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http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1106945 …
江戸とか昔の話でなく最低でも明治以降の話でお願いします。
日本による差別とは、そして差別の解消とは何なのでしょうか?
北海道の土地をアイヌに返せとかそういうことですか?

A 回答 (6件)

基本的には国民感情の解消に努めよって意味のようですよ。


北海道では結構差別が残っていたり、国会議員が「単一民族」とか「大和民族」とか発言するのは教育がなっていないからで少数民族を規定した条文を憲法に入れろとか新法をつくれとか、アイヌ語の研究資金が打ちきりになったのを再開しろとか。

純血もいない、文字もないので文化が残っていない、ネイティブスピーカーがいない、住む土地がない民族がどのように保護されるのか気になります。
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>アイヌに対する差別て何? チベットと中国のような差別は存在しないと思うのですが



こちらに似たような歴史が書かれています。

http://www.k3.dion.ne.jp/~kamishin/Ainurekishi.htm
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福井県在住北海道出身、いわゆる次世代アイヌです。


親がいないため、何世代前の話になるのかわかりません。
多少、アイヌの血が入っています。
ずっと北海道で施設に入っていました。
同じ施設に、アイヌのご兄弟がいました。
アイヌということで親が職場で壮絶ないじめに遭っていらしたようで耐え切れなくなり蒸発し、それで施設に来た、とのことでした。
昔の人間がどういう理由でアイヌ民族を嫌っていたのか知りませんが、「土地を返せ」とかそういう問題ではないと思います。
元々北海道は、アイヌが先住ですし。
要はルックスと、言語の問題です。
ルックスは、確かにいわゆる日本人とは異なります。
また、古くから伝わる独自の言語もあります。
それだけに、「一応は日本語を喋るが、本心は何を考えているかわからない」という印象をもたれるようで、そんな程度の理由による差別です。
質問者様のいうような、そんなご大層な理由などないように思います。
差別とはそんなもんで、ただの子供の発想です。
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アイヌ民族は明治政府の同化政策により日本人に組み込まれました。

同化政策により遺伝子は残りますが、民族としての独自のアイデンティティは失われ、民族としては絶滅したと思います。民族が絶滅させられたわけですから、差別も残っていません。
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アイヌは足の裏に毛が生えているから


いっしょに遊ばないのだそうです。

もちろん、人間は足の裏に毛は生えていません。
その子は風呂場で必死に足の裏を洗い続けているそうです。

元々、毛など無いのだからいくら洗っても無駄です。
でも、毎日洗い続けます。

>日本による差別とは
犬畜生扱いです。

>そして差別の解消とは何なのでしょうか?
卒業名簿を見て、アイヌはどれだ?
「こいつとこいつと、こいつ。」
全員を「指せる」と言う事実です。

根深い差別と言う思想です。

見えない心の傷は「合法」です。
差別は存在しないと思うのですが。

それは「合法」です。

私は思います。
犬畜生にも劣る人種だと。
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19世紀末からつづいた「北海道旧土人保護法」と、その下での政策全般に対する異議はあったでしょうね。


その法律は、保護と名がついていますが、実質的に日本の一部とみなした(別の言い方でいうと、日本人への同化政策)ため、アイヌそのものの文化や慣習、権利が守られるというものではなかった、ということへの異議はあると思います。

時代はどうしても昔にもどらないといけませんが、東北北部にいた蝦夷(えみし、えぞ)という人々は、日本(倭)の政府の制圧対象になっていたような立場の人で(7世紀の蝦夷征伐とか、シャクシャインの戦い)、当時和人は、彼らを和人とは別の人々、別の民族、あるいは人種として捉えていたと思います。反乱があった点は異なるものの、松前藩や日本政府のそれは、薩摩の琉球に政治や文化統制と、似たようなものがあったかもしれません。
その後は、彼らの一部の人々は、日本人と混じっていき、別の人々は、北海道などで彼ら独自の文化を発展させていきました。

ロシアは17世紀頃にはすでに西側から南下政策をとっていましたが、幕末の日本にもペリーの頃より前から何度も来ています。そして北海道に上陸しようとしていたところを、アイヌだけでは戦えず、日本の松前藩が交戦しています。日露戦争より、ずっと前の話しです。

アイヌは東北北部も含め北海道地域に住んでいたものの、日本側は実質的に彼らが自主独立はしていない土地で、本州の防衛線であるべき北海道に責任をもっていないと考えていたと思います。彼らアイヌからすると、自分たちの土地に日本が入ってきたと見ていると思います。
これは中国が、チベットの文化(奴隷制労働も含め)の中に漢民族の文化のまま踏み込んでいき改革し、チベットは貧しく自立できないと考える中国と、片やもともとチベット人がいた土地にはいってきたのは中国のほうだと考えるチベット人では、意見が異なるのとおなじです。

「北海道旧土人保護法」は、時代が時代とはいえ、アイヌをアイヌとして認めていたわけではなく、あくまで日本側の視点でつくられた法律でした。この法律は、アイヌ出身の議員、故萱野茂さんの国会での働きかけで、1997年に新しい「アイヌ文化振興法」が施行されるまで、100年近くも存在しつづけていた法律でした。法律があったということは、その名のもとで、その記述にそってアイヌ人を扱えたということです。
つまり、アイヌをアイヌとして認めていない法律、アイヌの人権を認めていない法律(日本人としての権利はあった)が、最近まであったわけです。
また、日本は、蝦夷が存在したことや、日本に対する反乱があったことは歴史書にはでてくるものの、アメリカの原住民のように、「アイヌは日本の土地にいた原住民である」とアナウンスしていないため、これがアイヌを原住民として日本政府は認めていない、といわれているのだと思います。また、教科書も先住民とは教えていないのではないでしょうか。

つまり、アイヌを日本人として扱えるという差別が可能になる法律が最近まであったため、(チベット人が中国人であるというのと同じ。国籍の問題ではなく、エスニック=民族の違いを認めていない問題)、アイヌに対する差別はあったと考えているのだと思います。

私はどちらかというと右よりですが、アイヌについては、日本が沖縄の人々が昔は琉球王国という国があって、その国の人々であったと認め教えているように、アイヌもそのような言い方をしても問題ないとおもいます。
琉球の場合、琉球国王と琉球国の名前が書かれた、琉球の国書がいくつか残っているため(尚円王の書状など)、だれも否定できないのですが、蝦夷は6世紀とか7世紀あたりにはすでに制圧がはじまっているため、国としての形が確認できないのが琉球との違いなのですが。
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