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≪これから映画をご覧になる方はこの質問は読まないでください≫

主人公は最後、死んだと思いますか?
ゆきの子供がエンドロールで出てきますが、主人公との間の子ではないと思われますよね?

A 回答 (4件)

古代は死んだような印象でしたね。

エンドロールでも居なかったし。
でも万が一続編が出るとしたらいくらでも「脱出してた」って言えるでしょうね。

正直あのラブシーンが唐突で解せない感じでした。仲が良くなった描写も無いうちだったし、まだそこまで心許してないのでは?と思わされましたね…
シナリオの薄っぺらさを感じました。だからあの後押し倒して画面暗転したとしても、Cまで行ったとは到底考えたくないです。
ただ単にキムタクだから許せたのか?って感じになります。だから最後の子供は古代の子ではないと思いたいです。
その後平和な生活の中で他で出来た子であると思いたいです。大体1回きりで子供が出来る可能性低いです。
それか、毎夜毎夜部屋を訪ねてはやってた??は~やだやだ。

宇宙戦艦ヤマトをよく知っている人なら理解できる映画だったでしょうけど、全く知らない人が見たら、ヤマトは何が他の戦艦と違ってすごいのか、そのすごさを物語る説明か何かが足りないので、あまり興奮しないです。ヤマトのありがたみが分かりにくいです。後の方で「設計図をもらっただけだ云々」とか言ってますけど、初めての人にはあまりピンと来ないです。特に泥の中から発進するまでの間に、ヤマトの得体がよく分からないのはイタイですね。興奮があってお待ちかねの発進であるべきじゃないでしょうか。イスカンダルの技術を搭載した第二次世界大戦の戦艦大和という説明は発進前に役者にしゃべらせておくべきです。それが遊星爆弾で干からびた海のそこから現れて、イスカンダルのエンジンを搭載して数百年ぶりに復活するんです。それが今泥の中から発進するんです。その説明が欠けていたのではないかと思います。

波動砲も簡単に撃ちすぎじゃないでしょうか。あれはスペシウム光線みたいに奥の手で取っとくべきです。遊星爆弾は普通の主砲で爆破できるはずです。見せ場がそれだけ薄くなったと思います。

ワープの戦法とかはなかなか良かったですけどね。興奮できました。

イスカンダル着くの早すぎと思いました。もっとも2時間半の映画では仕方ないのかもしれません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。確かに、二人の恋が急展開すぎて、あまりしっくりきませんでした。(なので質問させていただきました。) 短い時間でいろんなエッセンスを凝縮しようとしてた感は、確かに否めまなかった気がします…。全体的には面白かったですが。。

お礼日時:2010/12/25 12:39

あの結末の流れ、テレビアニメ版ではなく、映画版の、さらば宇宙戦艦ヤマトだったか、雪と古代進が艦長席に並んで乗って敵に突っ込んで行く、と言う結末にアニメが劇場版にありますが、そのストーリーを参考にしているという印象でしたね。



と言うよりも、娯楽作品としては楽しませてくれて、私は既に2回見に行ってますが、全体のストーリーは、過去の作品のいいとこ取りみたいな印象ですね。キャストの性別や性格設定の変更、本来最初のヤマトには出てこない隊員の設定(空間騎兵隊は後からの作品に出てきます)など、アレンジされた部分が多ですからね。

作品としては、楽しく見られる良い作品になったと思います。

ストーリーを素直にそのまま受け入れて観る、考えるならば、あのラストシーンは、沖田の亡骸も乗せたままですので、古代は体当たりで戦死、ヤマトも爆発して消滅、以降のシリーズ化は、アニメ「宇宙戦艦ヤマト 復活編」のように新造ヤマトを建造した、古代はイスカンダル戦で戦死した、と言う設定ででも作らなければ、新作は作り得ない、と言う終わり方ですね。

また一般的な、素直な見方で言うならばですが、第三艦橋を雪に切り離させた後に、似たシーンがアニメでもありましたが(戦闘中第三艦橋が消失するシーン)、アニメでは必ずその回の最後に復活してましたが、実写版では最後まで復活しなかったこと、昔(昭和20年代くらいまで?)の映画やドラマは「男女が抱き合って、画面が暗転したら、その後のシーンは二人の子供が出来ている(あからさまなSEX描写はしない)」と言う流れ方がありました。

今回の実写版、過去のシリーズを見た世代に再度という考えと、そうした年代が今は親となっている世代なので、親子で鑑賞して欲しいという意味合いもあったと思います。

子供に親が一緒に鑑賞させたくても、現在の大人が観る映画などのようなあからさまな性描写ではと言う考えもあったのでしょうね、雪に無茶な命令だったとわびた古代とのシーンは、この昔のシーンの作り方から観客が持つ心理的な受け取り方を、上手く使ったなと感じました。

一般的な受け取り方は、他の方ではないですが、エンドロールの時の子供は、古代進と雪の間の子供である、と言う受け取り方が普通ですね。あの子供が古代の子供でないとなると、あのシーンがあまり意味を持ちません。古代が戦死することで緑の地球を後世に残した、と言うことの象徴としてのシーンですから、あの子供が古代の子供でないのであれば、シーンに登場させても、その存在意味が薄れます。

古代は戦死したが、雪の心の中に生きている、だからあのシーンで雪は草原を見つめている。そして雪の生きる糧になっているのが、古代との間の子供が生まれたこと(この証明にママと呼ぶ子供が出てくる)であるというシーンですから。

初めて観たとき、エンドロールで最初に森雪が山の稜線に経っているシーンになったとき、古代がいなくなったことを嘆いて自殺するシーンかと、一瞬ヒヤッとしました。その直後に子供が出てきてホッとした、古代との間に子供が出来ていたんだなとホッと出来たシーンでした。

あの子供を古代の子ではない、と受け取られたご質問者様の感じ方が、私は理解に苦しみました。
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この回答へのお礼

うーん、そうですね。確かに素直に受け取れば主人公の子ということでいいんだとは思ったんです。しかし、ユキがさっきまで主人公をよく思ってなかったのにいきなりキスして子供まで作るとこまで行っちゃったというのが、なんとなく、物語的にできすぎていて、結果ありきの物語展開というか。私の個人の希望としてはリアリティがほしかったというか(笑)
タイタニックが映画になった時も、主人公の二人のエッチシーンが(ヤマトよりは)あからさまにありましたが、主人公は自らの命を張って愛する人を守り、その結果いつまでも愛する人の心の中で支えとなって生き続ける…そして愛する人は幸せを見つけ暮らしていく…みたいな流れでしたが、私にはその方が現実に近く、かつ近いから切ない、心に残る思いがありました。
ヤマトはもともとアニメ、タイタニックは現実の話をモチーフにしたものだから、そこはちょっと違ったのかな、とも今は思ってます。。
ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2010/12/25 12:34

今回は第三艦橋が復活しなかったことも考えると、生き返る可能性は低いのではないかと思います。


古代だけじゃなくて、沖田(の遺体)も一緒に消滅してますからね、旧シリーズのように神でなかったも通用しないでしょう。

>ゆきの子供がエンドロールで出てきますが、主人公との間の子ではないと思われますよね?

ワープの時にブラックアウトして、「あそこでやっちゃったのね」が一般的な認識だと思いますが、もしかすると今後は古代の霊が降りてきたりするのかな(宗教団体が絡んだりして)。

それより、アナライザーがイスカンダル/ガミラスで壊れちゃった方が、私には大問題、実はコントロールユニットだけ回収していてほしい。

でも、ヤマトって、AI艦じゃないのね、コスモゼロにアナライザー挿してスターウォーズのX-WINGのようなAIファイターにしていたのに、何故、ヤマトにはAIが無かったんだろう。
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この回答へのお礼

なるほど、ご回答ありがとうございます。 

お礼日時:2010/12/25 12:23

あれは、映画の文法的に考えて、古代の子だと思います。


普通に考えれば、誰の子?となりますが、映画ですから、見ている人の知らない子とは、とても考えられません。
もちろん、他の出演者の子というのも無理がありすぎです。(島の子とか言ったら無茶すぎですよね?)

だから、あの、ワープの時(古代が雪を押し倒したとき)の子であるとしか考えられません。
個人的には、とても受け入れられない展開ですけどね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。やはりそこは素直に受け取るところなのですね…
確かに実際には「うまくいきすぎだろ!」ってとこもありますが…

お礼日時:2010/12/25 12:22

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