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神風特攻隊は片道燃料だとよく言われていますが、本当は満タンだと聞くのですがどちらでしょうか?。
また人間魚雷かいてんは外はらは戸を開けれるが、中からは開けれないのも本当でしょうか?

A 回答 (2件)

  ZEKE(アメリカ読み零式艦上戦闘機)の爆弾積載量は両翼で120KGまででした



  そこへ250KG爆弾積んでとなると航続距離不足に陥るのでドロップタンク装着、翼内満タン

  がしかし、距離のある飛行場でしか使用出来なかった、当然増加燃料タンクでも航続距離は

  不足し意味のない作戦でもあった為畿内にも燃料積んでいたと爺様が言っておりました

  爺様は紫電改で先導護衛をやっていました

  到着の頃には燃料も少なく、重い爆弾ではまっすぐしか走っていなかったようです

  体重50kgが30kG持って走るような感じですか、回天に関しては海軍にいた方に聞いた

  話ですが、通常魚雷は雷速45KT(ノット)×1.8でKM表示できる

  も出せないため、舷側にあたっても爆発力が逃げてダメージが逃げていたようです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
御爺様の貴重な証言を聞かせ下さった事うれしいいです。
今夜早々レポートに書き込みます。
それにしても紫電改とはスゴイです。
大日本帝国の軍神、神風特攻隊員御方々の御霊に崇敬します。

お礼日時:2012/06/10 00:57

 神風特攻隊と言っても,実態は時期や戦局等によって様々なものがありました。


 出撃時には普通に帰還する予定であったものの,被弾して帰還が絶望的になってしまうと,空母などに体当たり攻撃を敢行して戦死した例があります。このような戦死者はその栄誉を称えられ,特攻隊の鑑のように喧伝されましたが,このような例では燃料も当然往復に必要な量を積んでいたでしょう。
 また,正式に神風特攻隊が組織されるようになった後も,初期には出撃しても悪天候などのためほぼ全機が戻ってきた例などもあり,この時期には特攻隊も帰還できるだけの燃料を積んでいたと見て良いでしょう。
 一方,大戦末期(特に沖縄戦あたり)になると,本土決戦に備えて新型機や高性能機を温存するため,旧式の機体や練習機などを改修して特攻作戦に用いるようになり,燃料も枯渇していたので,この時期の特攻隊には燃料も片道分しか積まれていなかったと推測されます。

 回天については,現物が残されている例もあるところ,ハッチは一応内部からも開けることができたようです。もっとも,脱出装置がなかったので実際は似たようなものでしたが。
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この回答へのお礼

特攻の詳しい流れの説明ありがとうございます。
回天の貴重はハッチ説明のおかげで疑問がとけました。
護国の英霊に崇敬いたします。

お礼日時:2012/06/10 01:03

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