虎ノ門と特殊法人
猪瀬直樹氏の著作を読むと、
特殊法人や公益法人の集中する虎ノ門こそ
天下りの巣窟であり、問題である。
といわれているのですが、
虎ノ門にはどんな歴史背景があって
そうなったのでしょうか?
江戸時代あたりから明治、そして今に至る
経緯やトリビアみたいなものも知りたいです。
よさそうな資料やエピソードなんかを
教えていただければと思っております。
歴史的なトリビアではないのですが……。
特殊法人や公益法人に限らず法人には定款があります。
この定款では本店の所在地も定めています。それゆえ本
店を移転するには定款の変更が必要です。ところが定款
を変更するには多くの手続きが必要で、かなりメンドウ
なんですね。
しかも、本店所在地は自治体が単位なので、たとえば
港区を本店と定めたら、港区以外に移転するには定款の
変更が必要なんです。公益法人はたいてい規模が小さく、
本店が唯一の事務所だったりします。そのため、公益法
人はかんたんに引っ越しできず、しても同じ区内でしか
移転できないというケースがほとんどです。
そのために、最初から移転しないことを前提に本店を
決める必要があります。そうなると、各省庁が集中する
霞ヶ関と、道一本へだてて隣り合う虎ノ門が都合いいん
ですね。霞ヶ関には公益法人が入居できるようなビルは
ありませんから、必然的に貸しビルの多い虎ノ門が便利
になるというわけです。
ちなみに新橋から虎ノ門にかけての飲食店は、まさに
官公庁や関係法人のお客さんで成り立っています。その
ためお役所が休みの時期は、本当に閑散としていますよ。
あと、ランチ時しか営業していないという店も多いです。
この回答へのお礼
なるほど。定款の関係もあったのですね。
参考になりました!
こんにちは。
確かに虎ノ門・新橋界隈には日本貿易振興機構や国立印刷局を筆頭に、特殊法人、独立行政法人、各種公益法人(財団法人・社団法人)、認可法人等が集中していますね。虎ノ門の地名は昔、江戸城の虎之御門があったことに由来しています。名の由来は、恐らく江戸城から見て右手の出口に当たるので、四方に獣神を配する四神思想(当時、城郭の縄張りの際に重視された)の右百虎に当てはめて、そう呼ぶようになったのではないでしょうか。
特に「虎ノ門に...」という理由はないでしょう。しかし、都心部の地図を見れば確認できますが、皇居の南部を東から順に丸の内(ビジネス街)、霞ヶ関(官庁街)、永田町(国会、他)が並んでいます。特殊法人の理念は“官+民”でしたから、それぞれの利害を汲み取れるように(?)とも考えられる趣旨で、虎ノ門・新橋界隈のビルに挙って事務所が設立されたのでしょう。特に主管官庁とのつながりは重要ですから、桜田門から霞ヶ関には官庁街が並び、虎ノ門は道路一つ挟んで霞ヶ関に隣接していることから、官庁の外郭団体的存在の特殊法人や公益法人等の事務所が多いのではないでしょうか。
>>
この回答へのお礼
なるほど。確かに「官+民」ですものね。
簡単にいうと、土地の利便性と特殊法人の性質により、
虎ノ門には天下りの巣窟が生まれた、ということなんでしょうね。
回答ありがとうございました!
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