初めて質問させていただきます。
哲学を少し勉強しています。そこで、みなさんの意見をお聞きしたいのです。
1,幸福とは?
2,人生の目的は幸福になることである。YES?NO?
(YESの場合、その理由。NOの場合、では何が人生の目的か。)

以上2点です。
この問いに、正解なんて無いと思います。
お気軽に、みなさんの率直なご意見をお聞かせ下さい。
よろしく御願いします。

A 回答 (10件)

●補足



 五億年幽閉されて その記憶を消されて 現実に戻るというMANGAが
 ありました。その主人公は記憶がないもんだから またその幽閉にいって
 しまうんです。
>●偉人たちが言うように 幸せとは かくも遠くにあるものか
 幸せを探して 旅立ったものの 手に入れて帰ってきたものは
 誰一人として居ません。←これが事実です。

 現実に持ち帰れない 幸せは 現実世界においては 意味がありません。
 また 共有(もしくは共感)できない幸せは
 「かってにしてろ!」の世界で 哲学する意味がありません。
 事実をしっかりと認識した先に 幸福がまっていると考えます。

 但し 夢を共有する権利を妨げることはしたくありません。
 ただ 同じ夢をみるなら POPなほうがいい。
 トラッドは あくまでもファッションの一アイテムなのです。
 わたしたちは いまにいきるのです。まさにPOPなのです。
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ヒントだけです。

マズローの5段階欲求説をご存知ですか?後はご自分の経験に照らし合わせてください・・・
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どこかで見たような質問だな、と思いつつ。



問1) 「幸せだ」と感じられる心を持つこと。それが「幸福」というものだと思っています。

たとえば、私などは風呂上がり、冷えた缶ビールを冷蔵庫から取り出し、詮(タブ)を引っ張る。「ブシュッ!」。幸福へ至る序曲が始まります。そして口をつけ、グビン、グビン。「プファ!」。幸福感が全身に満ちあふれます。大げさにいえば、三昧の境地です。そして、しばし、幸福というものの余韻にひたります。

その間、何にも考えてはおりません。○○だから幸福なんだ、ということは感じても考えてもおりません。この瞬間が幸せというものだ、ということも思っておりません。ああ、あれが幸せというものなのかと、あとになって考えているだけのことです。

問2) とどのつまりは、そうなんでしょうね。だから「イエス」です。「幸福」というものが形として存在し、手に入れることができる「もの」と思うから、人は悩み、迷い、戸惑うのではないでしょうか。

No.5のご回答にカールブッセの詩が出てきましたが、「幸せ」「幸福」とは求めて得られるものではなく、「感じる」ものなんでしょうね。
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1.孤独でないこと。

孤独であることが同時にあること。自他のないこと。
2.NO。なんでもいいぜ?物語を刻む事。世界に欠員を出さない事。
 
これが事実です。と、いかにいいえる。
遠くに行って、幸せを手に入れて、帰ってこなかった。なぜなら、帰る必要はないから。行ったそこに、幸せがあるんだから。帰るわけがない。
仮に、行った先から帰ってきた奴がいたとしよう。そいつはなんで帰ってきたのかってことかな。
 
ささやかな幸せは何処へ行ったのか?
小川をのぞいて、めだかが泳いでいる。ささやかな幸せを感じる。
余裕があるひとはな。裕福な人というのは、金持ちの事じゃない。
余裕のある人のことだ。
よゆーでしょ?
>この問いに、正解なんて無いと思います。
そうでもないぜ?
 
ゴダイゴいいよな。
 
よゆーも度がすぎりゃ退屈?そりゃ退屈だ(笑。
いちいち動き出さなくても、雨が降ってくる。出来事がな。宇宙はこんなにすげぇのに、世界はこんなに広いのに、飽きがくるなんていう奴は馬鹿だ。
幸せよりも、求めるものがあるってことだ。
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1.幸福とは:自己満足又は充足感であり、夫々の心の持ち方で変化するものである。



2.人生の目的は:幸せになることである。皆が幸せになることに満足を覚える人は、人を幸せにすることも人生の目的になる。
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■山のあなたの空遠く 幸い住むと人の言う・・・(カールブッセ)


■生きることの苦しみさえ 消えると言うよ
 旅立った人はいるが あまりに遠い・・・(ゴダイゴ)

 ●偉人たちが言うように 幸せとは かくも遠くにあるものか
 幸せを探して 旅立ったものの 手に入れて帰ってきたものは
 誰一人として居ません。←これが事実です。

 わたしたちが ほんのすこし幸せを感じる その一瞬こそ
 かけがえのない「ささやかな幸せ」なのではないでしょうか?
 小川を覗き込んだとき メダカが泳いでいる姿を見て感じた
 ささやかな幸せは どこへいってしまったのでしょうか?
 今世紀は 正に 幸せ探しの世紀なのかもしれません。
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1:幸福とは、ツライことの後の一安心した状態



2:NO
人生の目的は意味のない人生を意味のあるものにするコト。

以上、意味不明な答えで申し訳ありません。
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1,幸福とは?


●人それぞれに感じるものです。
 絶対的な幸せなんてありません。以前こんなことをしました。
 すべてに満足できる状況で暮らすんです。するとどうでしょう。
 いつ死んでもいいなあという感じが先ず訪れます。
 ふわふわ 朦朧とした感じです。はじめのうちは 食べることもSEXも
 たのしいのですが それも日が過ぎるにしたがって 朦朧としたなかに
 曇っていきます。そこで気が付く訳です。
 なるほど 人間は適度な刺激がひつようなんだなあ・・・と。
 つまりおおくの幸福感を味わい続けるためには それなりのテクニックが
 必要なのであると。簡単に言うと刺激と開放です。このバランスが多くの
 幸福に直結しています。

2,人生の目的は幸福になることである。YES?NO?
●NOです。哲学は幸せになるためにありますが 人生の目的は「わからない」と
 するのがただしいでしょう。わたし個人の人生の目的は快楽の追求です。
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#1 の方と、たぶん同じ事なんだろうけど...すんません私には難しすぎてよくわからんかった。



1.その人が「自分は幸福だと思っている」ことを認識した瞬間。および「不幸だと思っていない」状態。

2.Yes 上の定義(おいおい(^_^;)によると、「自分がいやな思いをしたくない」と思う事が「幸福につながる」のであるから、人生の目的は「幸福になること」である。
希に「いやな思いをしたい」人がいたとしても、それが「自分の望む姿」である以上、幸福を求めているといえよう。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。いろんな方のご意見を聞けて参考になりました。なかでも、kaznhiさんのご回答が、一番共感を覚えました。ありがとうございました。

お礼日時:2002/05/09 23:23

 幸福といっても、人それぞれに幸福の内容・幸福感というものが、異なっています。


 たとえば、ある人は「社会的地位や名声を得ることが幸福だ」と思い、ある人は「大金持ちになることが幸福だ」と思い、また、ある人は「健康で、平凡な一生を過ごすことが幸福だ」と思っているのです。
 もちろん、これらの幸福感を否定するものではありませんが、これらは、いずれも小さな、砂上の楼閣にも等しい不安定な幸福です。
 なぜ、そのようなことがいえるか、といいますと、世の中のすべては常に変転し続けており、ひとつとして、そのままの形・状態で止まっているものはありません。そのような世の中にあって、たとえ一時、自分なりの幸福を得たとしても、それは永遠・絶対のものではなく、状況の変化によって、いつ崩れるともわからない、いわば不幸と隣り合わせの、不安定な幸福にすぎないからです。
 現に、これまで健康そのもので暮らしてきた人が突然の病魔に倒れたり、栄耀栄華の極みにあったベンチャー企業の社長がわずか数年で一切を失ってしまったり、或は円満な家庭生活に満足していた人が不慮の天災・事故・犯罪によって非業の死を遂げ、家族も悲嘆の底に堕ちてしまったケース等・・・、こうした事例を挙げたら枚挙に暇がありません。
 このような、一時的で不安定な幸福を、仮に相対的幸福と呼ぶならば、正しい仏法の信仰で得られるのは、「成仏」といって、揺るぎない絶対の幸福境涯であります。

誰もが求めるべき絶対的幸福「成仏」

 成仏とは、死んで仏になることでも、人間とかけ離れた超越者になることでもなく、自己の生命の奥底に内在する「仏(仏界)」という最高の生命を引き出し、これを現実生活の原動力として生きることをいいます。
 さすれば、仏界の力強い生命力と勝れた智慧の働きにより、いかなる人生の問題や苦難に直面しても、それをあたかも波乗りのように解決して、生きていくことができるようになるのです。それは、まさに生きること自体が楽しい、という境涯です。
 また、この成仏の境涯は、変転しゆく現実生活をそのつど切り開いていける境涯ですから、状況の変化等によって崩れ去ったりしない、安心立命の境地でもあります。
 前に挙げた相対的な一々の幸福と較べれば、これこそ、人生の絶対的幸福であるといえましょう。
 しかも、この絶対的幸福を獲得していくときには、そこに、経済面・健康面・精神面といった、相対的な分々の幸福も具わっていきます。
 ゆえに、この成仏という絶対的幸福は、個々の幸福観の違いに関わりなく誰もが求めるべき最高の境涯なのであります。
 如何でしょうか?
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