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僕は『武士道』にすごく興味があります。大河ドラマを観てて自分を置き換えても義理で命を賭けて戦う事なんてできません。最近は『君を忘れない』(特攻隊)を観て国の為に自ら敵監に突っ込むなんて今、戦争が起きても出来ない。怖いって気持ちはなかったのでしょうか?新渡戸稲造の『武士道』を呼んだのですが、難しくて理解に苦しんでいます。『特攻隊=武士道』かどうかは解りませんが、何か繋がりがあるような気がします。武士道について解りやすい本があれば是非読んで見たいです。誰か教えて頂けますでしょうか?

A 回答 (6件)

武士道に関連する本はいろいろと出版されていますよね。


新渡戸稲造や三島由紀夫は言うまでもなく、最近では藤原正彦さんの「国家の品格」がベストセラーになりました。

個人的感想ですが、数ある書群の中で私が一番すっきりした武士道の定義だと感じたのは、作家・司馬遼太郎氏のことばですね。
「武士道とは何か」をテーマにした司馬氏の『峠』という作品があります。
この作品で司馬氏が取り上げているのは戦国時代の「もののふの道」ではなく、三百年の朱子学の教養が生んだ江戸末期の武士道ですが、主人公の越後長岡藩家老・河井継之助は日本の開国と将軍を頂点とした武士階級の消滅はやむを得ぬ時代の趨勢であると明確に予見しながらも、長岡藩の存続と日本の内乱を終息させるため万策を尽くし、こと破れます。
藩の命運を一身に負ったギリギリの段階で、陽明学の信奉者である彼は「義」と「利」という二つの選択肢を前にしてためらうことなく「義」を選び、新政府軍を相手に凄惨きわまる北越戦争に突入し滅んでいく…

司馬氏はこの作品のあとがきで、武士道とはつまるところ「人はどう行動すれば美しいか」という美学なのだと語っています。
幕末以降サムライという言葉が世界中に伝播したのは、彼らが独特の民族衣装に二本の剣を差してチャンバラをするからではなく、他に類型のない美的人間として世界が珍しがったからであろうと述べ、「幕末期に完成した武士という人間像は、日本人がうみだした、多少奇形であるにしてもその結晶のみごとさにおいて人間の芸術品とまでいえるように思える」とも語っておられますが、今日我々が抱くサムライ像の中には確かに命を懸けた美の教徒とでも呼ぶべき凄烈な美しさを見い出すことができる。

もしまだこの作品をお読みでなければ、お暇なときにご一読されてみてはいかがでしょうか。

最後に、命を懸けて戦うなどとてもできないという質問者様のご感想はしごく当然のことだと思いますよ。

幕末に散った武士たちにとって「滅私奉公」は至上の正義と美であり、命はそれを遂行するための道具にすぎず、幼少時より切腹の作法とともに「見苦しい振る舞いはするな、死ぬべき時には潔く死ね」と叩き込まれながら、彼らは命より尊いもの、命を捨てても守るべきものがある、という「命以上の価値観」を疑いようもなく信じ持っていた。

それに対し戦後の日本において私たちが受けてきた教育は「命より尊いものなど何一つない」という生命至上主義であり、戦後の民主主義教育のもとで私たちが教えられてきた正義は、自由と個の尊重という名の「滅公奉私」です。そのような戦後生まれの日本人にとって、己の利益のために命を懸けることはできたとしても、自己に直接名利をもたらさぬもののために命を懸けるなど、難儀この上ないことでしょうからね。

生きることそれ自体に目的や価値があるのではない。気高く美しい志にこそ目的と価値はあり、命はその手段にすぎない…
サムライとはそのような信念に生きた人々だったのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

有難う御座いました。司馬遼太郎さんって幕末についての本を沢山書かれている人ですよね。友達からも良いって聞いてました。
taishi1さんのおかげで一押しされた気分です。ずっと悩んでたので・・・読ませていただきます。

お礼日時:2007/10/13 14:00

私が昔勤めていた会社で一時期いた部署は、社内で有名な殺人的な忙しさの部署でした。

私はそこに配属になり、最初は逃亡したいくらい嫌でした。しばらくして、私は別の部署に異動となりました。そのとき、私は上司に「(異動は)嫌です」といってしまいました。異動になれば、朝早くから夜遅くまでの激務から開放されるのにも関わらず、です。なぜそんなことをいったのかというと、一緒に苦労を共に働いていた人たちを捨てて異動する気にならなかったのです。

ただ、特攻隊の気持ちというのは武士道とはちょっと違っていたと思います。戦争で、しかも戦況は悪いですから、毎日のように死んでいく人たちがいるわけです。空襲で一般市民が死んでいるのを目の当たりにすれば「なんとかしたい」と思うでしょう。そのうち、同期の戦友なんかが特攻隊で出撃して帰ってこなくなります。あいつもあいつも出撃したのに俺が死ぬのが怖いといっていつまでも逃げているのはいいだろうかという気持ちにもなるでしょう。しかも明日敵の空襲があって死んでしまうかもしれません。同じ死ぬなら、敵をやっつけて死にたいと思うのも不思議ではないでしょう。

「葉隠」や「武士道」などが書かれたのは、実はそんな立派な武士道が現実としてすっかり失われてたという事情があるのです。現在、「女性の品格」という本が売れています。なぜ売れているかというと、女性の品格が失われているからです。失われているから警告の書として世に出たのです。「葉隠」なんてまさに同じです。
江戸時代初期に、お取潰しになった藩の浪士が仇討ちを行いました。ご存知忠臣蔵です。しかし、大勢いた赤穂藩の浪士のうち、結局武士道を貫いたのはたった47人だったわけです。特に、高給取りだったはずの幹部クラスでは大石内蔵助ひとりだけです。後の人たちは、なんだかんだいって参加しなかったわけです。さらに、江戸時代に100を超える藩が取り潰されましたが、ひとつとて幕府に異議を申し立ててろう城したとかそういう藩はありませんでした。
昔の人だからってスーパーマンだったわけじゃありません。ご存知ですか、今、「明治男」というと気骨のある男のことを指しますが、明治時代には「明治男」というのはふ抜けたお坊ちゃんのことを指す言葉だったんですよ。
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この回答へのお礼

有難う御座います。昔の人は皆が同じ志を持っていた訳じゃないのですね・・・赤穂浪士の話しでそう思いました。
eroero1919さんが言ってる通りどうせ死ぬなら敵をやっつけたい!!とその状況がになったらそう思うかもしれませんね。
僕もこのような質問が来たとき、回答が出来るように勉強したいと思います。本当に有難う御座います。

お礼日時:2007/10/10 21:27

 武士道には私も興味があり、少し調べていますので私の意見等々も含めながらお話させていただきます。


>>新渡戸稲造の『武士道』を呼んだのですが、難しくて理解に苦しんでいます
 明治の文化人に共通することですが、西洋的なキリスト教道徳を良しとする思想の影響を受けています。それは新渡戸稲造の『武士道』も例外ではなく、本当の意味で武士の理想を書くことを目的としていません。新渡戸稲造は武士道の本質を「義」と定めて道徳体系として見て、江戸時代の儒教道徳の体系を、キリスト教道徳に類似する部分を恣意的に抜き出し並べ替えたものといえます。

>>大河ドラマを観てて自分を置き換えても義理で命を賭けて戦う事なんてできません。
 こういった行為は「忠」という言葉で表されるようですが、今日においての忠は上に無批判な絶対的な服従という、悪しき封建制度の代名詞のように見られているようです。確かに形骸化した忠はそういった面も否定しようがありません。しかも、そのような武士道は明治に入ってから日清日露の戦いを契機に、軍人や言論界から盛んに「武士道」の復興を叫ぶ議論が高まっています。新渡戸稲造の『武士道』もその一つです。しかし、それは実態を欠いた近代武士道であって、江戸時代以前の武士道でいう「忠」とは異なっています。
 合戦が日常の場であった武士にとって「忠」を尽くす相手とは、その戦場の最前線で戦ってくれる者に対して向けられます。つまり、「忠」は「君主のために命を捨てて戦う」というよりも、「君主とともに命を懸けて戦う」という意味が強いようです。このとき君主は戦闘者であり軍略家であり、それも家臣より抜きに出た強者であることが求められます。君主が命をかけて自分たちを守ろうとしてくれるからこそ、自分たちも君主を命がけで守ろうとするはたらきが生まれます。それが「忠」となるのでしょう。

>>最近は『君を忘れない』(特攻隊)を観て国の為に自ら敵監に突っ込むなんて今、戦争が起きても出来ない。
 こういったことは現代を生きる私たちも他人事としておいておける問題ではありませんが、武士道という視点から言えば刀をもって戦っていた時代の「忠」とは違ったものといえるでしょう。
 
 また、先の回答かたで「武士道というは死ぬことと見つけたり」という言葉を出している方もいらっしゃいますが、この言葉は死ぬことが武士の本懐であるというように受け取られていますが、そうではありません。戦場においてどんな卑怯なことをしてでも生き残ってやろうと考える多くの者は、卑怯なことを考えているうちにスキができ殺されてしまいます。逆に自分間すでに死んだ身だとすることで、何事にも動じることなく立ち向かっていくことができた者のほうが生存率は高かったようです。つまり、「武士道というは死ぬことと見つけたり」は生き残るための言葉であって、死ぬための言葉ではありません。

 私の感じたことをつらつら述べさせていただきましたが、こういった視点がすべてではないとは思いますが、こういった武士道の見方もあります。これについては
『武士道に学ぶ』 菅野覚明
なんかがオススメですかね。探せばこういった書は最近かなり出ていると思います。どうぞ参考にしてください。

長々書き連ねましたがまとまらぬ文章のため、文意を読み取っていただきたく思います。
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この回答へのお礼

有難う御座います。「忠」とは「忠義」って事ですか?
僕は「武士道」を大まかに考えていました。けど、結構複雑なんですね。
かなり昔なのですが特攻隊の基地に行ったことがあったのですが、僕よりも年下の子が・・・って思い理解に苦しみました。「日本国の為に」って・・・その根性は一体どこから生まれてきたのかすごく不思議でした。
生きている環境が違うからでしょうか?これから沢山の本を読んで勉強したいと思います。

お礼日時:2007/10/10 21:18

いきなり新渡戸稲造では難しいのでは、、、、


武士道に興味があるってことは歴史小説なども好きなのかな?
でしたら隆慶一郎さんの『死ぬことと見つけたり』が一押しですよ。
いわゆる『葉隠れ』の世界を噛み砕いて解り易くした小説です。

蛇足ですが、この作家は少年ジャンプで人気だった『花の慶次』や
『影武者徳川家康』もこの人の原作です。
『花の慶次』の原作である『一夢庵風流記』も面白いですよ。
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この回答へのお礼

有難う御座います。僕は幕末の小説は読んだ事があります。「死ぬことと見つけたり」ですね。一度読んでみます。

お礼日時:2007/10/10 21:09

 いわゆる洗脳です。

明治20年代~戦争に負けるまで、天皇は生きている神「現人神」として、子どもの頃から叩き込まれたのです。
 全ての小学校には天皇の写真(御真影)を入れた堂(奉安殿)が作られ、登下校の際に教師も子どもも深々と最敬礼をさせられた。

 不謹慎かも知れませんが、今の北朝鮮に似ています。将軍様の為なら命を賭して戦える。将軍様の命令なら、犯罪的な行為でも遂行できる…
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この回答へのお礼

有難う御座います。北朝鮮に似ているでんですね。分かる気がします。

お礼日時:2007/10/10 21:06

「武士道というは死ぬことと見つけたり」 「武士道残酷物語」「武士道の逆襲」など(検索すれば詳細がわかります)

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この回答へのお礼

有難う御座います。参考にさせて頂きます。

お礼日時:2007/10/10 21:04

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