば、「存在それ自身は、愛を、つまり存在することの愛を携えている。」の方がまだ哲学的でわかり易いですね。
ハイデッカー程度に理解するか、もっと格を上げて理解するかですが、翻訳は大変ですね。
何か良い表現があればいいですね。
参考程度のコメントまで
*参照:www.diplo.jp/articles05/0506-2.html から抜粋
「ヘーシオドスが書いているように、「アイドース」を欠けば「エリス」はもう「善きエリス」ではない。自己破壊の力と転じ、死の本能と同義となる。戦争へといたる道である。統合原理による歯止めがはずれ、たがが外れてしまうとき、競争がわれわれを導くのは羞恥心なき世界だ。」
貴重なご意見ありがとうございます。
「アイードス」を「調和」「愛」という方向は意外でした。
ステイグレールの論文もとても参考になります。
語学力なき身に年々浸みいる恥多き春の嵐かな、です。
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