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僕は時々デッサンを個人的に描いたり、年に1回の講習会に参加させてもらっています
ここから愚痴っぽくなってしまうのですが、自分がおかしいのかどうかお聞きしたくて…

僕は画塾の先生方に色々言われるのは全然イラつかなくて、むしろなるほどなぁ…と思うんです
理由は、「ここがおかしい」とハッキリ言ってくれるし、それを直すためにテクニックとかアドバイスをくれるからです

でも学校の美術の先生にはすっっごくイライラしてしまうんです
「おかしい」と言ってくれるのは嬉しいんですが 、「ここがおかしい」みたいにハッキリ言ってくれなくて
おまけに、「アレだよね」とか「ファー」とかよくわからない表現しだして…まぁ、ここまでは全然我慢できるのですが

一番イラっとくるのが言うだけ言ってなにもしてくれないことなんです
1年のときから「デッサン教えてあげるよ」「これ教えてあげるよ」って言ったのに一向に教えてくれる気配なし
「教えてください」って言っても流されます
おまけに、褒める?煽てる?ことを沢山してきますが裏では色々言ってて
僕はそれをされるたび「あはは」って喜んでるふりして内心毎回げんなりします

あとかなり色んなことに対して無責任なんです

あとおまけに話が長くて起承転結がなくて何言ってるのかわかんない!気分屋!!

被害?は僕だけじゃなくてその先生のクラスの人達とか部活の人達とかいるらしいんですが


会話の例です

先生「ここさぁおかしいよねぇ」
自分「あ、そこ僕もおかしいと思ってたんです」
先生「ここなんでこんなふうになるの?デッサンてさぁ、自分の都合で やっていいもんじゃないんだよね」
「大体さ、違う先生と喋ってきたんだけどこんなんで美大入ってもまともに仕事できんのって話だよねwwwできるわけないでしょ?wwwこの程度作業もできない人がさぁwww美術の世界は厳しいんだよ先生達の時代は(ry」
自分「(またか、我慢して聞いていよう…)」
先生「先生達の時代は(ry」
自分「(ちょっとは先生らしく技法とか教えてくれてもいいんじゃないの?)」

まだまだ技術も未熟ですし、クラシックバレエを長年やっていましたし、絵も下手ですが長い間携わってきました芸術系の厳しさも少しだとは思いますが、理解しているつもりです…


やっぱり僕がおかしいんですかね…


長々と失礼しました

A 回答 (7件)

起承転結のはっきりしない、かつ長々しい過去の話をされるのは、イライラすることでしょう。


的確かつ適切なアドバイスがないと、どうやったらデッサンが「上手く」なるのか、見当もつかず困惑するだけです。
質問者さんの、いらだちと困惑がよく分かります。


ただ、個人的には、先生の気持ちも分からなくはないです。

アドバイスをしたとしても、それが必ずしも相手にとっての問題解決につながるものでもなかったりします。
簡単に言えば、アドバイスも大事かもしれないけれど、もっと大事なのは自分で試行錯誤する中からヒントを得る、ということです。
ですので、手っ取り早く技法を教え、教わった通りのことしかできないようになってしまうと、例えば美大に進学した先で、「自分で考えてみる」ことができずに苦労します。


過去、受験生を指導したことがありますが、わりと正確にモチーフなどのカタチを取れる子でしたが、ただ技巧的には決して「上手い」わけではなく、じっくり時間をかけてデッサンをしないと見栄えのするものにはならない状態でした。
いくつか、その子にデッサンのテクニックを教えたりもしましたが、一応耳は貸すものの、本人はその技法を用いることはありませんでした。
なぜ、教えたテクニックを使わないのか、その方が時間短縮になるのに、と聞いてみたところ、その子は、
「私は、自分で納得した方法で描きたいからです。だから、教わった方法に納得ができない状態では試すことができません」と答えました。
最後までテクニック的な上手さはなかったものの、素朴ではあるが誠実なデッサンを描き、その子は現役で合格していきました。
なので、ゆっくりであっても構わないですから、自分で考え、納得する方法を探すように心がけた方がいいと思います。

先生のアドバイスは、そうした「自分で考える」ことを促すためのきっかけ、と考えてみれば、質問者さんがこうして「愚痴っている」ことも、あながち悪いことではないように思います。


また、まったく別の観点から言えば、高校の美術の先生は画塾の先生とは違います。
部活動や授業時間外の指導などで美大を受験したい生徒にデッサンを教えたりしているかもしれませんが、それでも、高校の美術教育の延長でしかないと思います。
ですので、画塾のように美大受験に直結するような指導をしていないのかもしれません。
もしも、質問者さんが美大に進学したいために指導を受けたいのなら、そうした決意や要望をもっと強く伝えた方がいいかと思います。
先生の側としても、本気で美大受験に向けての指導とするのか、まだまだお試し的なノリでデッサンを描いているのか、つかみきれていないのかもしれません。
その先生が本気での美大受験のための指導に切り替えたら、ともすれば、質問者さんが実力的に不足していることなどをもっと厳しい言葉で指摘し、描く枚数やペースももっと速くなるなど、精神的に余計に辛いものになるかもしれません。
仮にそうした指導になったとき精神的についていけるのかどうか、質問者さん自身で、改めて考えてみた方がいいと思います。
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 補足


もし貴方が自らの作品に対し、最初から箸にも棒にも掛からない落書きと同じなどと評されたら、どう感じますか?。
 美術系という特殊性があるのかもしれませんが、どうも貴方には自分の方が相手よりも数段格上とのスノービッシュな部分があるようにも見えます。
 高校の美術教員ならば、美大系に在籍しそして教職課程を履修してきたはずです。その意味からすれば、学校教育の中での「美術教育に携わる者」としての目線と同時に自らもかつてそうであった美大生としての本分との複眼目線を持ってもいて、貴方にはわからないかもしれませんが、そうした複眼視点で見ているから、相手を傷付けないための配慮をしているともいえるでしょうね。
 絵画のプロからみたら、それこそ見た途端にゴミ箱行きの扱いになる可能性を持っている対象を態々説明してくれているのですから、それだけでもありがたいはずです。
 もっとも近年の教員はそれこそ工場製品同様に均質性を求められてもいますから、腑抜けの集団と言えなくもありません。本当ならば、小学生段階から落第をシステムとして導入していけばいいのですがね。そうすれば自惚れも成績不良も幾らかは減少するはずですから。
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あなたはどちらかというとまじめな人で、自分を批判的に捉えている意見のほうを受け入れやすいタイプかもしれません。

ですので私はあなたの言うことが妥当だろうという意見を書いておきます。

私は小中高で5人ほどの図画、美術の先生に習いましたが良かったなと思うのは二人でした。「美術があるだけマシだろう?」と言わんばかりの高校も珍しくないと思います。

美術の受験予備校なんかだと気に入らないからクラスを換えてもらうなんてことも可能ですけど、一般の学校ではそれはできませんし、それができないのにも合理性はあります。一般の学科でもダメな教師に当たることはあるのと同じです。学費に対する対価のわかりやすい美術予備校ですら今思えばどうにもならない講師の方が多かったように思います。

美大とかの専門教育と高校の美術は同じ基準では語れないです。それに美大などでは“美術の先生”はたくさんいて、“自分としては捨てる”授業や教員も選べるわけですし。
作品を見てもらう人は段々と選ぶようにして行った方が良いし、実際そうなるものです。それは最初から自分に口当たりの好い意見をえり好みすることとは違うのはたぶんすでにいろいろな先生に習ってお分かりになってきていると思います。自分が見てもらいたい所をきちんと見られない人とは本質的に合わないのです。(あなたが「この人はうわべだけを褒めている」と感じていることはたぶん当たっている)

学歴や画歴の問題ではなくてその先生は研究や心がけが足りないように思います。
高校生ぐらいになったらこの先生はダメだという自分なりの判断を持つことも大事だと思います。
まあこういうのは運ですし画塾に行ってるんですからそのおっさんとは適当につきあっておけばいいし学校のクラブは辞めても良いように思います。しかしその人のコンプレックスをいたずらに刺激するようなことはなるべく避けた方が良いと思います。あなたが内心バカにしているのを感じているふしが見られます。そういう所だけ敏感な人なのでしょう。
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この回答へのお礼

回答していただきありがとうございました
部活のほかにも色々トラブルがあったせいか、どこか内心馬鹿にしていた部分があったのは正直否めません、、
指摘していただきありがとうございました
助かりました

お礼日時:2014/09/19 22:22

 それは貴方自身にプライドがあるからでしょう。

実際にプライドほど邪魔なものも他にはありません。相手から何かを学ぶには、先ず頭の中を真っ新にしてから接するのが「学ぶ者の姿勢」としては基本です。
 自分が何もかも知っているとは限らない。それを知って知らずかの貴方の方に僕は苛立ちと同時に幼稚さを感じます。
 
 >「ここなんでこんなふうになるの?デッサンてさぁ、自分の都合で やっていいもんじゃないんだよね」
これはまさにドンピシャの回答でしょう。デッサンの目的から意味まで全てを端的に説明もしているのですからこれ以上の指導もありません。画塾の講師と学校の教員では最終目的がどこにあるのかとの違いもあります。画塾の講師が持つ目的は学校に利益をもたらすことであってそれができれば、全て完結もします。
 けれども学校の教員ならばそうは簡単にいきません。成績評価から部活とやらの無駄な時間に割かれる労力もあります。そして美術の教員が美術の授業数が不足しているからといって他科目からコマ数を譲ってくれといってもそう簡単に右から左へと物を流すようなわけにもいきません。

>やっぱり僕がおかしいんですかね…
おかしい、と言うよりも知らないと言った方が適切ですね。「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」。
「~のつもり」という言葉が実際には相当に曲者であることを勉強して下さい。
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この回答へのお礼

回答していただきありがとうございました
たしかに今この質問を見返してみると、ただイラついていただけの幼稚な自分だとわかりました
Tanuhachiさんの言葉で気づかされました
ありがとうございました

お礼日時:2014/09/19 22:14

美術で一番いい先生は、「何も教えない先生」です。


美大では、ほとんど教えません。

自分で悩み、勉強し、考えろ。
ということです。
何せ、答えなどないのですから。

例えば、「芸大に入れるようになるデッサン。ムサ、タマに入れるようになるデッサン」というのは教えられます。
けれど、デッサンそのものには答えがないんです。

私が何を言っているのか理解できないかもしれません。

「教えたり、手をくわえる、型にはめる」のが一番楽なんですよ。
伸びる、成長するのを見守るのが一番大変なんです。
それで成長しないなら、それまでの人間だということです。
(また、ここで「成長」と言う言葉を使っていますが、プリミティブ(原始的、稚拙な)アートという世界もありますから、成長しない、原始に帰るということも、一つの方向性なので、むやみに教えられないのです)

少しでも伝わればよいのですが。
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この回答へのお礼

伝わりました!
Kowazaさんのお話を聞いて考えが変わりました
もしかしたら先生もそういうつもりであえて言わなかったのかもしれませんね、、、
回答していだきありがとうございました

お礼日時:2014/09/19 22:11

できることと教えられることは違いますからね。

いいところ見ていると思いますよ。
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あなたの文章を読む限りでは、その先生が昔学生だったときにされたことと同じようなことをあなたたちにしているのではないかと思いました。



「今の子は恵まれすぎていて、何だか気に入らないわ。」「私の頃はとっても厳しかったんだから。」って常に思ってそうです。そんな感情が入った状態で、まともに学科を教えられるとは思えません。なので、あなたがおかしいのではなく、その先生がおかしいと思います。

先生に限らず、何を言っても耳をかさない人っています。そういう人に理解を求めても、火に油を注ぐようなもので、ますます事態はひどくなってしまったりします。あなたのように話を流すのがいいでしょうね。

自分が信頼できると思った先生についていけばいいと思います。
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この回答へのお礼

回答していただきありがとうございました
質問以外のことですが、ほかの部員の悪口をその部員がいないところで言うなど、別な件にもイラついてしまっていてあんな幼稚な質問をしてしまったと今見返すとそうおもいます、、、
先生のアドバイスはよく聞いて、ちょっとそれは違うんじゃないか?といういようなことは聞き流したいとおもいます

お礼日時:2014/09/19 22:27

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