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「ご遠慮ください」は正しいと思うんですが、「ご遠慮します」は正しいですか?
遠慮するのは自分なのでごを付けるのはおかしい気がするのですが、
遠慮しますだと不躾な感じがします。
自分が遠慮するのを丁寧に言いたいときはどうしたら良いのでしょう。
ご回答よろしくお願いします。

A 回答 (10件)

>「ご遠慮します」は正しいですか?



正しいはずがないでしょう。相手に向かう言動であれば必ず「ご」や「お」が付けられるなんて、そんなルールはありません。そういう傾向があるだけだ。

反対とか反論とか、相手に対するものであるに決まっているけど、これら、「ご反対します」とか「ご反論します」とか云うの、耳にしたことありますか。ないでしょう。

反論や反対は現実的には相手の感情をほぼ必ず害する行為であるから、「相手に向かう言動であるから大切に扱う」なんてのがごだのおだのごときでお手軽簡単には成立せんのですな。

殺す相手が敬意の対象であるときに「お殺しします」とか「命をお取りします」なんて云いますか。云いません。云ったら知能が常人並みでないことを表現してしまう。そんな簡単な言い方じゃ普通の人のセリフとしては駄目に決まってる。「お命頂戴つかまつります」とかなんとか、しつこく重複重畳させなかったら敬意なんて伝わらないよ。先方にとっちゃ一番迷惑なこと、最悪のことをしようってんだから。

で遠慮。遠慮ってのはなんだろう。二者の都合もしくは意向もしくは欲望が衝突しそうなときに、現実に衝突することを予見しそれを回避するべく弱そうなほう負けそうなほうが引き下がることだ。ってったって実際に争いにまで持っていけば勝敗はひっくり返るかもしれないし、ひっくり返らないとしても勝者もせずもがなの損害を被ることは窮鼠猫を噛むのたとえのとおりに大いにありうる。

馬鹿や気違いと戦うくらいアホらしいことはないんで。ご遠慮ください、とは遠くまでおもんぱかりせよ、広く遠くあまねく見通してください。賢いあなたなら、損得勘定できるでしょ、あんたが必死になったらこっちもそりゃ傷つくだろう、でもあんたは必ず死ぬよ。死なないまでも大損するよ、損害が多いのはそっちだよってな含みで、「ご遠慮ください」という発語がなされたりするわけで。

遠慮とは遠き慮りなきものは必ず近き憂ひあり、なんて云うとおり、遠い将来まで予見すること、見通すことさ。愚人凡人にはほんらい出来ないことさ。高所大所から見渡して、高遠にして超凡なる判断を下すことさ。本来的にはね。

自分のことに使えるわけないよね。であるからして、

>遠慮しますだと不躾な感じがします

なんて感じ方は間違いです。ぶしつけだからこそ成立するのです。偉そうに云うのなら、遠慮は自分のことに使えるのです。「遠慮しま~す」とか「遠慮しときま~す」、こんなのならざらに聞くでしょ。ご遠慮しますなんてどうかご勘弁願います。
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No.6です。


あっぱれ科学的態度には、なかなか好感が持てますが
言葉というのは無理矢理ルールを決められるものではありませんからねえ。

「ご+遠慮」 の箇所だけなら使いようもありますが、
ご質問の 「ご+遠慮+します」 はダメだと思いますよ、やっぱり。

この回答への補足

みなさまご回答どうもありがとうございます。
予想以上の回答の数に驚いております。また、内容がなかなか難しくて、すぐに個別にお礼ができなくてすみませんでした。
ただ、今回質問してみて、まず“遠慮する”というのがそもそもどういうことかわかっていないで、単に言葉の上だけで考えていたことに気がつきました。
取り急ぎこちらの補足欄でお礼させていただきます。

補足日時:2007/06/28 15:26
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ご、を3用法に分類して説明するのはもう停止(やめ)にしませんか?


すべて一本化しましょう。
そしたらほら、すっきりした!

ご遠慮しますもOKです。

相手を配慮、たてるとき→尊敬
行為、動作、様態などをたてるとき→丁寧
自分を相手より相対的に低める→謙譲

3番目は、実際は自分を「貶めている」のではなくて、「遠慮する」だけだと「不躾」な感じがしてしまうことを「恐れ」るので、その名詞や動詞を「丁寧」にすることによってそういった効果を薄らがせるのです。

したがって、従来3用法とされてきた「ご、おん、み」ですが、すべて「丁寧」の用法に収斂できます。

これこそが科学的態度ではないでしょうか。
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はじめまして。



No.2で詳しく回答されている通りです。わかりやすく説明の補足をします。

ご質問:
<「ご遠慮ください」は正しいと思うんですが、「ご遠慮します」は正しいですか?>

正しいです。

確かにこの場合「遠慮」は自分の動作です。

しかし、遠慮は「相手」に対してする動作です。

従って、「遠慮」という動作を受ける「相手」に対し、敬意を払うことも必要です。

ここでは、「遠慮」という自分の動作が、「相手」(No.2の方の説明によれば「向かう先」)に及ぶ意味で、相手に敬意を表し、「ご遠慮」と言っているのです。

「ご遠慮」の「ご」は自分の動作につきますから、文法上は「謙譲語」の用法になります。「謙譲語」とは、自分の動作を下げることで、自動的に相手を上に持ち上げる効果がある、修辞法です。

ちなみに、
「ちょっとお尋ねします」
「お邪魔致しました」
「ご連絡します」
などの用法も、同じ用法になります。

「尋ねる」「邪魔する」「連絡する」これらは自分の動作ですが、相手にもその動作が及ぶため、その相手に対する敬意として、謙譲語の「お」「ご」が使われているのです。

以上ご参考までに。
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「ご遠慮します。

」という表現が
実際使われている例を見てみると、
ただ単に自分本位に

  「やめときます」     (遠慮させていただきます)
  「やめといてください」  (ご遠慮下さい)

と言っているのと大差ない、そんな幼稚な印象を受けてしまいます。

遠慮という言葉に込められた
「相手への配慮」の感覚が欠落していて、
どうふるまえばいいのかわからない人の対人的な迷いが、
伝わってきてしまいます。

  (配慮したいと願う、その意思は感じられはしますが、
   こんな表現を使っていたのでは伝わってこないです。)

公用文書にもこの表現が見られるのであれば、
あるからいいんだ、といばらずに、
訂正してほしいですね。
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自分の感覚で、自分自身の行動に「ご遠慮」と言うのが違和感があるのであれば、使わないことです。

あなたの言語感覚は美しいと思います。

「遠慮します」でも、それほど不躾ではないと思いますが、気になるようでしたら、「遠慮致します」「遠慮させて頂きます」で良いのでは。

間違って、「ご遠慮」を口にしてしまった場合は、現代では「許容される用法」と割り切って、次の機会から注意する、というような軽い気持ちで対応すればいかがでしょうか。

最近、会社では若い人が言う「ご提案」が氾濫していて閉口しています。おじさんは、「私の拙いご提案」を聞くたびに、おぞましく感じます。指導者の誰かが、プレゼンのときの「ご提案」を推奨したのでしょうね。

原則は単純で、自分の動作に「お」「ご」を付けるような感覚があるはずもなく、誤用が広まっただけです。「お礼」「御礼(おんれい)」「お願い」はかなり年季の入った誤用で、近代から誤用とは意識されずに使われています。要するに「馬鹿丁寧な誤用としての敬語」が市民権を得るという一般的な傾向が、現在加速度的に進行しているのです。平成の公式見解として、他の解答欄にあるように、この種の「お」「ご」が大幅に許容されることとなり、いまに「ご自信」のある「ご回答」が氾濫することになるでしょう。

蛇足ながら、一昔前非難された、「おりんご」「おだいこん」「おにんじん」「おごはん」なども、違和感が無くなる日も遠くないでしょう。

よい日本語を使いつつ、よい人間関係を保つには、自己に厳しく、他人に甘く(誤用を許容する、誤用を咎めない)が鉄則かと....
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公的な機関の判断や推奨では、この言い方はアリだとされています。

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相手の言葉に即して言えばいいのじゃないですか?


お茶いかが? 「水分控えています」 お食事は? 「おなかいっぱいです」。どちらも「ご遠慮します」ですむ言い方だが「ご遠慮します」(英語ならノーサンキュー)は意思で拒否の意味持ちます。
通信販売なら(決まって)3日以内に入金しない方の「お買い求めはご遠慮します」という表記はふつうです。

質問がそういう日常的なことでなく、古典の授業みたいな「帝(みかど)おわします」のような尊敬語、復古主義的な身分意識に基づく言葉使いなら別の解釈できるでしょう。
わたしは「尊敬語」は大嫌いです(^^) ていねいな言い方、やわらかい言い方、敬意を払う言い方はあってよく否定しませんが、尊敬語に謙譲や控え目(格差)もとめるのは時代錯誤です。

NHKがラジオ放送で放送局周辺の言葉を「標準語」と称し、神奈川県では大学出たばかりの教師や教育委員会がPTAの運営主導権のために方言追放運動したことある。「そうじゃん」「いいじゃん」使うと子どもに罰です(親と同じ言葉使うな!)。「東京に行けばいじめられる」「就職すれば不利」といいながら地元民や漁師の言葉バカにしただけです。都市から移住した親はそれを容認し同調した。小学校に運動の表彰状や石碑が残っています。(犬にご飯「あげる」連中が作ったわけです)

隣りの小学校では方言で教えていた(教師の質の差です!) いまではそういう表現での「教師の子どもいじめ」はめずらしいし、「**ジャン」は学生の言葉から若者言葉で全国に広まった。

ある言葉使う使わないは国民の自由だから「ご遠慮します」でいいし、「遠慮します」「遠慮させていただきます」「次のときはよろしくお願いします」でもいいでしょう。
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専門家は、


「ご遠慮します」はやや不自然で、「ご遠慮申し上げます」の方が一般的落ち着く。(「敬語」菊地康人 講談社学術文庫)
としています。

自分側の物事や動作を表す敬語(いわゆる謙譲語)に、「お/ご」を使うのは”場合によって”正しいと言えます。どのような場合に正しいと言えるのか。自分の動作が<向かう先>を立てる場合(あるいは<向かう先>のためにする場合)です。詳しくは下記をご覧ください。
次はつい先日ご回答申し上げたものに加筆し、訂正したものです。よろしかったら参考になさってください。

接頭語「お」や「ご」は、尊敬語、謙譲語、美化語(以前、「丁寧語」とされていたものの一部)の三つの敬語を作ります。

例文で見ていきましょう。

「お礼を言います」
「ご報告を申し上げます」
…「礼」も「報告」も、文中では自分側の行為(動作性の名詞)です。よって、この「お礼」や「ご用件」は謙譲語です。
「お」や「ご」は謙譲語には使わないという俗説が世間に広まっていますが、それは明らかな間違いです。

なお、「ご報告をいただいた。」という場合の「報告」は相手側に属するものです。よってこの「ご報告」は尊敬語です。

まとめれば、

(1)相手を立てたり(尊敬語)、自分をへりくだったり(謙譲語)するのではなく、自分の言葉遣いを飾る場合……美化語
例「【お札】を数える。」「【お菓子】でも食べようかな。」「(保育士が園児に)○○ちゃんの【お誕生日】をお祝いしましょうね。」

(2)相手側の人物の物事や動作を高める場合……尊敬語
例「【ご返事】をいただく。」「お釈迦様の【ご誕生日】。」「【ご立派な】【お姿】に感動する。」「先生から【お手紙】をいただく。」

(3)自分側の人物の物事や動作をへりくだる場合……謙譲語
「【ご返事】を差し上げる。」「先生に【お手紙】を差し上げる。」

このように、同じ形(上例で言えば、ご報告、ご返事、お手紙)でも違った敬語に分類されることもあるのです。

以上は、去る二月二日、国から発表された「敬語の指針」(文化審議会答申)に基づいてご説明したものです。全文は参考URLをご覧いただくとして、ご質問に関連したところをコピーしておきます。

>【16】自分のことに「お」や「御」を付けてはいけないと習ったような気がする
が,「お待ちしています」や「御説明をしたいのですが」などと言うときに,
自分の動作なのに,「お」や「御」を付けるのは,おかしくないのだろうか。
これは,どう考えれば良いのだろうか。

【解説】自分側の動作やものごとなどにも,「お」や「御」を付けることはある。自分の
動作やものごとでも,それが<向かう先>を立てる場合であれば,謙譲語Iとして,
「(先生を)お待ちする。」「(山田さんに)御説明をしたい。」など,「お」や「御」を
付けることには全く問題がない。また「私のお菓子」など,美化語として用いる場合
もある。
「お」や「御」を自分のことに付けてはいけないのは,例えば,「私のお考え」「私
の御旅行」など,自分側の動作やものごとを立ててしまう場合である。この場合は,
結果として,自分側に尊敬語を用いてしまう誤用となる。

参考URL:http://www.bunka.go.jp/1kokugo/pdf/keigo_tousin. …
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こんにちは。


「遠慮」という言葉を使う場合でしたら「ご遠慮させて頂きます」のような言い方は如何でしょうか。
そのような言い方は耳にするように思います。
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