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テレビ局のヒッチハイクや無銭旅行ものに対する疑問
このごろ、全国ネットやローカルものでも、タレントを無銭旅行やヒッチハイクで一般人に車で目的地まで送らせたり、宿泊させたり、食事をおごらせたりといった企画が結構あるように思います。
テレビ局は充分な制作費があるにもかかわらず、一般人の善意を利用して安易な企画をしすぎると思うのですが、みなさんどう思いますか?
プライベートで一般人がヒッチハイクしていれば、助けてあげたいとか自分では思います。また、ヒッチハイクでなくても一般の番組でタレントでなくてもレポーターがいろいろ訪ねて歩いていれば充分協力する気持ちはあります、でも企画で本人は無銭で宿泊するところにも困り野宿などもして苦労している(という役柄ですが)のに、同行スタッフは、さっさと宿にかえってしまう、・・・まあ、これもそういうことになってるだけで
実は、タレントもその後ちゃんと宿に泊まっているのかもしれませんが
どちらにしても、あまり素直に気持ちよく番組を見ることができないのは
自分だけでしょうか(いやなら見なきゃいいだろうといった回答は無用に願います)
回答(4件)
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一言、言わせて下さい。
ヤラセか、そうで無いかの問題は措いときまして、
人々の善意的な感動を伝える為に、わざわざ番組が、そういう場面を設ける訳ですよね。
実話モノの、{感動モノ}を作る為に、わざわざ、「一般の人々の善意にお世話にならなくてもいい人」を、番組の企画で無理やり「お世話にならなければいけない人」にするわけですよね。
これって、同じ日本テレビの「愛は地球を…。」のマラソンやるのに似てないですかね?
私は、間さんの頃から、「何で走らないといけないの?」と思っていました。
(別に、間さんや西村さん等に他意はないですが…。)
走る事自体は立派なのですが、なんか、走るのに特別意味ある事とは思えない、
「何でわざわざ走るの?」なんか、感動させる為に走ってるとしか思えない。
番組の主旨は、世界の平和と愛でしょ?だったら、「キツイ、バイトしてそれを募金したほうが生産的でしょ?」って思っちゃう。
(以上、戯言でした。おそまつ様でした。)
この回答への補足
おそらく見ている人を感動させるためにマラソンしているわけですよね。
だから、どうなの?走ったらかといってそれが募金にどう繋がるのって思いますよね。
よく謎の生物の探検とか、埋蔵金とかいろいろテレビでやっていますけど
番組中でも、ついに世紀の大発見なのか?などとあおっていますが、みてるほうは、あるわけねえだろ、あれば先に新聞なんかで報道してるだろがって思っちゃいますよね。
それに番組の中で多くのボランティア(日当はでなくても放送局から顎足くらいはでているのかもしれないが)が、一生懸命募金をうったえているんだけど
同じ場にしっかり高額のギャラをもらっているタレントや放送局の局員(多くは下請け業者が安い請負費で無理やり請け負わされているのだろうけど)
といっしょにでてますよね、しっかり番組のスポンサーをつけて、
番組の制作費のほうがよっぽど、募金より多いんじゃないの?っておもったりするんですけどね
まあ、あれだけ無理やりにせよ善意を訴えかけるから、調子にのった視聴者がその気になって寄付行為をするんだろうなと思ったりします。
実際、身の回りにも福祉施設に車椅子がのれる福祉車輛や移動BATH車なんかが
送られていてやくだっているんですけどね
(ただ、福祉施設もよくえらんでもらわないと、経営者は贅沢しまくっていて
そんなところに、寄付なんてしなくってもいいんじゃないかな?って思うようなところもあります、もっと困ってる施設に品物はいいから、集まった金を贈ってやれよって思ったりします。)
No.3ベストアンサー10pt
>充分な制作費があるにもかかわらず、一般人の善意を利用して安易な企画をしすぎると思う
この言葉に、激しいほど同意します。
私も、ヒッチハイクものは、日本テレビのはじめの作品で少し見ただけです。あとは見ていません。時々チャンネルを合わせると、時々のぞきましたが、最後まで見たことはありませんでした。
やらせかどうか、については、受け手の判断に任せればよいのだと思います。出演者は、野宿したこともあるでしょうし、病気もあったことでしょうし、生死の境をさまよったかもしれません。
一方その裏には必ずカメラマンもいたでしょうし、日記、手記などは帰国後でも書けますし、「たまたまであった親切なおじさん」は、下の回答にもある通り、あらかじめスタッフがお金を渡して契約した、地元の人かもしれません。(同僚の家族は、オーストラリアに在住で、本当にそういう撮影に立会い、出演費をもらったそうです。)
しかしそんなことよりも問題なのは、やはり、一般の方の善意を当てにして、移動したり、食べ物を食べたり、という姿勢です。
私はどうも先回りしてみてしまう性格で、ああいったものを見ていると、「自分もタレントにああいう風におねだりされたら、善意で答えなくてはいけないのかなあ。」などと、変な気持ちにさせられてしまいます。
最初のヒッチハイクのシリーズを放映していたとき、どなただったかが、その番組の主題とも受け止められることを言っておりました。「ぎりぎりの生活をせざるを得なくなったとき、その人の本質は表れる。そんな時、手を差し伸べてくれる人がいると、人間の心の温かさって、なんと素晴らしいものだろうと実感する。」
この手の番組をずっと見つづけた人は、きっとドキドキはらはらしながら、同じように、人の心の温かさに感銘し、一種憧れに近いものまで抱いてしまうかもしれません。でも私は反対なのです。実生活において、ヒッチハイクは危険極まりない地域がいっぱいです。料理を食べさせてほしいなどと、見ず知らずの人に頼めるようなシチュエーションなど、ほとんど考えられません。テレビカメラが回っているから、仕方なくご馳走しているように、私には映ります。実際どうなのかは別として。
そう考えると、やたらに温泉旅館に泊まって、ご馳走をほおばっているタレントのやっている番組も、質は同じですね。
この回答への補足
やらせであるとか、演出であるとかバラエティーなんで、まあそれは構わないんですけど、あまりにも錯覚しすぎるようなものはいかがかと思いますよね
自分の地域に取材に来たいとかあれば、まあ、協力もしますし、名物が在れば食べてももらいたいし、まわりにスタッフがいるにもかかわらず、金持ってないからなんか食べさせてくれとかいったようなものには協力したくない気がしますよね。
あるお料理紹介番組なんかは、制作費の低減のために、ワンカメで、一日別の場所4箇所で4本とってるようなHardなものまであります
タレントも最後のほうは結構おなか一杯で大変なようです
地元らしい料理をと頼まれたほうも、やったことないのに、マグロの兜焼きとかいって、浜でマグロの頭の丸焼きをやったりとか、結構無理して要望にこたえる
地元の人もいるんですよね、大変なんです。(笑)
No.2ベストアンサー20pt
TVのあれはヤラセが多いですよ。
小生、某途上国で
「おいらは日本人に友達がいる!」と言って写真を見せてくれた。
あ!○○だぁぁあああ!とわかりました。
おっちゃんは「○○ドルももらってとても嬉しかった!」とニコニコ顔で話してくれました。
「何人位のグループだった?」と聞くと、「10人以上は居たなあ・・」とのこと
後に知ったのだがそのオヤジがテレビに出ていたのは紛れも無い2人だけの無銭旅行者!!!
それでわかった・・・・
ヤラセ・ヤラセと聞いていたが、まさか小生がTVに出た人の良い(?)おっちゃんに出会ったことで、あれは作話だったってことを・・・
と・・・・知りました。
この回答への補足
なるほど、思わぬところでボロがでるものですね。(爆)
まあ、バラエティーなんでヤラセという表現がピッタリかどうかは
別の見解としても
自力で全米デビューするまでアメリカで頑張るといってアメリカの町中で女性歌手(K原朋○)が野宿するなんてありましたけど如何考えても危険すぎるし、普通プロダクションがゆるさんだろっておもいますもんね
それに、男性2人組の歌手が極寒のロシアの町中で路上に放置された車の中で宿泊するして、同行スタッフはさっさとホテルに帰っていくとか・・・自分がプロダクションの社長ならこれが本当のタレントの扱いならば人としてゆるさんだろとおもいますしね、そんな車の中で寝られるくらいなら、地元の人も暖房のかかった部屋で過ごさないよなって思いますよね
たしか、飛行機代などを提供してくれる人をメールで全世界から募集して目的地まで旅行するなんて、人を舐めたような企画までありましたよね
なんで、テレビ局の利益のために出演者の旅費までださんといけんのじゃ?って
素直に思いますよね。
善意を利用していると捉えるか、善意を伝えてそれを見る側に伝えるか、
の違いだと思います。
一方的な善意をテーマにして企画するのは構わないと思うのですが、
なんにせよヒッチハイク物はもう飽きてきましたね。
この回答へのお礼
実際に困っている旅行者であれば、できるかぎり親切にしたいと思っているのですが、タレントが困っているといいながら、遠巻きに撮影用のワゴンが停まっていたり・・・ワゴンがあるんなら、それでいけばいいじゃんか?テレビ局の奴らが親切にしてやれよと、ひややかに感じてしまうのは自分だけでしょうか
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