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良心の呵責と仕事について

知人などから、ひどいパワハラ、顧客に悪いところを伏せメリットしか言わない販売、ノルマ達成のための強引な営業など幼い頃に習った道徳とはずいぶん違う仕事の話を聞きます。本来仕事って顧客を幸せにしてその対価をもらうものではないでしょうか?
会社や家族を守るためって言って、詐欺ではないにしろフェアではないやり方で手にいれたお金で子供を養っていて心は痛まないのでしょうか?

パワハラ上司がどんな顔して家庭に帰ってるんだろうって本当に思います。どこでそういう精神のバランスを取っているのでしょうか?
正しいことを正しくするという世の中にはなぜならないのか不思議です。

こんなことがあったとか、こうやって折り合いつけているという皆さんの気持ちや実例、考え方等を教えてください!

A 回答 (4件)

心の均衡を保ちたいときは、自分は美味しいものを食べ、コンビニ等で好きなものを買い、


時間をとって見に行きたかった映画をみたり、マラソンをします。

一番重要なのは睡眠と、笑うことです。

お金を稼ぐというのは、人間社会のサバンナの平原でエサを探すということです。
法律というルールはありますが、平和だからこそ皆自分の利益を少しでも高くしよう、楽をしようとするのです。

自給780円で20万を稼ぐのと、自給1500円で20万を稼ぐ、社員で固定給で20万だが、
サービス残業が酷いというのでは意味が違ってきますよね。

まずは、人のことを考える前に、現実を見つめるとその背景が見えてきます。

皆守るべきものの為に仕事という世界で戦うからこそです。

自分を守るのか、妻を守るのかは同じです。

自分がいなければ他人を傷つけませんが、自分がいなければ妻も家族も、これから誰かを幸せにすることも出来ません。

生きる、愛するということはそれ自体が慈悲深くありながら、狂気なんです。
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この回答へのお礼

生きる、愛するということはある側面狂気ですよね。確かに。
愛する家族を守るためなら、確かに自分や他人を殺すことはできます。
余裕がなければ他人に同じように愛情を注ぐことはできないかもしれません。

お礼日時:2015/04/21 19:15

おじさんです。


とてもいい質問だと思います。
あなたは、きちんとした道徳観念をもったご両親のもとで素直に育ったのだと思います。
ところが、社会を見ると、教えられてきた道徳から外れたこと、人、が多いことに驚いているのかもしれませんね。
でも、あなたの疑問は間違っていないと思います。
「フェアではないやり方で手にいれたお金で子供を養っていて心は痛まないのでしょうか?」
→それは二つに分けられると思います。
 一つ、道徳観念をもった人は心が痛んでいることでしょう。
 一方、道徳観念をもっていない人は心が痛んではいないでしょうね。
「パワハラ上司がどんな顔して家庭に帰ってるんだろうって本当に思います。どこでそういう精神のバランスを取っているのでしょうか?」
→これも上記の二つによって違ってくると思います。
「正しいことを正しくするという世の中にはなぜならないのか不思議です」
→私も若い頃はあなたと同じ疑問をもっていました。
 でも、分かったことが一つありました。
 ある大企業に、出世するためには手段を選ばない人がいました。
 この人は子供の頃に家が貧しく、このために苛められたり、悔しい思いをしていたようです。
 そして、思春期頃から、今に見ていろという気持ちが強くなっていったようです。
 大学受験もこの強いモチベーションで勉強するから、その頑張りも物凄かったようです。
 そして、国立大学、一流企業に入ってもう一直線に突き進みました。
 でも、役員になって大きな権力を発揮しましたが、人々から尊敬されることはありませんでした。
私も、このような人を尊敬することはありませんね。
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この回答へのお礼

両親のことを誉められて照れます。

苛められたことをバネにして出世しても
本当の意味で人がついてこない。

とても悲しく同情してしまいます。
幼い頃の負の遺産は、死ぬまでとれないものなのでしょうか。
もっと若いうちにそのコンプレックスはとれなかったのか、
世間に求める承認欲求がずっと満たされなかったんですね。

いじめなど不条理なことが無くなると、まっすぐな頑張りが評価され、
人の尊敬を集めることになる世の中が実現されそうですね。

お礼日時:2015/04/20 20:54

お礼ありがとうございます。



> 綺麗事でいかないのはやはりそれは顧客が悪いのでしょうか?

顧客だけとは限らないですよ。
また「相手が悪い」「上司が悪い」「会社が悪い」「社会が悪い」・・なんて言うのは、「自分は悪くない」と言ってる様なモノで、パワハラ上司と大差はないと思います。

悪い顧客とでも付き合って、会社の利益にしろ!と言うのであれば、会社も上司も悪いでしょうし。
それに従う自分も共犯者かと思います。
逆に自社も、ある会社から見れば顧客であって、ソチラから見れば、悪い顧客かも知れません。

更に、「そう言う悪い会社とは、取引しない!」なんてのも、格好は良いですが・・。
それで社員の給料が安いとか、もし倒産でもすりゃ、社員やその家族とか、株主、取引先など、大勢に迷惑をかけてしまいます。

むしろ、下劣な取引相手などに対しても、仲間や家族のために、自分のプライドを曲げ、頭を下げて取引するなどにこそ、崇高な「理念」や「理想」が必要だと思います。

さもなきゃ、理念も理想もプライドも無く、下劣な相手とも「儲かりゃ良い」と、喜んで取引する様な企業や人格が、社会にはびこっちゃいますしね。

他人は余り関係は無くて。
自分はドロまみれになっても、崇高な理念などを失わずい居られるか?
安易に儲かる「汚いやり方」などが転がっている中で、自分はそう言う方法を選択せずに居られるか?
そう言う話じゃないでしょうか?

どんな卑劣や俗悪でも、上司は上司で、顧客は顧客。
それらに対しても、自分は最低限の敬意を持って振舞いつつも、反面教師にも利用したりして、最後は「自分はどうなるか?」「自分はどうするか?」だけだと思います。
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この回答へのお礼

下劣な取引相手などに対しても、仲間や家族のために、自分のプライドを曲げ、頭を下げて取引するなどにこそ、崇高な「理念」や「理想」が必要だと思います。ーーーー

なるほどそういう考え方もあるのですね!
やっぱりかっこよくあるためには
例えば下劣な相手に頭を下げなくて良いような圧倒的な力が必要なのでしょうか。
すごく勉強になりました。
今のところ不本意な相手に頭を下げたことはありませんが
そういうときこそしっかり理念を持ちたいと思います。

お礼日時:2015/04/20 20:48

> 心は痛まないのでしょうか?



「痛まないヤツ」がやってるんでしょう。

ただ・・ブラック企業は別として、そこそこまともな企業では、パワハラ上司など、大して出世してませんよ。
言い換えれば、逆説的ですが、大して出世していないフラストレーションを、部下にぶつけて、「精神のバランスを取っている」って感じです。
私に言わせりゃ、「だから出世しないアホ」なのですが。

それは当たり前の話で、社長や役員になる様な人は、隙が無いんですよね。
すなわち、上司の覚えめでたく、同期などとも親しく、部下や顧客の信望が厚いのです。

一方のパワハラ上司などは、自分の上司の顔色ばかり窺い、部下の信望がありませんので・・。
その部下が、偉いさんに「パワハラがきつい!」とでも言えば、お終いです。

「顧客を幸せにしてその対価をもらう」なんてのは、ちょっとキレイ事で、現実のビジネスは、キレイ事だけではないとは思います。
ただ、いわゆる理念の類いで、「理念無き経営」を戒める言葉は多く、本田宗一郎さんは、「理念・哲学なき行動(技術)は凶器」とまで言ってます。

「経営」「商売」「金儲け」などは、共通点はあるものの、似て非なる言葉です。
企業には理念や哲学が必要で、商売でさえ商道徳が必要。
理念もなく道徳さえないのが、単なる金儲け。
単なる金儲けには、ルールも何も要りませんから、極論すれば、泥棒などの犯罪などと同じです。
そう言う連中が、パワハラなど違法,不法な行為をして、金儲けをするワケです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!綺麗事でいかないのはやはりそれは顧客が悪いのでしょうか?

お礼日時:2015/04/20 17:54

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