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戦前の人たちや戦後間もない人たちは風呂に入るのに銭湯に行ったのでしょうか

A 回答 (9件)

53歳 男性



どこの家も今は普通にお風呂があるので、銭湯には行かなくなりました

昔は水道が整備されていなかったので、家にはお風呂が無い家がありました。

だから銭湯に行くのです
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銭湯もいくでしょうけど、近所の家の風呂を借りに行きました。


その家の人が入ってから、風呂をかります。
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銭湯は江戸時代から戦前も戦後もありました。

 

だいたい、アパートには風呂がありませんでしたよ。

サラリーマンもアパート暮らしの人は銭湯を利用しました。

学生もね。

わざわざ行くのは、面倒ですけどね。

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私は60歳近いですが、家に風呂が出来る高校生ぐらいまでは、銭湯に行ってましたよ。


1970年ぐらいでしょうか。

当時内風呂がある家庭の方が珍しい時代です。

そしてまず普通の家庭には無かった、カラーテレビを銭湯で見てました。
中には風呂に入らずに見るだけの子供もいました。

1964年の東京オリンピックを境に日本中が活気にあふれた時代で、「新興国日本」にとって今の繁栄の礎を築きました。
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昭和40年ごろまでは普通に行きましたよ。

つまりガスが全部の家には無いわけで、薪で沸かすわけです。アパートみたいな集合住宅ではそんな設備は無理でほぼお風呂がついていませんでした。
一軒家などは薪割りが一日の大変な仕事でした。水道が無いというのは戦前の話で、でも井戸はありましたから、水は確保出来ていたはずです。
だから毎日お風呂は無理。一週間に一度なんかざらでした。家族で順番を決めてました。月曜はお父さんとお母さん、火曜日は長男、水曜は次男など。お金がもったいないからです。風邪で熱を出すと次の日は特別入りに行けるのです。
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こんにちは。



昔は、風呂がある家は少なかったのです。

私は、父親(明治44年生)や母親(大正9年生)の昔話を聞いてますが、父親の家は東京下町の小さな家だったそうですから、母親が嫁いだ昭和14年当時も風呂場がなく銭湯に通ったそうです。

しかし、母親の実家は福島県会津地方で建坪が100坪近くあるような大きな家で、大きな風呂場もありましたから母親は銭湯には慣れてなく嫁いだ当時は銭湯に行くのが恥ずかしかったそうです。

私自身は、戦後の昭和25年生まれで、昭和30年まで東京の下町暮らしをしてますが、下町の密集地で小さな家でしたから風呂場はなく母親に連れられ銭湯に通った記憶があります。

その後、父親の仕事の関係で北関東地方に引っ越して建てた家には風呂場がありましたので、昭和30年頃からは自宅の風呂に入ってましたが、風呂を沸かす燃料は薪と石炭でしたから、夕刻になると近所の煙突からはモクモクと煙が立ち始める光景は、東京下町のような住宅密集地では考えられないことでした。

ちなみに、昭和40年代半ば頃に東京の学校に通うため、アパート住まいを経験してますが、この当時もアパートに風呂場はなかったので銭湯通いになりましたけど親に内緒で同棲してたので「神田川(南こうせつ&かぐや姫)」の唄に出てくる詩の情景が懐かしい思い出になってます。
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昭和35年まで銭湯でしたね。



夏場なんかは銭湯に行かずに軒下に置いたタライ(直径1m、深さ30cmくらい?)にお湯を張りいわゆる行水でしたね。お湯は釜で湧かしました。

今で言う3大都市圏のうちの1つの中央地区でもこんなでしたね。
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そうなんですね。


今は生活環境が随分とよくなっていますが、私が学生時代の昭和40年代前半頃でも東京では銭湯が当たり前でしたね。
その頃は、あの歌「神田川」の歌詞にも出ているように、学生も独身社会人も下宿か風呂なしのアパート住まいだったので皆んなが銭湯へ通いましたね。
お年寄りは毎日3時半くらいから銭湯へ行って楽しく会話していました。
銭湯は子供からお年寄りまで地域みんなの社交場でしたよ。
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3丁目の夕日から高度成長期、東京や大阪の人は銭湯だったようですが


都会ほど銭湯利用率が高い。田舎ほど内風呂率が高い傾向があったと思います。
地方では人口密度が低い→銭湯の経営が成り立ちにくい→銭湯が遠い

小学校でも銭湯利用の子はクラスに2、3人でした。
幼児期に住んでいた社宅では銭湯のような感じの共同風呂。お風呂焚きのおじさんがいました。

自宅ではキッチンはガスですが、お風呂は薪を焚いていました。
薪は燃料店の人が配達してきて、家の裏に積んでくれていました。
お風呂を焚くのは毎日。祖母の仕事です。
近所の家もみんなそんな感じでした。

もっとずっと田舎の母の実家も同じでしたし。
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