プロが教えるわが家の防犯対策術!

閲覧ありがとうございます。
看護師をめざして看護学校に通うものです。
「人間」をテーマに学習をしております。

どこかで見かけたのですが、
「看護師は、患者さんを人間としてみる職業」
というような(うろおぼえです)記述がありました。

「人間として扱ってもらえない」という悩みはネット上によくあるのですが、
そもそも「人間として扱う」とは一体どんなことなのでしょうか?
抽象的で申し訳ないのですが、こういうことだ。と具体的にお答えいただけると嬉しいです。

私が自分で考えてみたのは、
しっかり相手の名前を呼ぶこと
一方的に押し付けるのではなく、意見を出し合う
といったことで、人間だからできることかな?というのを考えてみました。

アドバイス、意見等よろしくお願いします。

A 回答 (6件)

人間として扱う、のが疑問なら、逆に考えて見ましょう。

「人間として扱わない」ということです。

これも実に難しいテーマになることは明白ですが、身近な例から見てみましょう。

たとえば「そもそも人間ではないもの」です。

ペットなどは人間ではありません。しかし、ペットの飼い主については最近は「○○ちゃんのお母さん」のように、ペットを子供(人間扱いしたという意味で「子供」)自分を親として関係性を見る風潮が強くなっています。

そのため、ペットが亡くなると、まるで本当に自分が産んだ人間の子供が亡くなったか、それ以上の悲しみを感じる人も多くでるようになっています。

つまり、「ペットをまるで人間のように扱っている」ということです。

一昔前ならペットと人間の関係性は、飼い主(主人)と動物、であったのですが、最近は随分と変わったゆです。

逆に、人間なのに、商品として扱われる場合もあります。たとえば人身売買です。最近はアフリカのテロ組織が女子高生を200人も誘拐して、どこかに売り飛ばそうとしている、という報道がありましたが、これなぞはまさに「人間扱いしていない」例の最たるものです。

なぜ人間扱いされていないかというと、その人の意志や希望、自由を束縛して、勝手な都合でお金に換えようとしているからです。

これは「人間の尊厳を踏みにじる行為」である、とされます。

これらが一般的にいう「人間扱いされない」または「人間ではないのに、人間のように扱われる」行為であるとなります。

ココから見えてくることは何だと思いますか?

私は「自分というものが、ここに存在してる、ということの尊重」だと思います。看護師さんが機械的に処置をするのが嫌だ、と書かれていますがそれはまさに「自分がここにいることを尊重されていない」と思うからでしょう。

この「個の尊重」という点は非常に難しく、自分が「尊重されていない」と感じることは簡単でも「他人の尊厳を傷つけた」と感じるのはなかなか難しいものです。

>ういうことだ。と具体的にお答えいただけると嬉しいです。

それは無理だと思います。むしろ「看護師」という仕事を通して、つねにそれに向き合うことが重要なのではないでしょうか。
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看護学校に通っていらっしゃるのですね。


ご質問内容ですが、本当にわからない・・・でしょうか?
おそらくは、授業で習ったのではないかと思うのですが。
あるいは、これから学ぶのかな?

医師は、患者の病を治すのが仕事です。
そして、看護師は、医師をサポートするのが仕事です。
現代では、ほとんどの病について、治療方法とか投薬方法とかが確立されています。
でも、同じ病でも、患者さんひとりひとり、環境も生活も体も異なりますよね。
風邪を引いた、下痢・嘔吐をした・・・薬を投与すれば簡単に治る症状であっても、ひとりひとりの生活状況や身体状況、生き方考え方、そこまで考えないと、いったん症状がおさまっても、またふたたび同じ症状が現れるかもしれません。

病そのものはマニュアルで治すことができますが、その病を引き起こしているのは、人間です。
人間はマニュアルでは治せません。
・・・というお話なのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

当方1年生で、まだまだこれからなのかもしれません…すみません。

病を引き起こしているのは、人間。
なるほど、人間はマニュアル通りにいかないから、病気もマニュアル通りにには治せないってことでしょうか。

回答ありがとうございました

お礼日時:2014/05/27 06:16

患者さんに接した時に、『決して“作業”にならないように対応すること』ではないかと。



毎日をただ“こなす”のでは“作業”になってしまうと思うので。

大体どんな職場でもマニュアルというものがある程度整っているものだと思うのですが、だからと言って、“人間相手”ですから対応も千差万別になってくるわけです。
“〇〇の時は〇〇すればいい”等、起きたこと、あったことに対してマニュアル通りだけの接し方だとそれは単なる“作業”になってしまうわけですね。
日々、たとえ微妙でも人というものは変化しますから。


“ただの手の掛かるもの”としての対応や認識で挑まないこと=“人間として扱うこと”
ではないでしょうか。



自分が言わんとしている事が、質問者さんに伝われば幸いです。
あくまでも自論の域を出ませんので、どうぞ参考までに。
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この回答へのお礼

人間は、マニュアル通りに扱うことはできないってことでしょうか。一辺倒にはいかないものですよね。
確かに、自分が患者さんだとして、作業のように看護師さんにされると嫌だなあとも感じます。

ありがとうございました

お礼日時:2014/05/27 06:10

自分は人間だが、そう思ったことさえないって方もいらっしゃいますし、


人間なんだから人間として誇りたかく生きて行こうというかたもいらっしゃいますし、
なんでも思い通りにやってこれたのだからこれからもって方もいらっしゃいます。
自分は看護士だけど、人間なんだ。だからこそ誰に対しても人間として対応していく。
と、気負った方をにお会いして、感動さえしたことがあります。
でも、自分も含め、支えきれませんでした。
無理は禁物です。時分にとって、やっていけること。ここからだと思います。
先生はかっこいいことはいくらでも言うと思います。
やれるものならやってみろ。ってどこかのドラマの言いぐさ。
現場でそく挫折することをかんがみるに、ゆっくりいけば?
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この回答へのお礼

やはりそれを実際の現場でやろうとすると無理が生じるのでしょうか。
いま現場でそうもいかないからこそ私たち学生にそのように言うのかもしれませんね。

ありがとうございました

お礼日時:2014/05/27 06:06

相手もあなたと寸分も違わぬ、同じ人間なんだと思うことです。

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この回答へのお礼

向こうも同じ人間なんだから、相手がどう感じるか考えてください、ということでしょうか。

ありがとうございました

お礼日時:2014/05/27 06:03

>そもそも「人間として扱う」とは一体どんなことなのでしょうか?



相手の一人一人に感情があり、
それは日々刻々とかわっているということを
自覚して接する。ということです。

辛い闘病生活を送っている患者にとって、
看護師の何気ない態度や一言が、苦しみに変わることもあれば、
喜びに変わることもある。ということです。

例えば「早く良くなるといいですね」
こんな何気ない一言でも。
「この人は自分のことを大切に思ってくれている」と思う人もいれば、
「どうせ治らないのに口先ばかりできれいごと言って」と思う人も
いるでしょう。また同じ人でも日によって受け止め方が違うかもしれません。

このように、入院患者の心理というのはとても難しい。ということを
頭に入れて、常に接してくださいね。ということだと思います。

たぶん、元の意味は何ccの点滴を打って、とか、
検温して記録を取ってとか、機械的に扱いがちな
忙しい日常の戒めということだとは思いますが。
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この回答へのお礼

人間だからこそ時と場合によって抱く感情も違いますよ、ということなんですね。

勉強になります。
ありがとうございました。

お礼日時:2014/05/27 06:01

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