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「心理学」と「地理」て密接に絡まっているような気がするのですが、どう思いますか?

心象風景。地球。
人間の心は目に見えたり触ったり会話したりそういうことを繰り返すことにより、その反射のようにして出来上がるような気がするのです。

最近地図帳ばっかり見ている質問者でした。

A 回答 (6件)

 


>「心理学」と「地理」て密接に絡まっているような気がするのですが、どう思いますか?

違うと思います。これについて、複雑に考察し議論しているときりがないとも思えるので、できるだけ簡単にヴィジョンを見たく思います。

まず、「心理学と地理」ではなく、おそらく、ここは「魂とトポス」という風に言い換えた方が正確ではないかと思います。「地理」「地理学」とは何かについて、自分でも何を言っているのかよく分からない文章をつい最近記したところです。

高校の学科としての「地理」について、その学科の成立基底としての知識の配分構想について、次のような想定を記しました(参考質問:No.285925 質問:地理学は理系の学問?):

>私見ですが、これは、人間の社会活動・文化活動について、時間的にイヴェントや状態・特徴を列挙したのが「歴史」で、空間的にイヴェントや状態・特徴を列挙したのが「地理」の定義ではないかという気がします。

このように、「人間の社会活動・文化活動」を、時間の秩序で眺めたものと、空間の秩序で眺めたものが、高校の「歴史・地理」だと述べています。この定義からすると、地理は、人文・社会科学になります。

しかし、わたしは、地理学は、自然科学に入れるのが相応しいと、その後で記し、更に、それではどうもおかしい気もするので、次のように記しました:

>つまり、高校の「地理」は、それで分野確定はあったのですが、大学以上の「地理学」になると、分野確定が曖昧で、領域確保すると、自然科学を前提にしたものにならざるを得ないので、自然科学に入れるということだと思います。

>しかし、問題が難しいとも言え、地理と文化・社会の関係を扱う学問として、領域確保すると、文学部のなかに入れるのがよいうということになるのでしょう。自然地理と文化地理・社会地理があるというより、文化地理・社会地理というのは、高校での教科分化以上に、学問定義できないのだとも思います。

ここで何を述べているのかよく分からないと思いますが、「地理学」という学問は、学問定義できるなら、自然科学に入ると述べています。しかし、文化地理・社会地理のテーマがあり、これをどうするかとすれば、文学部に入れるしかないが、このように地理学を扱うと、「学問定義できな」くなるのだ、と述べています。

つまり、何でも地理学で扱えてしまい、実際には別の学問分野の領域の課題として相応しいものが、地理学のテーマとして扱えるということです。

「地理」の「地」は、本来は「土地・大地」の「地」だったのでしょうが、自然地理・文化地理・社会地理などと構想した時点で、この「地」は、「場所」つまり「トポス」の意味になってしまっているので、「トポスの学」として「地理学」を領域確保すると、何でも地理学に入るので、そういう学問は成立しないと述べています。

「歴史学」は「時(クロノス)の学」として領域確保されているのではないので、「人間の営みの時間に沿っての展開を俯瞰する学」として「歴史学」は領域確保されいるのです。

「トポス」とは「場(field)」であり、「広義環境」だとも言えるのです。それは、自然環境・社会環境・文化環境もすべて包含することになります。しかし、それでは、何を基準に学を成立させるか分からないので、自然的地理を準拠分類枠として、この枠において、社会環境や文化環境で起こり得る事象を扱うものが地理学だとすると、経済学も文学も芸術も社会学も地政学も、政治学も軍事理論も、民俗学も文化人類学も、何でも地理学になってしまうのです。

何故なら、人間のすべての営みは、広義環境を「場」として行われているからで、このような地理学は、歴史学や考古学も包摂してしまいます。場所を基盤として、文化事象、社会事象一切を扱うとすれば、このような意味の「地理学」は、人文社会科学全体を含んでしまうのです。

(地理学は、サンクロニクなアプローチを取り、ディアクロニクなアプローチは取らないと自己限定する時、実は、そのような自己言及で、ディアクロニクなアプローチを取ってしまっているのです。時間的経時性を考慮に入れない人文社会科学などないからです)。

だから、それはおかしいので、文学部(または、人間科学部など)に地理学を置くと、学問として領域定義できない、と述べたのです。

「心理学と地理」の関係ではなく、「魂とトポス」だと述べたのは、自然的トポスを基盤に眺望される文化と社会のありようと、魂の関わりが、ここでは問題になっていると考えられるからです。

神話的な話にするなら、魂は、その「魂の故郷のトポス」を求め憧れるということです。探求の果てに、故郷は、この世界全体であったという境地になる人もいるでしょうし、生まれ育った国、村や町こそが故郷であったという人もいるでしょうし、いま生きてあることに、故郷が内在するという認識になる人もいるでしょうし、流浪の過程で、故郷を求める旅のなかに、故郷が垣間見える人もいるでしょう。

質問者は、だから、地図帳の上の自然的地理を基盤に、そこに栄枯盛衰した過去現在の文化や社会や、自然環境も含めて、そのどこかに、「魂の故郷」を探し求めているということになるのではないかと、思惟されるのです。

これが、質問に対する回答です。

追記:

>人間の心は目に見えたり触ったり会話したりそういうことを繰り返すことにより、その反射のようにして出来上がるような気がするのです。

この世における魂の彷徨は、故郷の「再想起」の試みであり、新しく出会うこと、魂が、それによって開かれた世界の位相は、魂の故郷を回復しようとする営みに他ならないのでしょう。

>No.285925 質問:地理学は理系の学問?
http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=285925
 

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=285925
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この回答へのお礼

返答ありがとうございます。

No.285925の方も拝見致しました。
とても明晰な文章で面白かったです。

魂、文化活動はトポスに於て行われる。など、とても興味深い回答でした。

僕の理解力で返答がうまくできるかわからないのですが、asterさんは魂とトポスが全く別のものと捉えているように思えます。(>この世における魂の彷徨い)

僕は、あるトポス(もっとも基本的なのは生まれ育った場所)と魂が連続しているようなイメージを抱いています。

asterさんは魂は彷徨うといいますが、僕もそれが理解できないわけではありません。海外を旅していて、あぁ、これが求めていた場所だ!などと勝手に思うこともあるからです。

なにか、このことについて教えてください。
(的外れな質問であったらごめんなさい)



返答ありがとうございました。

お礼日時:2002/06/17 00:02

No4で回答した者です。

回答をほんのちょっぴり認知心理学に引き寄せたということで(勝手に)専門家にさせていただきました(前回は「経験者」でした)。
質問者のEvianusさんがメンタル・マップに興味を持たれたようなので補足説明です。

> 心の中に地図を持つ事?
> それは実生活にどのような影響を及ぼすのでしょう?

メンタル・マップは「心の中にその人の主観に基づいて構成された主観的地図」のことです。簡単にいえば「心の中の地図」です。
実生活において,どこそこに行く場合,一々地図を調べません。頭の中にある,心の中にある地域情報としての「地図」を思い浮かべながら,そこから情報を引き出しているわけです。
つまりは実生活に影響を与える地域情報は,客観的な地図ではなく,主観的な地図である「メンタル・マップ」なのです。

試しに,自分の家の周辺,あるいは学校・会社の周辺の地図を紙に描いてみて下さい。同じ事を家族や同僚に頼んでみて下さい。そしてその描かれた複数の地図を見比べてみると,人によって地図のどの部分が強調され,どの部分が省略されているかの個人差の大きさにびっくりするでしょう。
当然自分がよく知るところは詳細に,知らないところはラフに描かれています。

ここで「そんなのは人によって知っている情報が違うから当たり前だろ」と思われるかもしれません。しかし,この当然の質問も「では,何故,人によって知っている情報の質や量が違うのか? 多くの人は同じ情報を見たり聞いたりしているのに,何故,人によって【覚えている】情報が異なるのか?」と逆に質問されると,とたんに不思議に感じるでしょう。

認知心理学では,人間は自分の興味関心によって外界からの情報を取捨選択する,ということが認められています。

> 人間の心は目に見えたり触ったり会話したりそういうことを繰り返すこと
> により、その反射のようにして出来上がるような気がするのです。

Evianusさんはこう述べられています。
「人間の心は目に見えたり触ったり会話したりそういうことを繰り返すことにより、」ここまでは正しいですが,その次の「その反射のように」という部分は違う,と思われます。
この「反射」では非常に人間の知識構成が受動的であるという前提が強く感じられますが,実際は先に述べたように「知識は人間の積極的・主体的活動によって構成」されるので,やはり関心がない人には「反射のようには」形成されないでしょう。
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この回答へのお礼

面白いですね。

メンタル・マップ。みんな世界のイメージがばらばらなのに同じ世界に住んでいると錯覚しているのですね?

僕は、最後のパラグラフのところにある人間のとりうる「積極的・主体的活動」というところがやはりいまだわかりません。

その、主体性は何もないところから突如として発生するのでしょうか?僕はやっぱり外界からの刺激に対応して起こるような気がします。
人の趣向というのもやはり、外界からの刺激の反射のような気がするのです。(的外れな返答だったらごめんなさい。)

返答ありがとうございました。

お礼日時:2002/06/16 23:36

心理学を勉強している者です。



先の皆さんの回答とは方向性が異なりますが,「心理学」と「地理」という二つの言葉から連想されるのは,やはり「メンタル・マップ」でしょう。
地理学において,計量主義が台頭して,その反動として人文主義的地理学が盛り返した……ということを聞いた事があります。その人文地理学においてリンチ(Lynch)が,人が頭の中に持つマップ(メンタル・マップ)を研究を行ったそうです。果たして地理学者がこの問題をどのようにアプローチしているかは知りませんが,心理学においてはイメージに関する研究の一つとして行われています。
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この回答へのお礼

返答ありがとうございます。

「メンタル・マップ」ですか。海外旅行の好きな質問者としてはなんとも気になる言葉です。

心の中に地図を持つ事?

それは実生活にどのような影響を及ぼすのでしょう?

お礼日時:2002/06/13 19:13

 早々の御礼ありがとうございます。


 和辻哲郎の「風土」は私も読みました。Evianusさんの御質問をきっかけに私も再読します!
 地図帳のお問い合わせですが、とりあえずは、その地図帳が最もポピュラーで充実しているものの一つと思います。私は、日本史・世界史の関係の歴史地図ってありますね、それらを重ね合わせて読むこともあります。「へぇ、ここのところはこういう国だったんだ」とか産業・地形・海岸の変化とかって、面白いです。その意味では古地図にあたってみるのも手。ちょっと高価のものもありますが。
 大きな本屋に行くと、地図のみでもひとつのコーナーがそろえてあるところもありますね。そういうところで、ひとときを過ごすと、面白いですよ。
 私は、よく仕事の関係で大きな、あれは平凡社の日本地図でしたか……使いましたが、ちょっと大きい。
 今、お持ちの地図帳を捨てないで、何年かおきに買い換えてとっていくことをオススメ!変化が読みとれていいですよ。後ろについている資料統計も変化していきますから、とっても面白い!
 う~ん、最近はそれをやっていなかったので、これを機会に再開します、私も。
 いい御質問、ありがとう!!
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この回答へのお礼

返答ありがとうございます。

地図帳を使ったお仕事って、興味ありますね。
面白そう。国防関係とかだったりして。

的外れかも知れませんが、なんだかまぁるい地球上で人間の行うほとんどすべてのことが起こっているということが面白く思えてきたのです。

地図を見ていると、想像力が刺激されて面白いです。

お礼日時:2002/06/13 19:10

地理学方面のものです。



地理って、ほとんどの方が地図を見て、地名が出てきて、、、っていう学問だと勘違いされているみたいですね。

でも地理は現代社会における物事や事柄を全て対象にする学問です。

経済学、心理学、文学、気候学・・などの学問と並べて考えることは出来ません。なぜなら、地理学は全ての学問の中に存在しているからです。

実際、僕は大学で地理学を専攻していましたが、書き上げた論文は「現代音楽」を地理学的に検証したモノでした。
友人達もいろんな論文を書いてました、植生、生態学、気候学、地学、文学、歴史学、スポーツ学、経済学、地図学、民俗学、芸術 
などなど、ざっと思いつくだけでもこんなもんです。彼らはこれらを地理学的に・・つまり地図を利用して何らかの結論を導き出すわけです。

たとえば、僕の「音楽」をテーマにしたものだと、東京、大阪、ロンドン、NY,などなどいろんな都市で流行している音楽を調べ、それらの共通点やそれらの相違点を見つけ出し、なんでそんな共通点、相違点が見られるかを調査します。

心理学だけでなくって地理は全ての学問に密接なんですよ。

Evianusさんのは多分、心理学というよりも、文化地理学or民俗学だと思います。

文化は人々によって創られるのか、それとも文化によって人々は創られるのかっちゅーやつです。
つまり、Evianusさんは後者の場合の考えでらっしゃるみたいです。
その地域の風景が(つまりは生活する土台=文化)が人々を育てるってワケですな。
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この回答へのお礼

返答ありがとうございます。

そうですね。
地理といっても、さまざまな分野にまたがっているんですね。考えてみればあたりまえのことかもしれませんね。

そういうことに気づかせていただきありがとうございました。

お礼日時:2002/06/13 19:07

極めて、鋭い視点だと思います。

地理というよりもこの場合はその分野の一つである「地誌」との接点が大きいと思います。つまり、風土というか、地形・気候・水文・産業・経済・地勢・集落・政治・経済・人口などの、自然地理・人文地理全部が地図帳から読みとれますよね。人がどのようなところで育ったか、影響を受けたかは、そういった点との絡みが決して少なくないですよ!鉄道の時間表もその一つに加えられたら、もっと面白いですよ。
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この回答へのお礼

返答ありがとうございます。

以前、和辻哲郎の「風土」を読んだことがあります。そのことがずっと引っかかっていたんだと思います。(内容はかなり忘れてしまいました。再読せねば!)

そうですね。実に多くの情報が地図帳の上から読み取れると思います。

現在、高校のころに教材として使っていた「新詳細高等地図(帝国書院)」を使っています。もしよかったらお勧めの地図帳を教えてください!

お礼日時:2002/06/07 10:39

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