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長文ですがよろしくお願いします。
もう家督相続制度や、家制度はないなどと茶化すような回答や、
軽々しい回答は心が傷つきますのでご遠慮ください。

私の家は長年続く家でした。
戦中に焼け出され、戦後混乱期、財産税をとられ祖父と曽祖父は相次いでショックと栄養不足で病気になり亡くなったそうです。

父方で亡くなった順 (祖父)→(曽祖父)→ 曾祖母 → 父 → 祖母
( )は私が生まれる前に他界した人

私は本家の長男にあたります。両親はいずれも60代で他界しました。
祖父 父についてはいずれも逆縁になっています。(祖母が生きているうちに父は亡くなった。)

祖父の代までは地元で公務員や市会議員など地元に密着して生活していたようです。
父は、大学を卒業後、地元の会社だから転勤はないだろう。と地元の有力企業に就職したのですが、
その後の経済成長もあり、その会社が発展し、転勤族になってしまいました。
亡き父の転勤の関係で今は、父の郷里(母の郷里でもある街…私もそこで生まれ10歳まで育った。)を離れてもう50年になります。
しかしながら子供のころから年に2~3回は墓参りのために父の郷里に行っていました。
しかしながらどちらかというと母方のいとことの付き合いは多いのに、父方といとことの付き合いが希薄です。
原因は今になり考えてみると、父の実家には1日だけ行って、残りは母の実家で過ごしていたからでしょう。
・・・どうして、母がそうしたのかわかりません。

父は定年退職時に郷里に戻る。と決めていたのですが、
母が断固断り、そのままになってしまいました。
(母の断固断る理由がわがままだと思いました。長男の嫁なのに。実家にいたことがない。)

私もその年が近づいてきました。

私の青年時代までは父の主催で、父方親戚集まっての法事や父方のいとこ会などがよくおこなわれていて、それが一族としての結束を強めるものと思っていました。

祖父が亡くなった際は、父と祖母でがすべて相続したそうです。
祖母が亡くなった際は、祖母の遺言もあり私が相続しました。

私自身が、叔父叔母にも言われて、父の法事 母の法事 祖父母の法事 曽祖父母の法事で親戚を菩提寺のお寺に招いて執り行ってきました。ようやく曽祖父母と祖父のの五十回忌まで終わりました。

大変だけど、家の財産(不動産等)を相続で引き継いだ者として定めと思ってきました。

先日、母の十三回忌の際に、叔父叔母たちから今後の法事は自分たちも高齢になったので
家族で行ってよいと言われました。 

父方いとことはどんどん縁が切れていくと感じました。

菩提寺は過疎地の寺ではないので、檀家の高齢化はみられるもののただちに廃寺になるようなところではありません。
過去には檀家総代や明治維新以前には江戸時代には男子をお寺に養子に出したこともあるようなのでお寺との関係は特別な歴史があるようです。

先祖代々からの不動産賃貸管理のために年に数回管理会社に相談に行きます。
賃料が発生して左団扇だろう と思われますが、旧法借家借家法の関係で、借地権の問題が重くのしかかっています。(このこと(旧法借地権)をよく理解できる人の回答がほしい)

いずれはその土地に住まなければならないのかとも考えていますが、まだその踏ん切りがつきません。

自分には転勤族の息子がいますが、今のままでは私の墓がどこなのか。
墓参りに来てくれるのか。

心配事だらけです。

ただ同然でも売ってしまえばよいと言われそうですが、それでは
ここまで守ってきたご先祖様に申し訳が立ちません。
(さんざんこれまでに税金を払っているので、もう寄付だけは絶対したくない。)
さんざん働いて、税金や年金払ってきたのに、守ってくれなくなりそう。
これに腹が立っている。
戦前は地元には寄付もしてきたそうです。財産税が憎い。と祖父が書き残しています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

どうしてこんなことになってしまったのでしょう。


父が定年退職の時に郷里へ戻っていればもう少しその土地にもう一度根が生えたはずです。
今の地を出たくないとわがままを言った母が今でも許せません。

ここまで長文にお付き合いいただきありがとうございます。

考えがまとまりませんが、私はどうすればよいのでしょう。
心優しい方からの回答を期待しています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お寺や町で、親戚一同 老若男女 集まって法事ができている円満な家庭がうらやましいと感じています。

どうしてこんなにみんながわがままになってしまったのでしょうか?

A 回答 (7件)

「嫁いびり。

そんなことで弱音をはく母を許せない。長男の嫁の務め」
ご自分を産み、育て上げて下さったお母さんにそんな暴言をはくあなたに、ご先祖様を敬う心やお墓を守る意気込みを語られても。
あなたの奥さまにも同じ考えで接してきたのなら、息子さんの代になる前に、あなたの奥さまがお墓を守ってくださいますでしょうか。
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この回答へのお礼

私の代では妻をいびってはいません。
今は、妻もその町に移ろうか思案中です。そこが母と違う。
息子たちの故郷がどこだかわからないのが嫌だと言っています。
しかし私もその町に10歳までしか住んでおらず幼なじみも中学生までに行方不明です。
気質も違うその町に行くのはいいけど住めるか?

とにかく お寺の未来が気になります。

お礼日時:2016/12/29 18:12

くにを出てから50年、未だに根無し草生活を送っているなら、故郷は○○家発祥の地、で良いのではないでしょうか。



それより、お父様は帰ろうとしたけどお母様が反対してその場に住まいしたのなら、そこを一家の礎として根を張るべきだったかと思います。
お父様、お母様ともその場に暮らして居心地は良かったかもしれませんが、そこに根を張るまでの事はなさらなかったのかな。
質問主様も何処に根を張るか決めかねているようですが、代々の故郷は荷が重いかと思います。
それより、自分で根を張るところを見つける努力をする、でもみつから無いと思いますが、国を出て50年、次の代の方も根無し草的生活なら、根無し草で良いんじゃないでしょうか。
日本が我が家の礎で。

国内に数百あった江戸時代のお殿様、廃藩置県になって120年、昔の領地に住んでいるのがたった一家ですので、大きいほど動きます。
動いて居ないと、ふるさとの寺、村に税金(賦課金)を払い続けられません、動いて動いて根っこなんか無くてもふるさとへの金の流れを止めないように。
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No.4です。



「このお言葉で心はへこんでしまいました」
→私の言葉で心がへこんではいけませんよ。
私は、あなたを批判するために回答しているわけではないからです。

実は、私の近所にあなたとまったく同じ考えの同級生がいます。
同級生といっても、来年の4月には彼は70才になります。

その友人と、時には酒を酌み交わしながら15時間も話しをすることもあります。
人生の変遷、社会の変化などいろんな話しを交わします。
その中では、もちろん祖先を敬うこと、檀家としての責任、息子たち、孫たちのこれからも話題になります。

私はいつも彼に云っています。
我々もいつお迎えが来てもおかしくない、それは明日かもしれないと。
だから、我々は今を大切に生きなければいけないと。
ご先祖は大切だが、それよりも今の我々、そしてこれからの子供、若者がどう生きるかがもっと大切だと。

話しを戻します。
あなたがご先祖を敬い、墓を大切に思うことは立派です。

しかし、そのご先祖の墓がある場所は、大昔は別の家族の墓地だったかもしれないのです。
人類の歴史は700万年です。
転地異変も限りなくあったでしょう。
そこに住んだ人たちの争いもあったでしょう。
それらの変遷の結果、現在のあなたのご先祖のお墓なのです。

その以前の人たちの墓は壊されたのです。
もしかすると、あなたのご先祖のお墓の場所は、私の遠い先祖の墓だったかもしれないのです。

私は恨みつらみをいっているのではありません。
そういう変遷が人類の歴史なのです。

我々は、その変遷を受け入れなければならないのです。
ですから、お墓に固執するのではなく、心の中でご先祖を敬い続ければいいのです。
その敬いは、子孫にいくら引き継いでいっても、誰にも迷惑はかかりません。

そのように考えないと、無理ですよ。
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70近いおじさんです。



「ようやく曽祖父母と祖父のの五十回忌まで終わりました。大変だけど、家の財産(不動産等)を相続で引き継いだ者として定めと思ってきました」
→ごくろうさまです。
立派ですよ。

「自分には転勤族の息子がいますが、今のままでは私の墓がどこなのか。墓参りに来てくれるのか」
→お気持ちは分かりますが、末代まで墓を守ってほしい、というのは無理です。
何故ならば、農家などその土地に根付いた職業であれば、代々引き継ぐことも可能です。
しかし、サラリーマンであれば、定まった住家は無理です。
あなたの墓をお参りするのは、せいぜい孫までです。
ですから、全国の寺の墓はどんどん無縁墓になって整理されているのが実態です。

ですから、
「どうしてこんなにみんながわがままになってしまったのでしょうか?」
→そうではなく、あなたの考えが”わがまま”なのです。
社会の人の動きを無視した考えに固執しているからです。
この世は諸行無常です。
全てのものが常に変化しているのです。

あなた、息子さん、孫たち、ひ孫たち、それぞれの生き方があるのです。
人は墓を守るために生きているのではないのですから。
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この回答へのお礼

有難うございます。
>→そうではなく、あなたの考えが”わがまま”なのです。
> 社会の人の動きを無視した考えに固執しているからです。
>この世は諸行無常です。
> 全てのものが常に変化しているのです。
このお言葉で心はへこんでしまいました。

長年の檀家であるお寺がどうなるのか?
檀家制度自体が、その地域を離れない前提でできている。
あえて先進的という表現をしたくないですが、別の考えを持つお寺や坊さんがあらわれる。
限界集落のようなところではないので一気に廃寺はありえない。

伝統のある仏教界。総本山の高僧。
変わりゆく世の中にどう対応してくれるのでしょうか。

離壇ということも言えない立場のある意味特別な檀家
このことを考えると押しつぶされそうになります。

もっとも嫌なのは、次の代が、墓を放置すること。
そんなことをしたらご先祖に申し訳が立たない。

このことでも押しつぶされそうです。

どなたかアドバイスをください。

お礼日時:2016/12/22 09:35

徳川宗家でも養子を迎えながらやっとの思いで繋いでいた経緯を考えると、我々一般人が自然淘汰されてしまうのは無理もなく、それが自然の摂理だと受け入れなければ空しいだけの人生になってしまいます。


私の父方の実家は過去帳を見れば平安時代にまで遡ることが出来る家系ですが、色々あって現在は関東から四国に移り住み400年になります。
長男だった父は就職を機に関東へ結婚を機に関西で生活し、実家を守っているのは伯母になります。
しかし恒例の伯母は独身なので後を継ぐのは私の兄になるのですが、父親が継がなかった実家を兄が継ぐとは考えられません。
何故かと言いますとそこで暮らした経験が全くなく馴染みがない上に、文化財に指定された実家の維持に莫大なお金が掛かるからです。
由緒正しい家柄であっても私達の生活には何の関係もないというのが本音です。
うちの場合、伯母の死後は県に寄贈することになりそうです。
何でも鑑定団に出せば高値がつくような美術品が多数蔵に眠っていますので、拝観料でもとって興味のある方に見て頂ければ先祖も喜ぶのではないかと私達家族は考えています。
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この回答へのお礼

有難うございます。
わたしのところもその時代まで家系図がつなっがっています。(菩提寺の過去帳から作成のもの・・・本当なのかと思うこともあるのですが大本は歴史に残るものすごい人につながっている。)
まあ・・・100年ほど前に家系図ビジネスがか流行ったようで脚色もあるのかも知れません。そこに記された300年ほど 江戸時代の歴史は本当だと思います。(家に残るもの以外の書物に記載がある。国会図書館にも文献がある。)

これからどうすれば先祖に申し訳が付くのか。
そのことを考えると押しつぶされそうになります。

お礼日時:2016/12/22 10:07

昔からの親族の絆を大事にしたいというのはわかります。

でももう親族の方々がそれが重荷になってきていて、皆がやめたいとなってる以上、それを続けようとするのは皆から見たらそれこそワガママに思われるような気がします。
あとお母さんを恨んでおいでですが、お母さん、嫁いびり等は無かったですか?そこまで父方に行きたくないからには何か深い訳があったのかと思います。今となっては何故かはわからないでしょうが、何も知らずにお母さんを恨むのは亡くなられてるとはいえあまりにお母さんが気の毒かと。

うちも主人の家が先祖代々の土地持ちで元々は町1つ分の土地があったそうです。戦時中も多額の寄付をしたらしく、玄関に国から渡されたなんかの称号みたいなのが貼ってます。亡くなる度に莫大な相続税を払うため、お金ではなく物納で山を渡していってるのでだいぶ土地も減りましたが、まだ山がいくつかあるので次祖母が亡くなるときにもまた山を物納するでしょう。でもどうしようもありません。親戚も高齢で同じような状況かと思いますがそれも皆仕方ないと思ってます。
時代が変わればいろんなことが変わります。今の時代であなたに出来ることを精一杯心をこめて頑張ればいいかと思います。
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この回答へのお礼

有難うございます。今は区画整理事業で街の名は消えてしまいましたが、
わたしの姓が町の名となっていました。
私も子供のころのことですが、区画整理後の街の名を何にするか相当もめたそうです。その地域の有力地権者が何としても自分の名を街に残そうとする。わたしのところが一番大きい面積を持っていたようですが、その町に住まなくなった父は、(いずれは帰りたいが)誰の名もない新しい町名が良いと、市に強く表明したようです。
相当紛糾したものの区画整理組合でそれが採択され、公募で新たな町名が決まりました。
嫁いびり そんなことで弱音上げているようでは私は母が許せません。
そんなことは長男の嫁の務めだと思います。
祖母は母をとても大切にしました。孫も分け隔てなく愛しました。
そんなはずはないと思います。

お礼日時:2016/12/22 09:57

全く同じ意見の 結婚して26年の嫁です。



まず 親戚関係が希薄になってしまった理由は 人間関係の変化と少子化ですね。
昔は 面倒くさいとは思いつつ 血の繋がり 一族は大切なものでした。
今はミニマリストなのでしょうか? 人付き合いも なければないでいい という傾向があります。
少子化については ご存じの通りです。
主人の血筋は 女系と言いますか 男子が生まれにくく
養子縁組を繰り返すことで 主人の代まで続きました。
そして 私達夫婦には 息子がひとり。 またその息子が 結婚しなさそうな 頼りない男で・・・。
きっと 息子の代で 我が家の家系は途絶えます。
もとはといえば それしか子種がなかった 私の責任でしかないのですが。
また 主人の兄弟等にも 養子にいただけるお子さんがいない状況です。
本当に 先祖代々には 申し訳なく あの世で謝罪させていただく覚悟です。

それと やはり 妻が強くなり 安易に離婚するようになった 世間の変化です。
私の母の(80代)の時代 夫は封建主義で男尊女卑であっても 離婚まで至るケースは稀でした。
しかし現在は 3組に1組の夫婦が離婚をする時代。
ただこれは 逆に言えば 離婚をした母子に対して 福祉が充実しているからで
日本が 国家として成熟したといえるわけです。

つまり 成熟した国家の その国民は 個 を主張しても疎まれず
先祖への感謝の気持ちや 夫婦のあり方を考えないことを 認めている と考えられます。
フランスでは 結婚をせずお子さんをもうけるカップルが多いと聞きますので
日本もいずれ そうなってしまうのかもしれませんね。

あなたとは違う怒りの箇所として。
相続についての講座を聞いた時 現行の相続税は 3代で焼却することを想定している
というお話があり びっくりするとともに 納得しました。
主人の家も現実 主人が払うべき相続税は 親が現金資産として蓄えていてくれました。
私たちは 息子のために 今から貯金に励むわけですが
親か子が それなりの収入のある状況でなければ 土地を手放すことは いたしかたがないのです。

現在私は 主人とも息子とも 関係は良好で 幸せに生活していますが
息子の代で没落する? きっかけを作った悪い嫁になるわけで 
たまにそのことを考えると 胸が苦しくなります。

決して あなたが悪いわけではありません。 時代の流れです。
次の世代の彼らの意思の従うことも 老い始めた私達には 必要な事だと 思っています。
(そう思わないと やってられない。)
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この回答へのお礼

有難うございます。
仏教界(各宗派総本山)が世の中の動きに対して大きな動きを示してほしいと思うのですが難しい問題なのでしょうね。

大勢で法要ができている方々、
面倒でも親せきのお付き合い。行き来ができている一族がうらやましい。

友達には言われます。親せき付き合いなんかないほうが面倒がなくて良い

そうでしょうか?

今の子供たちは、
葬儀の焼香の仕方も知らないまま成人どころか30歳を迎え
結婚して家庭を作ってしまうのではないか。

(言い方は悪いのですが)離婚して片親で育てられた私の学生時代からの
友人。私に言わせれば本当に恥ずかしいレベルで冠婚葬祭マナーを知りません。
親せきがいないので、社会経験の機会が少なかったのではないでしょうか。
しかもずっと非正規雇用。その組織内で上に立つ機会がありませんでした。
組織の中での冠婚葬祭の経験もないようです。

このような人が世の中に増えていく。
嘆かわしいと感じる私はおかしいのでしょうか。

お礼日時:2016/12/22 09:43

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