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最近、若いフルコン空手をやっている後輩にオリンピックから空手が外され残念である話をしたところ、「俺、寸止め空手は興味ないっすよ。オリンピックから外されたのなんて!」と言われましたが、フルコン、伝統とかでなくて、空手としてなにか寂しいような気がしました。原点の「空手」は同じではないのかと!
空手といえば、今日、特に本土では実戦空手が大変多く普及されております。街の道場も伝統空手よりも実戦空手の道場が多いような気がします。特にその代名詞とも言える極真会館がその根源にあると思われます。その為、一部は型競技は除外されているところもあると聞きます。空手は昭和初期に沖縄から紹介され普及したものですが、実戦空手をされている師範クラス、特に空手の歴史的背景や歴史上の人物を理解された方々は、本土伝統空手を除く、現在の沖縄の空手、琉球古伝唐手をどの様なイメージでとらえているのしょうか?最近、本土や海外から源流を知ろうとする空手家達が沖縄に足を運んでいるそうです。

A 回答 (4件)

昔々、剛柔流をやってました


今はフルコンで頑張っています

伝統空手のイメージですが、「怖い」が正直なところです
フルコンは怖くありません

両方嗜んだ者の意見でした
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
伝統空手が「怖い」イメージとは以外でした。
フルコンタクトの方が過激に見えるので怖いと思っていました。
両方ご修行された方の意見だけに真実の意見と理解しました。

お礼日時:2009/11/02 22:19

#3です。



結論を書き忘れました。

・・・云々、を踏まえて、前述の表現を正確に言いなおすならば、「大男が容易に相手を破壊できるのがフルコン、女子供であっても技によって相手を破壊できるのが伝統」という印象を持っています。

以上が、柔道経験者が、フルコン、伝統の選手と対面したときに感じた、印象です。
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お邪魔します。


空手ではなく、柔道経験者の立場からですが、私見を。

打撃を中心に置かない柔道にとって、空手は、単純に「殴られたら負ける」という相手になります。これは、極めてシンプルな直観です。
それを前提に、いわゆる「フルコン」といわゆる「伝統」の違いを述べるとするならば、大きくはタフネスに違いが見えます。当てるか止めるかの違いは、当てられるか、当てられないかの違いに至るため、耐久力、頑丈さ、に大きな違いを感じます。
乱暴な言い方をすれば、大男にしかできないのがフルコン、女子供でもできるのが伝統、という分類になります。
が、本質は、違う部分にあると感じています。対面した場合、フルコンの選手が比較的大きい範囲(感覚的には「面」)であててくるのに対して、伝統の選手は小さい範囲(感覚的には「点」)であててくる印象があります。(経験ないですが、もしも味わうとすれば)ハンマーで破壊されるのと、拳銃で破壊されるのとの違いでしょうか。

もう一点、歩法や間合いなどに、大きな違いを感じます。フルコンの選手が、「触りたければ触れ。組みたければ組め。その瞬間に、壊す」という対面の仕方をするのに際して、伝統の選手は「触らせない。あなたの間合いになる前に、私の間合いを作り、壊す」という対面の仕方をするように感じます。
ごくごく端的に言えば、伝統の方は、間合いが遠いです。フルコンの方は間合いを近く感じます。

さらに、比喩的な表現を用いれば、伝統の選手の間合いや歩法には、剣道の選手と対面したときに近いものを感じました。フルコンの選手の場合、「当たると痛いが、耐えて組めば、勝てる」という印象を持ちます(耐えて組む、が至難ですが(笑))。一方、伝統の選手の場合、「組む間合いを作らねば、負ける」という印象を持ちます。

以上が、空手外部からの、印象の違いです。

歴史的には、それぞれの重みと意義を感じます。

お邪魔しました。
それでは
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べつにどんなイメージであろうが良いではないですか。


むしろ、あなたがイメージを下げています。
この質問は単に「後輩に賛同されなかったのが面白くない」
というだけの話しに見えます。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。当方がイメージを下げているようであれば申し訳ありません。しかし、「後輩…」云々でもなく純粋に「質問」なのでご回答いただける方はまことにありがたいと思います。

お礼日時:2009/11/02 22:26

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