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本当にイエスは子供のころインマヌエルと呼ばれて他のでしょうか?どの書に触れてありますか?

A 回答 (5件)

マタイ1:22-23。



ただし、、、、


イエスの生涯の元ネタはイザヤ書からきていると思えます。
多くの小説が新約聖書のイエスをなぞった主人公を模写しているように、新約聖書の作家も旧約聖書からヒントを得て、創作したのではないかと推測します。
つまりフクション。架空の存在。


が、宗教が大混乱をしていて入り乱れていた時代ですので、宗教改革に熱心な人たちは沢山いたと思います。
イエス以外にも死者を復活させたとされる人たちは何人もいたそうです。
従って彼らの中の一人の宗教改革者の生き様と、旧約聖書のイザヤ書が後々結び付けられるようになった可能性もある。
ただし、その人物達がイザヤ書の内容に沿って行動していたとは思いません。
この部分はのちに話の真実味や風格を持たせるために工作してくっつけたと思えます。

といいますのも、、、、えっと。。。


http://elemiya.asablo.jp/blog/2006/12/20/1039201
【イザヤは、アハズ王の不信仰に絶望して、次に生れる王子(ヒゼキヤ王)こそがインマヌエル―神と共にいる「しるし」となる、と預言します。有名なインマヌエル預言です。


このあと預言は、その生まれた子は成人するまで荒れ野に避難し、その間に、アッシリアにより、北イスラエル(王ペカ)とシリア王ツィン)は攻め滅ぼされると続きます(7:15~17)。

このインマヌエルと呼ばれる「男の子」は、誰でしょうか。
「男の子」は、新約聖書では、イエス・キリストを意味していますが、本来は、ヒゼキヤ王子の誕生を意味するといわれます。
現在の王アハズに絶望したイザヤは、新しく生まれる次王ヒゼキアにイスラエルの救いを期待したのでした。】



イザヤがインマヌエル 神は私達と供におられるの証の子となるのは、ヒゼキア王子と【期待】してそういったようです。



尚、このインマニュエル。 
どっから来るのか。
こういうとき、辞書便利ですね。
神話・伝承辞典から抜粋。
【古代王国衛ラムで聖王ー殉教者として崇拝されていた「男神インマニ」あるいはエ・マニの、ペルシャにおける称号。この神の構成における化身の一人に救世主マニがいたが、マニはマリアという名の処女から生まれたといわれた。
イザヤ書7:14には「見よ、おとめがみごもって男の子を産む。その名前はインマヌエルととなえられる】というペルシャの聖句が引用されていた。
マタイによる福音書1:22-23は、この聖句はキリストに関する予言(預言じゃない)であり、従ってキリストがインマヌエルであると主張した。
しかし、現実にはこのインマヌエルという名前がキリストの名として定着することは無かった。】



エル ってのはバビロニアあたりで神の名をみだりに唱えてはならなかったので、わが主 という意味でエル、エールと呼んでいたそうです。

処女 の本来の意味は、セックスをしたことが無い女 という意味ではなく、誰にも支配されない者 という意味だった。
つまり巫女・女神官・女神の体現者たちのこと。

で、日本でもそのような立場の人がいて、ミカドすら物言いができないほどの権力者だったようです。
ミカドはこの誰にも支配されないものと寝ることで、権力を得ていた。
という話を聞いたことがあります。
後に彼女らは娼婦とされ、地位を落とされ、蔑まれるようになってしまいましたが、これは古代日本に限らず、中東・パレスチナ地域でも同様の現象が起こっていた。


あとは、、、、
信者はイエス様 イエス様と神の名前をイエスとしてみだりに唱えていますが、本来は神の名前をみだりに唱えてはならないと神は言ったことになっています。
イエス様 イエス様 と唱え十字架を拝んでいる地点で、神に反逆していえることになるが、何故か反逆している神をあがめているという矛盾がある。

ちなみにイエスという名はギリシャ語のイエススから来ているようで、ヘブライ語ではイエシュア。日本語に直すとヨシア。

聖書にはまるで別のように書かれています。
ヨシアといえばヨシア王。何故イエス王と呼ばないのでしょうか。
何故別名で呼ぶのでしょうね。

インマヌエル、エルが神のさす言葉ですから、神の名前を直接言っていないので、これは○。

イザヤ。
私 ヘブライ語に疎いのですが、ジュダヤ、、、、ユダヤ。
ヤが神を表す文字ですから、ユダ族の族長か????

アブラムも神聖文字Hがついてアブラハムになったし。。。。
つまり、人間が聖なる人とされたとき、Hがくっつくので、ユダって人が預言者になってユダヤ(イザヤ)ってなったのでしょうか。


とまあ、つらつら考えてみました。
ご参考までに。
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あなたがこの問題に対してどのような観点から聞きたいのか多少不明な点がありますが、私の理解した観点からお答えしますね。



まず最初に、イエスは生きている間は「インマヌエル」と呼ばれたことは一度もありません。

 では、なぜ、このイザヤ書の預言個所、インマヌエルがイエスのことだと解釈されるのでしょうか?
それは。イエスの死後、初期のクリスチャンがイエスのことを「神」と信じていたからなのです。このことはヨハネの福音書の冒頭の部分を読むと良くわかります。(ここでいう「言葉=ロゴス」とはイエスのことです。)

 インマヌエルとは「神がわれわれと共にいます」という意味です。
当時、ユダヤ教のバックグランドでは、神は全知全能遍在普遍、唯一絶対の存在であり、人の形をとって地上に現れるなどということは絶対に考えられない、認められない考え方でした。

だが、12弟子をはじめとする初期のクリスチャンはイエスを受肉した神と信じたのです。つまり、「神がわれわれと共にいる」と信じたのです。

だから、その後のクリスチャンにとっては、まさにイエスは「主がわれわれと共にいます=インマヌエル」と呼ばれる存在でした。

イエスが実際にインマヌエルと呼ばれたことは生前は一度もありません。
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史実のイエスについては、何も分かっていないというのが答えになります。


色々な研究にも拘わらず、ユダヤ教・キリスト教関連の書物以外に客観的にこれがイエスであると思われる史料は何も無いのです。
旧約・新約聖書から外典(正式な聖典とは認められていないけど、関連した教典)に書かれてある記述は、とてもアヤフヤであり、何処までが歴史を記述してあり何処までが寓話(教訓的比喩・作り話)であるかも、腑分けすることはほぼ不可能です。
極端な話、教団として体裁を整える過程で創られた空想の人物である可能性も捨てきれないのです。
なので、イエスが子供の頃にインマヌエルと呼ばれていたのかは正確には分からないのです。

ただ、歴史的イエスに近づこうとした作家に遠藤周作という人が居ます。
彼の著書「イエスの誕生」によれば、「イエス」という名前は当時のユダヤ人の間では当たり前の名前だったそうです。
日本で言えば「太郎」とか「一郎」みたいなモノでしょうか。
なので、実際に「インマヌエル」と呼ばれていた可能性は低いかもしれません。
因みに、現在よく見る「イエスの顔」は5世紀以降くらいにビザンティン帝国美術の影響を受け出来上がった空想上の顔なようです。
聖書にはイエスの顔についての記述が無いうえ、当時はイエスの顔をあからさまに描いて崇めることをしなかったようです。
その後、異教徒に布教させる目的から偶像を重視するようになり、結果今のイエス像(ギリシア的面貌)が出来上がったそうです。

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82 …
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イエスの子供時代を書いたものはありません。

イエスが30才になってからの弟子たちの福音書に書かれたイエス生誕にまつわる話などは正確というよりは半分つくり話でしょう。父ヨセフと母マリアの子供はインマヌエルと呼ばれていたことは間違いないですよ。これは預言の言葉ににしたがっているからですね。イエスという呼び名は30歳にして伝道を始めたころに呼ばれるようになったのでしょうね。ユダヤ人は預言に忠実だから「ヨセフに精霊がおりてイエスとなずけよ」というマタイによる福音書の記述は作り話と思いますね。父ヨセフが預言者として認定されたことはないですね。平凡なかただったんだと思いますよ。むしろイエス生誕については十分に預言を理解していた一派がいたということでしょうね。
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 その誕生が予言されていたときの名が「インマヌエル」です。

新約聖書の「マタイによる福音書」の第1章および旧約聖書の「イザヤ書」第7章ですね。

http://members.jcom.home.ne.jp/wadamsm/Emmanuel. …
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この回答へのお礼

ありがとうございます!
預言されていたかより、実際に子供のころにそう呼ばれていたかの記述はあるのでしょうか?
よろしくおねがいします。

お礼日時:2007/04/21 17:28

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