子供のころから知りたくてしようがなかったことです。
1.いのちって何?いのちは作れるの?
2.木は「生きている個としての細胞」の集合体?
  それとも木全体でひとつの生命?
  木が死ぬとはどういうこと?
3.屋久島の縄文杉は樹齢5~6000年というけど何が
  「生きて」いるの?細胞?それとも木霊(こだま)?
要するに、生命というものの本質が知りたいのです。
コンピュータエンジニアは工学的に生命が作り出せると
本気で思ってるようですが、私には不可能と思えます。

A 回答 (11件中1~10件)

無学のためあまり難しいことはよくわからないのですが、私なりに答えてみますね。


1「いのち」の定義によると思うのですが、それが「生命」であるならわたしたち今生きている人間も親という存在から作られたものと言えるのではないでしょうか。今人工授精について論議されていますが、プロセスが少し変わっただけで生命への冒涜とかいうものとは少し違うと思います。クローンというのもありますが、これも結局は生きている生物から採種した細胞を使っているので人間が一から生み出した生物ではないと思っています。(少々脱線しますが)ただこのクローンについて少し言わせて貰うと人間だけ使用するか否か論争を起こすというのは人間の傲りと思っています。
「魂」といういう意味での「いのち」ならこれは絶対に無理でしょう。そもそも「魂」そのものの定義すら確立されていないのですから。そもそもこれは宗教ですね。
「感情・思考」という面ではもしかすると可能かもしれません。人間の脳も情報伝達で働いていますし。ですが非常に難しいと思います。日常はともかく学習やある種のきっかけにより思考を180度変えるという行為はプログラムされていることだったら自身の衝動ではありませんから。それに一度失敗して学習していてもまた同じ失敗をするとか、覚えたことを忘れると言ったことは正確さを問われる機械には難しいと思います。
2生物学的なことは置いておいて、半々ではないかと思います。花や葉、実は個であっても根は同じですから。根が枯れれば全部死にます。でも花が落ちても幹は死にません。
死ぬというのはその木が枯れて自発的な生命活動のいっさいを止めたときのことを言うのだと思います。例え落とした種が芽吹いてもそれはそれは自身ではありませんし、寄生している植物によって生かされているようでももう栄養源や根をはる台でしかありませんから。
3一年365日を5000~6000回経験している。すみません、単純で。でも物理的にはそういうことでしょう? 本来の木なら枯れているはずの年数をはるかに越えながら生きている。木の長老。でもおそらく人間が木を切りさえしなければもっと残っていたと思う…。巨大な老木を見たり深い森に入ったりすると畏怖を感じるとか言うけど無意識下の罪の意識があるのでは? 最近アロマとかはやってますが結局は人間のもののとりようであって自然は自然としてそこにあるだけだと思います。人間の理解の範疇にはないのでは?

工学的な生命、というのは誰かが「完成した」と言って発表したものを見た人それぞれの意見だと思います。肯定した人にとってそれは個としてのいのちであり、否定した人にとっては複雑な機械なだけ。
ただ、それを「生命」としたいなら「殺す」ためのスイッチは絶対あってはならないし、何かを摂取してそれのみをエネルギーとして動かなくてはいけないし病気やストレスといったものも存在しなくてはならない。生物の機能を真似ただけでは(プログラムされたことしかできないなら)単なる模造品でしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
あのー。怒らないでね。よく理解できませんでした。

お礼日時:2000/12/20 23:39

「因果律から自由なものなど、この宇宙にはひとつもない」を「運命は全て決まっている」という意味でいわれているのなら、それは違います。


宇宙は無から量子揺らぎで発生したとされていますが、無の状態の時運命が決まっているはずはないので、最初の量子揺らぎで運命が決まった(変わった)とするなら、今着々と起きている量子揺らぎで運命が変わらないはずがありません。
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この回答へのお礼

量子の世界はともかく、マクロの世界でも因果律は成立していないというのは、証明されたのですか?

お礼日時:2000/12/18 23:36

「生命とは因果律を脱して自由にうごめく、ある意味では気味の悪いもの」と生命を定義しているなら、なおさら作り出すことは容易でしょう。

(自由の定義をしてかからないとだめかな?)
大胆な仮説でも何でもありませんが、人間だって分子の組み合わせです。そのメカニズムを人為的に作り出すことが原理的に不可能とは考えられません。(今のところは技術的に無理でしょうけど)
それが技術的に可能となるときが3度目の大異変ですね。
日経サイエンスの1月号辺りがおもしろそうです。(↓参考URL)

参考URL:http://www.nikkei.co.jp/pub/science/page_2/magaz …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。「日経サイエンスの1月号」を熟読してみます。
因果律から自由なものを作るのは本当にできるのですか?
「因果律から自由なものなど、この宇宙にはひとつもない」という考えのほうが全世界でも支配的だと
思うのですが。(量子力学だけはちがうのかな?)

お礼日時:2000/12/17 23:34

おそらくあなたの周りにいるコンピュータエンジニアやらとあなたでは「いのち」や「こころ」の定義が違うだけでしょう。

どちらも間違いとは思いません。
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この回答へのお礼

再回答ありがとうございます。
自分で質問しておいて私見を述べるのはルール違反かなと思いますけど、すこし書かせてください。
私の感覚では物理科学法則や人間の作ったアルゴリズムによって動くだけのものに、生命感を感じることは
できません。目の前にある紙くずが急にがさがさと動き出したとしたらどうでしょうか。風や地震のせいだと
わかったら「なーんだ」ということになるし、原因もないのに動いているとしたら、気味が悪くて思わず、
そこから身を引いてしまいますよね。「生命とは因果律を脱して自由にうごめく、ある意味では気味の悪いもの」
という自分勝手な定義を長年あたためています。
『「複雑系」とは何か』(吉永良正:講談社現代新書)を読むと、「自己組織化臨界」とか「創発(emergence)」
などという言葉が解説され、「全体は部分の総和ではない」「下位のレベルにある個々の構成要素間の局所的相互
作用から、上位のレベルにあるなんらかの大域的構造が出現する」「全体的な特性が今度は下方へフィードバック
され、構成要素のふるまいに影響を及ぼす」など、興味つきない話が展開されています。
私は30億年前といわれる生命(いのち)の誕生を宇宙開闢(ビッグバン)にもひとしい大異変と思っていますし、
1億年前(くらいでしょうか?)の心(こころ)の発生も、それに等しい大異変であると思っています。
いのちとは? こころとは? 進化とは? それらの最新の学説が知りたいです。また一般の方でも、胸にあたため
ている大胆な仮説がありましたら、ぜひ教えていただきたです。

お礼日時:2000/12/14 15:06

あの、本論とはずれますが、気になったので・・


「排他的独裁国家」とは具体的に何をさしているのでしょうか?ナチスでしょうか?それとも大日本帝国?
どちらも「独裁」ではなく”曲りなり”にも「民主的」な手続きに則って成立しました、ヒトラー政権も「選挙を経て」生まれたのです。「排他的独裁国家」というのは理想としての市民国家(幻想ですが)に対抗する概念として、観念的に作り出されたものです。西欧中心史観の賜物と言えます。その前提に則った倫理は歴史を反映しているとは思えないのですが・・・
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この回答へのお礼

2度目の回答ありがとうございます。
> 「排他的独裁国家」とは具体的に何をさしているのでしょうか
あまり深く考えもせずに使ってしまいましたが、ナチスや軍国日本、それと旧共産主義国を頭に
思い描いていました。異論はあるでしょうけど、前者は軍部独裁政権国家で、後者は一党独裁政権
国家でした。その政権の独走・専横により、民主政治が機能せず、国家が軍部や党に乗っ取られた
状態だったと思います。内部的には民主的手続きによって成立したとはいえ、外部から
「ひとつのいきもの」として見た場合には、独善的で侵略的で非寛容な「排他的独裁国家」であったと
言えるのではないでしょうか。
市民国家という概念(西欧中心史観の賜物?)に異論がおありですか? 興味深いです。

お礼日時:2000/12/13 21:57

そもそも、厳密に「ひとつの生命」というものを定義できるのでしょうか?



たとえば、貴方は自分という存在にどこまで含めますか?
○肉(臓器)や骨
○血
○体内の細菌
○体内の無機物
○服装
○記憶
他にもいろいろあると思いますが、きりが無いのでこれ位にして・・・
例えば、腸内の細菌は生まれてきた後入ってきたものですが、それらによって消化吸収が助けられています。つまり、体内の細菌をすべて殺してしまったら、人間自身も生きていくことは困難です。
寄生するものと寄生主とが協力し合うのは普通のことです。最近の学説では細胞内のミトコンドリアですらもともとは別の生命体であったという話です。

自分という存在ですら厳密かつ明確に線引きすることは無理なのです。明確に規定することは出来ますが、それはあくまで規定する人の任意の線なのです。

僕もきちんとした定義といえるようなものは持っていません。しかし「いのち」を考える時には(もっと言えばすべての定義について考える時ですが)、それに付きまとう常識や固定観念は(「いのちは進化するはずだ」とか「いのちは尊いものだ」とか「自然発生するものでなければ生命ではない」とか…)まずは切り離してみるべきだと思います。それでは真実にはたどり着けません。

言葉と生の現実は一対一で対応はしていません。「いのち」という言葉あるからといってそれにぴったり当てはまる現実の「何か」が存在するとは限りません。それに「いのち」という言葉の「定義」ですら一つではありませんから、nanashisanの書かれた様な「いのち」もありでしょう。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
> 「ひとつの生命」というものを定義できるのでしょうか?
屋久島の樹齢7200年の縄文杉を見ると、それは単なる細胞の集積体以上の何かである
という印象を強く受けます。詩人や画家ならば、そこに数千年の風雪に耐えて今も生き長ら
えている明確な「ひとつのいのち」を感じ取るだろうと思います。(屋久島に雪は降らない
でしょうけど)
ボール状になってゆっくり移動する数千匹のキンメモドキを新聞の写真で見ました。
これになると、ひとつの生命とは言えないけど、やはり何か単なる群れではないものを
感じます。
芸術家が(一般人でも)直覚できるものを、生物学は存在しないという。私は近代科学の
基調である「森羅万象はどんなに壮大に見えても細部の性質や法則の必然的展開形にすぎ
ない」というのが、どうしても納得できないです。
> 自分という存在ですら厳密かつ明確に線引きすることは無理なのです。
それでは、この宇宙には純粋な客観的存在というものは、何もなくなってしまうのでは
ないでしょうか?「認識主体を想定しない真の客観的実在は存在しない」「対象は主観的に
しか認識されない」これは哲学では常識なのかなあ。分かりませんけど。
簡単なHPを作りました。参考に、ご覧いただければ幸いです。
http://www14.u-page.so-net.ne.jp/da3/mori0506/

お礼日時:-0001/11/30 00:00

今日一匹作りました。

コンピュータウィルスです。
でも普通のものではありません。このウィルスは画面表示やはファイル削除などの発病がありませんので、発見駆除される可能性はわずかです。また増殖する際、ある確率で自分自身のごくわずかな部分をランダムに書き変えます。
書き変わったものは多くの場合誤動作や暴走を引き起こし死滅します。しかし生き残ったものは更に自分自身を書き換えながら増殖します。進化です。
自然淘汰により書き換えに対して強い種類がより多く生き残ります。こうして更に進化が続き、ウィルスは自分が有利なように増殖し続け、知能や意識を持つようになります。
ただ、その意識は我々が想像できるものと全く異なります。
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この回答へのお礼

コンピュータウィルスと動植物に寄生するウィルスは本質的に同じなのですか?
私見ですがウィルスは増殖はできても進化(高次生命へのステップアップ)はできないと思います。
他への寄生をやめて仲間と分業協力しあうことを学ばなければ、いつまでも低次元生命にとどまるの
ではないでしょうか。寄生するだけでは相手を死に至らしめ、自分も存続できないのですから。
進化論に倫理を持ちこむのはこっけいでしょうか?私は進化と倫理は切り離せないと思います。悪や
悪の帝国は存続できないと思います。排他的独裁国家はみんな滅びました。
それともうひとつ。コンピュータウィルスがメモリ空間で自然発生する可能性はあるのでしょうか。
人間というまったく別の意志なり力があったから、発生したといえますよね。
さらに私見ですがウィルスは生物ではなく生物と非生物の中間素材であって、ウィルスが生物に進化
するためには、まったく別の何かが必要なのではないかと思っています。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

細胞の定義だったかなぁ。


1.細胞膜があること(他と隔たりがあること)
2.生殖(子孫がのこせること)
3.代謝(これはちがうかも)
だったとおもいます。
参考までに
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
atsuotaさんにお礼を書いた直後、管理者の方が「哲学」カテゴリーを「生物」カテゴリーに移してくださったので「生物」カテゴリーはまだ終了させずにおきます。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

これは、生物学の問題だけでなく、かなり哲学的な面を持つ質問だと思うので、あくまで私一個人の考えとして読んでください。

(長いです。ごめんなさい)

1.「いのち」とは生物を生かしている力。ちなみに「生物」は「個体維持能力と種族維持能力(自分自身を生かそうとする力と、人間なら人間同士といった種族を生かそうとする、後世まで残そうとする力)を持つもの」というような定義があったと思います。「いのち」をつくれるか、については、「生物」をつくることはできる(要するに人間であれば母親が子供を産む)が、「いのち」は肉体にある意味勝手についてくるものであり、つくるとは言えないと思います。
2.木はもちろん「生きている個としての細胞」の集合ですが、「木」そのものはそれぞれ役割(例えば、根、幹、葉など)の違う細胞の集合を指す言葉ですから、木全体でひとつの生命とも言えると思います。「木」が死ぬのは、それが「木」としての活動をやめることで、要するに光合成をしなくなったことではないでしょうか。人間でいうと、呼吸をしなくなった、ということでしょう。
3.実際に屋久島の縄文杉を見たことはないのですが、「樹齢5~6000年」と言っているからには「木」が生きているのでしょう。多分まだ光合成をして、幹が年々太くなっているのではないでしょうか。

「工学的に生命が作り出せる」は、「個体維持能力と種族維持能力を持つものを作り出せる」という意味ならば、自己防衛および修復機能を持ち、自分の分身を生産するロボットを作ればよいわけで(手塚治虫の漫画にあったような…)可能といえば可能ですが、それを「生命」と呼ぶのは、正直違和感があります。

この回答への補足

回答ありがとうございます。ちょっと日にちがたってしまいましたが、感想を述べさせていただきます。
> 「自己防衛および修復機能を持ち、自分の分身を生産するロボット」それを「生命」と呼ぶのは、
> 正直違和感があります。
アイボがたいへんな人気でしたが、私もatsuotaさん同様、工学的なロボットを「生命」と呼ぶのは
たいへん違和感があります。ロボットがどんなに精巧になって感情らしきものをもつようになっても
「からくり人形」であることに変わりはないからです。犬やネコならば飼い主と精神的な交流ができ
ます。そういう言い方がマズければ、いのちあるもの同士の感情交流とでも言えばいいでしょうか。
飼い主は愛犬をほめたり叱ったり、犬もなついたり噛みついたり、そこにはあきらかに生命の交流が
あります。しかし機械と、そういう交流をすることは不可能です。なぜならば機械の側に人間の感情を
感知する能力がまったくないですのから。将来的に実現可能とも思いません。感情を感知するのは
こころや魂だけであり、声や顔を検知する機器や認識ソフトにそれができるとは到底おもえないです。
言語翻訳ソフトの行き詰まりも、このことを証明していると思います。こころを持っていて意味が
理解できなければ翻訳は不可能なのですから。
話がだいぶん拡散してしまいましたが、私は今の科学の生命認識や生命定義が不満でしょうがないの
です。
個人の不満なんか学問的真理には何の関係もないのでしょうけど。でも人間の直覚だって侮れないです
よね。(ただのウヌボレかな)

補足日時:2000/12/13 22:42
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この回答へのお礼

ありがとうございました。この質問、「哲学」にも出していました。
「複数カテゴリーに同一の質問を出すことは禁じられています」ということですのでこの欄は終了させていただくことにします。

お礼日時:-0001/11/30 00:00

観念的な回答になってしまうかも知れませんが、先に木の方に対して答えさせていただきます。

いわゆる「個体としての生」ということになりますと、木全体で一つの生命ということになりますが、細胞一つ一つもまた、一つの生命とみることが出来るでしょう、単細胞生物から、細胞群体、多細胞生物と進化していく際に、一つの生命であった細胞が寄り集まって生きるように変化していった、とみることが出来ると思います。たとえば、人間の細胞にしても一部分切り取って培養液につければ生き続けますね?ですから、部分も生命であり、それが寄り集まったものも生命なのだと思います。違いは全体として集まらないと、生きるための機能がそろわず、長く生きられない点にあると思います、個々の細胞は寄り集まることで機能をそれぞれに削減し、合理化していると言えるでしょう。
次に「いのち」とは?ということですが、いろいろな説があるでしょうが、私は「生きる意思、存続する意思」であると思います、細胞もまた生きる意思を持ち、個体全体としても生きる意思を持っている「いのち」だと思うのですが・・・・これだと広義で、社会や体制、組織と言ったものも擬似的な「いのち」になりますね。あくまで私の考えなのでご参考までに
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この回答へのお礼

ありがとうございます。「生きる意思、存続する意思」。それを実現しているものは何なのでしょう?遺伝子?ソースコードで「生きる意思」を記述することはできるのでしょうか?

お礼日時:-0001/11/30 00:00

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