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殺人事件の時に、よく身勝手な動機で殺したのだから許せない、という判決理由がニュースなどで放送されます。

けれど、殺人と言うのは大半が個人的な理由で行なわれており、それ以外の理由は正当防衛や過剰防衛ぐらいではないでしょうか?

また、個人的な理由ではなくて、社会のために殺人を行なったら許せるのでしょうか?
相模原障害者施設の加害者のように。

A 回答 (6件)

「身勝手な動機」と「正当な理由」というのを混同しちゃいけないな。

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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

その境目は何でしょうか?

お礼日時:2017/03/25 06:32

その事案に対する判決の理由だから、他の事案と比べるモノではないのでは。



ある事案が動機がなく、行為・きっかけによる結果で
それが正当防衛ならば、それを考慮しての判決が
出るだけではないと・・・。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

お礼日時:2017/03/25 06:35

殺人と言うのは大半が個人的な理由で行なわれており、


それ以外の理由は正当防衛や過剰防衛ぐらいではないでしょうか?
   ↑
正当防衛や緊急避難が成立しないけど
同情出来る、という場合が考えられます。

正当防衛や緊急避難が成立するためには、
種々の条件が必要ですが、その条件を満たして
いないから、それらは成立しないが、同情できる。

度重なるいじめに耐えかねて、ついに
爆発した、とかですね。

昔の犯罪ですが、トイレで立ち小便をしていた
男が後ろからナイフで刺された、という事件がありました。
加害者は非力で、大男である被害者から日常
しつこいいじめを受けていた、という事例でした。

不治の病に苦しんでいる友人を、思いあまって
殺した。
被害者は意思の表示も出来ない状態だった。
承諾殺人は成立せず、ただの殺人だが、身勝手と
言えるかどうか。





個人的な理由ではなくて、社会のために殺人を行なったら
許せるのでしょうか?
相模原障害者施設の加害者のように。
   ↑
許せはしないでしょうが、身勝手とは
言えない場合もあると思います。

しかし相模原事件は自分の勝手な考え方に
基づいていますから、やはり身勝手といえる
でしょう。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

お礼日時:2017/04/06 03:03

不治の病にかかっていて、毎日痛みなどの苦痛があり、本人も一刻も早い死を望んでいた場合、その人を安楽死させてあげたら殺人罪になりますが、動機は病気の人のためのものであり、身勝手とは言えないでしょう。



その家を恐怖で支配しているDV夫がいて、毎日子供もお母さんも暴力をふるわれていて、生活保護の収入もDV夫の遊びで使われていて、子供の給食費も払えず、毎日殴られているお母さんを助けるために子供達がDV野郎を殺した場合はやはり殺人罪ですが、これも身勝手な動機とは言えないでしょう。

お母さんは寝たきりの認知症で暴言がひどく、息子は一人でお母さんの介護をやっていますが、妻は離婚して子供と共に出て行き、お母さんの介護のために仕事ができず収入も無くなり、電気・ガスも止められ、持ち家でマイカーもあるために生活保護も受けることができず、お母さんは毎日「私を殺して」と叫び、うつ病で希望もなくなり、お母さんと一緒に死のうと考えて、お母さんを殺したけど、自分は死ねなかった場合、殺人罪になりますが、これも身勝手とは言いにくそうです。

ただ、たとえ動機が身勝手でなかったとしても、許されるわけではありません。
殺人罪で処罰されることには変わりありません。
しかし、動機によって量刑は変わります。
殺人罪の法定刑は、5年以上の懲役から、無期、死刑と幅がありますが、さらに情状酌量で半分にできますので、事実上2年6月にすることができます。
ということで、上記のようなケースでは情状酌量で、執行猶予付き2年6月の懲役といった判決が出たりします。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

お礼日時:2017/04/06 03:03

犯罪は、テロリストでもない限り、ほとんどが個人的な理由です。



質問が、話を混同しているのは、身勝手な動機と、動機が個人的かどうかは、まったく別の話という点です。

ですから、ある殺人が

・ 身勝手な動機  >> 許せない。
・ 動機はそれなりにある >> 情状酌量の余地があるなど

というのは、どちらもほとんどの個人的なことにおいての比較です。
動機はそれなり・・・は、無限に理由はありますよね。

・ 身内を殺された。
・ いじめ抜かれた。
・ 貶められて、恨んでいた。(ただし逆恨みではなく)
・ 金を騙し取られ、相手は罰則をうけなかった。

などなどです。

・ 正当防衛だろと過剰防衛だろうと

同じく、個人的です。

身勝手=個人的。身勝手ではない=社会的。
って考えるのが、あきらかに勘違いですね。

社会的殺人は、
・ 無差別殺人とか
・ 劇場型の誘拐殺人とか
・ 自爆テロ

などでしょうが、つきつめれば、他人には理解されないにせよ、個人的な場合が多い。
本当の意味での社会的殺人は少数かと。

身勝手か、身勝手でないかは、そういう事情を加味したときの、動機に対する評価ってことですね。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

お礼日時:2017/04/06 03:03

殺人や傷害罪などの量刑を決める上で重要なのは、殺意の有無だと私は経験上その様に認識しております。


物騒な話で申し訳ありませんが、私は実妹と喧嘩した際に実妹宅の窓ガラスを割ってしまい、刑事告訴されました。
検察で聴取を受けた時の焦点は殺意があったか無かったに集中しました。
例に上がっている相模原の事件の場合、加害者は明確な殺意を抱いて犯行に及んでいます。
ここに情状酌量の余地はないものと存じますが如何でしょうか。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

お礼日時:2017/04/06 03:03

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