西尾の由来は、西条や煮る塩ではなく、尾島城(小島・尾花)の西である可能性。
西尾城の前身とされる西条城は存在せず、徳川が奪取する以前、今川時代から西尾城である。
当然、鎌倉時代の足利氏が築城したわけがない。
西尾の中心部は、幡豆郡熊来郷である。クマク神社と同じ読み。
西尾市天竹町に、木綿など到来していない。日本後紀に三河漂着とあるだけ。
三河万歳は安城より古いと言いながら、なぜか徳川(安城松平家)に合流している。
八ツ面山は、戦国時代は荒川山と呼ばれていた。
西尾のお茶の歴史は鎌倉時代からの古いものであるとしながら、
平安時代の本朝文粋には、安城の別郷廃寺(薬王寺)に既に茶園があると記述されている。
三河三都・小京都・城下町と称し、悠久の歴史を誇るかのような宣伝をしているが、
古代の古墳時代は、安城の古井・桜井の古墳群に西三河の中心があったことが考古学の発掘調査で
すでに結論が出ている。
名鉄西尾線は、前身が西尾線で、西尾鉄道の岩瀬がつくったと宣伝しているが、碧海電気鉄道の新安城~西尾が主体である。
岩瀬文庫は、国立国会図書館・国立公文書館に所蔵されていないような地元のあやしい本がいっぱいで、
デジタルアーカイブで一般公開されていないため、史料価値が検証不能。

A 回答 (3件)

質問者さんは一度「歴史学」をまともに学んだ方がよいでしょう。


質問者さんがいわれるようなことを「ねつ造」というなら歴史学や学説は成立しません。

●安城の古井・桜井の古墳群に西三河の中心があったことが考古学の発掘調査ですでに結論が出ている。
○あくまで「現存している古墳」と「発掘調査された古墳」での話。未知の古墳が存在していないという可能性は否定できないから「結論が出ている」のはあくまで「現状での学説・定説」にすぎない。
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それがどうした。



主義主張の表明場所じゃないですから、ここは。
よそでやってください。
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物理で習ったのですが、



エーテルは存在しません。は小学生。
マイケルソン・モーリーの実験で無い事が証明されています。 は中学生。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%BC% …(%E7%89%A9%E7%90%86)

エーテルとは何か?
それを知る事が重要なのだそうです。

光が真空中を進むには媒体が必要です。(現在でも)
その媒体をエーテルと称しました。


アリストテレスが唱えたエーテルは19世紀まで否定されなかったのです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%BC% …(%E7%A5%9E%E5%AD%A6)

物理学は何も無い(媒体すら存在しない)所を物質や電磁波(光や電波)が進む事を容認しません。
これをすんなりと説明したのがアルベルト・アインシュタインです。


貴方はアインシュタイン(歴史)は間違っています。
と知識を見せびらかして自慢していますが、専門家はどう見ているでしょう?

それが物理学(歴史学)であると認識しているでしょうか?
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