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今月初旬に、半同居の祖父が亡くなりました。
両親や祖母らは病院に付き添い、私は仕事で帰宅するまで知らされず最期には立ちあえませんでした。

祖父の亡骸と対面しても、通夜、葬儀でも強い悲しさや喪失感がなく
さすがに出棺のときは涙しましたが、祖父と最後の別れだというより、祖母や叔母らが号泣するのをみて切なくなったからです…
祖父のいない悲しさがいまだに実感できていない気がします。
祖父は祖母より口数が少なく、体の麻痺で近年余計に話さなくなっていましたが
私の仕事がない日は通院に送ったり年末年始は一緒に食事をしたりと交流はあったのに…

本当に薄情で不謹慎とはわかっていますが、49日前の来月頭に旅行に出ようとしています。

宗教上は、亡くなるのは仏様になるからおめでたいという宗派なので、慎まなければならない訳ではないようなのですが…

実は遠方の友人達との旅行と通夜葬儀が重なり、キャンセルした経緯があります。
来月の旅行はその代わりにと思ったのですが
自分でも図々しい、よく行けるなと思う半面、後悔するし行きたいという気持ちが勝ってしまいます。

両親は行きたけれは行けばのスタンスですが、よく行けるな…寄りです。

やはり、血の繋がった家族の死を慎まずに平然と遊びに出ようと思える自分が異常なのでしょうか。
同じように、すぐ立ち直り遊びにいったよーという方いらっしゃいますか。

A 回答 (13件中1~10件)

私は同居の身内を亡くした経験はまだないのでわからないのですが。



夫は父親を亡くしたとき、涙もなければ何も普段と変わりませんでした。
男の人だからかな、というのもありますが。
普通は息子だからこそ泣くことはなくてもどこかガックリきたりするものじゃないですか。
そういう素振り言動が一切なくて驚くほどでした。
それよりは葬儀等で仕事が遅れることを気にしていました。
葬儀が終わるとすぐさま日常に戻りました。

祖母や叔母というのは故人の配偶者と娘ですよね。
あなたよりも故人と過ごした時間がずっと長い人達です。
人生のつらい時や嬉しい時、一緒に過ごしたたくさんの思い出があるのでしょう。
その点、貴女は深い交流はなかった。
そして若くして亡くなったわけでもない。

だったら自然なことだと思いますね。
血のつながった身内だから、同居してたから、悲しまないのは変だというのは変な理屈です。

また友人がご主人を癌で亡くされました。
上が小6、下がまだ未就学のお子さんを残して。
さぞや一家で悲嘆に暮れてるだろうと思いましたが葬儀での彼女の喪主ぶりは毅然としたものでした。
お子さん達も泣き腫らしたような様子もありませんでした。
もちろん私達が見てないところでは泣いたのでしょうが。
そして上のお子さんは葬儀が済んだ翌日には学校に登校してたんです。
いつも通り友達とたわむれ笑っていました。ちょっと驚きました。

その後何年も経ってからその時の話を聞いたのですが。
癌というだけに死期がわかっており、その間に出来得る限りのことを家族でした。
だから後悔もなく亡くなった時には不思議と心は平穏だった。
子供達も冷静だったし、それなら無理に悲しめとばかりに学校を休ませ喪に服させるのが不自然だと感じた。
自分達が日常生活を止めてしんみり泣き暮らすことを望むような夫ではなかった。

私はとても立派なご一家だと感心しました。
きっとその境地に辿り着くまでに大変な苦労と努力があったことと思います。

貴女ももしかしたらそういう事ではないでしょうか。
悲しんでないわけじゃありませんが覚悟はできていた。
だからいつも通りの生活を続けられる。
それが悪いことでは決してないと思いますよ。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
父も祖母も出棺のときはつらそうでしたが今や普通の生活に戻っています。
知らないところで悲しんでいるかもしれないですが。
私も謹慎しなければならない、というわけでもないと思えてきました。

ご友人一家も本当に素敵な家族関係だったんでしょうね。
私も、元気だった祖父が入院し年々足腰が弱りゆっくりしか歩けない様子などをみて
知らないうちに覚悟していたのかもしれません。

お礼日時:2013/08/25 22:25

こんばんは…お優しい方なんですね。


回答者さん達の大半の方々が「旅行に行く事賛成(責める事はない)」ですね。
・・・私も同意見です。
本当に自分の心内が悲しみで一杯になり、旅行に行ける気分じゃない・・・なら別です。
お亡くなりになった御祖父への追悼の気持ちと「旅行」は別物です。
しかも49日の法要の時ですよね。
葬儀自体でしたら、色々と周囲からの批判もあるでしょうし、ご自身も「ちょっと時期を考えよう」と思うでしょう。
いいんじゃないですか・・・旅行。
なくなった方より、生きている人を優先して悪い事はありません。
今は違った形での法要追悼の表現も大いにありうる時代です。
(生前葬とか、ご自身の墓地を生きているうちに準備するとか・・・)
悲しみに暮れてご飯も食べられない・・・という姿より、自分の遺伝子を受け継いだ子孫(あなた)が活き活きと旅行や仕事など・・・つまり人生を謳歌している姿を天国からみている方が御祖父も嬉しいのでは?
そうですね。
前回答者さんのご提案のように、旅行先でのお土産をご仏壇にお供えなさるのは素敵ですね。
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この回答へのお礼

お礼等がたいへん遅くなりすみません。
皆様から暖かいお言葉をいただき、先月旅行にいきました。
もちろん名物のお菓子も忘れずお土産買いました。
ちょうど台風接近中の時期だったのですが、行き帰りも無事で、
素敵な思い出もつくって帰ってこれたのも祖父のおかげかもしれません。
ご回答いただたいた皆様、本当にありがとうございました。

お礼日時:2013/10/05 17:48

家族が亡くなったあとに悲しむのは、後悔の念があるからだと思います。


あれもしてやりたかった、これもやってあげたかったと。
逆に自分の出来得る限りのことをしてあげたと自覚している人は、懺悔の気持ちに苛まれないものですよ。
旅行、宜しいじゃないですか。
旅先で美味しそうなものを見つけたら、それをお供えしてあげて下さい。
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この回答へのお礼

お礼等がたいへん遅くなりすみません。
皆様から暖かいお言葉をいただき、先月旅行にいきました。
もちろん名物のお菓子も忘れずお土産買いました。
ちょうど台風接近中の時期だったのですが、行き帰りも無事で、
素敵な思い出もつくって帰ってこれたのも祖父のおかげかもしれません。
ご回答いただたいた皆様、本当にありがとうございました。

お礼日時:2013/10/05 17:47

はじめまして。



いくら身内でも、距離感が遠いと、そんなに悲しみはないですよね。

私は、祖母が亡くなった時、友達の結婚式と重なりましたが、両親も結婚式に行けばいいよと言われたので、結婚式に出席しました。

祖母とは、小さい時に何回かあっただけで、おばあちゃんというぐらいで、特別に距離が近いわけではなかったので、亡くなっちゃたんだと思うだけで、悲しみはなかったですよ?

距離感によりけりなので別に異常ではないと思いますが。

両親とは当然、距離感が違いますので、心を振り回されることはないと思いますので、異常なのかと思う必要はないと思いますよ?
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この回答へのお礼

お礼等がたいへん遅くなりすみません。
皆様から暖かいお言葉をいただき、先月旅行にいきました。
ちょうど台風接近中の時期だったのですが、行き帰りも無事で、
素敵な思い出もつくって帰ってこれたのも祖父のおかげかもしれません。
ご回答いただたいた皆様、本当にありがとうございました。

お礼日時:2013/10/05 17:46

行きましたね。


祖母の葬儀の翌日、フランスに。
もちろん、悲しかったです。最愛の祖母でしたから。

祖母は生前、私に「行きたい時に生きたいところに行ったらいい、それが一番いい」と話してくれたことがありました。
結婚も親の都合で決められた不自由な時代に生まれた祖母の言葉は、胸を突きました。


あなたの質問を拝見し、谷川俊太郎さんの詩が頭をよぎりました。
貼っておきます。


「これが私の優しさです」

窓の外の若葉について考えてたんだいいですか
そのむこうの青空について考えても?
永遠と虚無について考えていいですか
あなたが死にかけているときに

あなたが死にかけているときに
あなたについて考えないでいいですか
あなたから遠く遠くはなれて
生きている恋人のことを考えても?
それがあなたを考えることにつながる
とそう信じてもいいですか
それほど強くなっていいですか
あなたのおかげで



谷川俊太郎
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この回答へのお礼

お礼等がたいへん遅くなりすみません。
皆様から暖かいお言葉をいただき、先月九州旅行にいきました。
ちょうど台風接近中の時期だったのですが、行き帰りも無事で、
素敵な思い出もつくって帰ってこれたのも祖父のおかげかもしれません。
ご回答いただたいた皆様、本当にありがとうございました。

お礼日時:2013/10/05 17:45

私が18歳の高校卒業の年に父親をガンで亡くしました。


私も質問者さんよりひどいかも(汗)
父が末期ガンで手術したものの転移していて、余命半年と言われたときは正直少しほっとしました。悪い意味ではなく、やっと父が楽になるという意味で…実際のところは余命宣告を受けた1ヶ月後に亡くなりましたが、葬式の日は仲のいい従姉妹の結婚式でした。
結婚式は父がガン宣告を受ける前から予定していました。そして母もガン治療のことは親戚に言わず余命宣告が出てから伝えたので、まさかのタイミングでキャンセルも出来ず、従姉妹側(母方の家族)は全員欠席で、私は結婚式行けなかったことがとてつもなく苦痛でした。あと一日ずれていたらと思ったら違う涙が出ているような気分でした…
そして我が家族は父の死が1年たたないうちに懸賞で当たった太宰府天満宮と奈良のお寺に行きました。
確かに失礼ではあるのですが、これも縁だと思って。

長文失礼しました。この経験があってでのまとめなのですが。
長年の介護お疲れさまでした。ただ端に遊びに行くぜっ!!という浮かれ気分ではなくちゃんと失礼を前提にとされて質問されているところを見ますと、その気持ちがあればおじいさまも分かってくれると思います。神社仏閣に行くのであれば、ホントはダメなのですがこれも縁なので拝ませてくださいという気持ちがあれば十分だと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
誰だって家族が苦しんでいるのはつらいですし、やっと楽になれると安心するお気持ちわかります。
いとこさんの結婚式にどうしても出たいほど仲良しなんて羨ましいです(^-^)

偶然にも旅行先が九州で太宰府にも行けるんですが、喪中に参拝は控えたほうがいいかなと思っていたとこでした。参考にさせていただきます。

お礼日時:2013/08/25 22:49

浄土思想に限らず、今でも世界では死を喜びへの旅立ちとして祝う信仰はいくらでもあります。



現代では忌引き規定があり、各団体等で決められています。一例を挙げれば以下のとおりです。
血族 父母…7日間
子…5日間
祖父母…3日間
兄弟姉妹…3日間
おじ・おば…1日間
孫…1日間
姻族 配偶者の父母…3日間
配偶者の祖父母…1日間
配偶者の兄弟姉妹…1日間

つまり、祖父母は3日で忌明け、亡くなる事により悲しみにくれるのは忌ではなく、喪です。
喪は決まった期間ではなく、人ぞれぞれの感情です。だから忌引き規定に喪が無いんです。

私は中学から信仰というもの、人の死という物を考え続けてきて、死=悲しみという感覚がほぼ亡くなっています。だから祖母が亡くなったときも父が亡くなったときも泣く事はなく、学校へも遊びにも、仕事にも行きました
普通の生活をしていたんです。
身内が死んでも永遠の別れだという感覚は私にはありません。すぐそこに居るかもしれないし、いずれ自分もそこに行くからです。でもそうでないこともあります。

私は今までただ二度だけ、昭和天皇が亡くなったときは行楽を中止して記帳に赴きました。また18代目中村勘三郎が亡くなったときは、中学時代の彼を知っていたのでショックで一日家に引きこもりました。
つまり身内の死で喪に服すことはなかったのに、他人の死で喪に服したのです。悲しいというのは続柄ではなく自分の感情ですから、貴方が異常などということは無いんですよ。
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この回答へのお礼

忌と喪の違いも教えていただきありがとうございます。
私は回答者さまのように考えをもった上ではなく
ただ無慈悲でなにも浮かばないかんじ…とうに成人したのに恥ずかしいです。


私も身内より他人の死とか困難に心が動くようです。
東日本大震災で津波から逃げる人のの動画や、ご家族を亡くされた方のインタビューをみて涙がでました。
ライブによく行く大ファンのアーティストがいて、そのメンバーが突然死したら
きっと何日も立ち直れそうもないです。
喪に服すのが気持ちの問題にしても、不思議なものです。

お礼日時:2013/08/24 22:48

>49日前の来月頭に旅行に出ようとしています。


>血の繋がった家族の死を慎まずに平然と遊びに出よう

喪に服している『適切な長さ』と思う時間は、
本当に人それぞれなんですよねぇ・・・。

1週間でも長いと感じる人もいれば、
1年は悲しんでないとキチガイ扱いする人も居るし。
亡くなったのが、パートナー、恋人、子供、親なら
短い喪期間で遊び行動は避けた方が無難と思いますが。

ただ、他人が見てるからとイチイチ合わせていたら、
精神が持たないし、次に1親等でない、
それなりに近い親族が亡くなった時も同じように、
遊びに行くな。悲しめ。
を言葉で言わなくても押しつけられはしますよ。

一度、打破しておくと、『○○はこういうタイプ』と、
相手も割り切れるから、次からはそんなにとやかく言わない。

家族も仕事だからと気を利かした面もあるんでしょうが、

>帰宅するまで知らされず最期には立ちあえませんでした。

と質問者様をやや外しにしておいて、
悲しみの時だけは自分達と同じにしろ。
は都合いいなぁ。と思いますよ。

>後悔するし行きたいという気持ちが勝ってしまいます。
行きたい気持ちが勝っているなら行ってはどうでしょうか?

いつまでも暗い環境に居るよりも、生きている方が
喜んでいた方が家が明るくていいと思いますけどね。
旅行先のお土産買って、供えてあげて、
旅行先の話をお爺さんに報告してあげたら如何?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
実の両親や妹の場合なら何日も嘆き悲しみ、旅行どころが実生活も危ういと思います。

親戚づきあいが苦手なため、今までも空気読めなく出来の悪い孫で通ってきたきたと思うので、ある意味その割り切りといいますか、
確かに今更旅行に行ったことで取り繕うこともないかもしれませんw


>と質問者様をやや外しにしておいて、
>悲しみの時だけは自分達と同じにしろ。
>は都合いいなぁ。と思いますよ。

仕事帰りの電車内で祖父が集中治療室に入ったとメール連絡でした。
まぁ、両親もいきなりのことで病院で何度も連絡できなかったのかもしれませんが、
帰ったらすぐ来いともいわれないのでそんな状態とは思わず
(ICUがどれだけの状況かわからない世間知らずなもので)
普通に旅行の準備してて、まさか今亡くなるわけないよねあははwと思っていたらまさかでした。
NO.5さんのお礼で書いているように、普段から薄情な面もあったので呼ばれないのも仕方ないかと思います。

旅行にはいくことにし、祖父母の好きな和菓子を買って帰ろうと思います。

お礼日時:2013/08/24 11:57

「私の仕事がない日は通院に送ったり年末年始は一緒に食事をしたりと交流はあったのに…」



できることはやった・亡くなることは覚悟できていたから、涙せずとも死を受け入れられたのではないでしょうか。
死を悼む気持ちや行動は人それぞれですし、質問者さんの生活が笑顔で充実している方が、おじいさまは喜ばれると思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。やりとげたどころか不義理な孫で…
食事も正直気がのらない、休みなので眠たい…と最低なことを思いながら
送迎する日もあって、祖母もだんだん遠慮がちになってきて、申し訳なかったなあと思います。
せめて祖父のためにも祖母が寂しくないようにはしたいと思います。

お礼日時:2013/08/23 22:54

>やはり、血の繋がった家族の死を慎まずに平然と遊びに出ようと思える自分が異常なのでしょうか。


同じように、すぐ立ち直り遊びにいったよーという方いらっしゃいますか

私はsmile0403さんより酷いかも…( ̄▽ ̄;)
実家が遠く、仕事が激務だったこともあるんですが、
49日すらでませんでしたので(苦笑

とくに祖父にかんしては…
あまり会話をしたことがなく、思い出がなくて、
悲しもうにも、悲しむ材料がないというか…?
酷いですかねぇ…しょうがない気がするのですが(-p-;;;

smile0403さんも、
これが母親とか…だったらまた違ったんじゃないでしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
祖父母は数年前から隣に住んでいますが、完全な同居よりは思い入れが少なかったとは思います。
特に祖父とは話さないので余計に。(ろれつが回らない、わずかに認知症)
でも、遠方のためお盆しか会わないいとこもおば(嫁)も祖父と対面してすぐ泣いていたので
近くにいたのに平然とした私(と妹)のこの温度差…で近所の人や他の親族の目も気になりました。

でも両親や妹がなくなったら…泣き叫んで1ヶ月ぐらいひきこもりそうです。

お礼日時:2013/08/23 22:40

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