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数学には「無定義用語」というものがありますよね?
「言葉を厳密に定義することはできないので、いくつかの「無定義用語」を用意して、その関係を公理によって設定する」みたいな感じだったと思います。
そこで疑問に思ったのですが、「無定義用語」の関係を表す言葉(記号?)に「意味」があるのはまずくないですか?
いくら「無定義用語」を使っていても、それらの関係性を表す言葉(記号?)に「意味」があったら(定義されていたら)「無定義用語を使っている意味がないのでは」とならないでしょうか?

そのことを数学に詳しい人に聞いてみたところ
「実はその関係性を表しているもの、これも無定義なんだよ。ただこれを説明しようとすると
公理的集合論の話になる。」
と言っていました。

そこで公理的集合論のことをちょっと調べてみたのですが、それらしき話は見つかりませんでした。
関係性を表している「もの」も無定義とは、どういうことなのでしょうか?
そもそもとして、関係性を表している「もの」も無定義で、理論を展開できるのでしょうか?
=や∀や⊃などの記号は意味があるから使えているような気がするのですが...。

数学の素人の質問なのでトンチンカンな事を聞いているのかもしれませんが、どうしても気になります。回答お願いします。

(数学に関して素人なので、分かりやすく解説してくれると助かります。)

質問者からの補足コメント

  • うーん・・・

    皆さん、回答ありがとうございます。何となく分かったような気がするのですが、いまいちピンと来てない状態です。
    「無定義用語」だけではなく関係を表す「もの」にも「定義」はない。しかし、公理から理論を展開することはできるということでしょうか?
    もしそうなら、(勝手で申し訳ないのですが)「無定義用語」は勿論「関係を表すもの」にも「定義」がなく、公理から理論を展開する具体的な例(公理的集合論?)を教えてもらえないでしょうか?

    「無定義用語」だけでなく「関係を表すもの」にも「定義」がない状態で、公理的集合論の公理からどのようにして定理を導き出すのか?といった感じです。(勝手なイメージなのでちょっと違うかもしれませんが)

    具体的な例がないとピンときにくそうなので...
    回答お願いします。

      補足日時:2017/08/13 18:58

A 回答 (5件)

数学をドライに捉える「公理主義」、あるいは、(現実とすっぱり縁を切ってしまったという意味で)もっとドライな「形式主義」に関するご質問かと思います。


 無定義用語のみならず、「無定義用語の関係を表す言葉」にも意味はありません。ただ、それら(要するに記号)の操作の仕方が公理系によって規定されているだけです。また定義によって導入された用語も、その定義というのが無定義用語と「無定義用語の関係を表す言葉」だけで与えられているに過ぎないんですから、おいこら一体どういう意味やねん、と徹底的に問い詰めて行けば、結局は「意味のないものに関する意味のない関係を満たす意味のないものです」ということになっちゃいます。ですが、あの「意味のないもの」とその「意味のないもの」とは必ずしも同じではなくて、操作の仕方の違いという区別がはっきりある。なので、それらの区別を明示するために、それぞれ別の用語を割り当てる訳です。

> そもそもとして、関係性を表している「もの」も無定義で、理論を展開できるのでしょうか?

 記号の扱い方が規定されている、その規定の中で、どんな論理式が真であると言えるのか、だけを問います。真だと言える論理式の集まりこそが、数学で言うところの「(その公理系における)理論」です。

 で、無定義用語や「無定義用語の関係を表す言葉」を何か特定の意味(イメージでもいいんです)だと思ってみたときに、それらの操作の仕方が公理系によって規定されている通りになる場合、そういう意味付けを「モデル」と言います。特に、その特定の意味付けが現実の何かとの対応である場合、この理論はその現実へ応用できる。数学の理論がいろんな所に応用が利くのは、理論に特定の意味を与えていないからです。まっさらだからこそ、いろんな意味付けができるというわけ。
 もちろん、意味付けしてみたものの、現実の側がちょっとでも公理系による規定の通りでないと、辻褄の合わない所が発生してしまって、これは理論の限界(limitation)ということです。たとえば、お金の計算は四則演算でできるかというと、10円を3人で分けるという話になると、なんだか辻褄が合わなくなる。
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>関係性を表している「もの」も無定義とは、どういうことなのでしょうか?


>そもそもとして、関係性を表している「もの」も無定義で、理論を展開できるのでしょうか?
>=や∀や⊃などの記号は意味があるから使えているような気がするのですが...。
そんなことはないです。
関係性も「意味」は不要です。
たとえば、空集合の公理(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E9%9B%86 …
∃x ∀y ¬(y∈x)
という公理は、∃とか∀とかいう記号を、このような順番に並べてもよい、と言っているだけで、∃とか∀の記号の「意味」については何も言っていません。

一般に、数学の「定義」というのは、つまり、文字の書き換え規則のことです。
たとえば、「2で割れる整数を偶数と定義する」とあれば、これ以降の文章で、「グウスウ」という文字の並びをみたら、それを「2デワレルセイスウ」という文字の並びに置き換えなさい、と言っているだけです。

また、数学の「公理」というのは、文字をどのような順番に並べてもよいか、を決める文法規則のことです。
例えば、上に書いた、
∃x ∀y ¬(y∈x)
という公理であれば、これらの文字(や記号)を、こういう順番に並べてもよい、と言っているだけです。
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(1) そのものの意味は分からないけど、



1 + 1 = 2

と言ったら(約束したら)、(2) そのものの意味は分からないが、(1) と (2) の関係性は付けられる、ということでしょうか。


ニュートンさんは、重力そのものがなんであるかわからなかったので、観測によって天体間の距離とその間に生じている力の関係を数学的に知らべたのかも知れません。
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こんばんは


「無定義用語」というのはユークリッドの「原論」に出てくる数のことだそうですよ。
ユークリッドの原典では、まず自然数を定義して、自然数以外の数を無定義用語(数というのは数字を表わすのだが、それそのものは固有名詞に他ならない)と呼んだ。
つまり、無定義用語は、自然数を使って定義される(これを自然数たちの関係と呼んでも良い)。
ただそれだけのことだ。
大切なのは、自然数は私たちに自然に定義できるのだけれど、それをきちっと定義するのは、
非常に難しく、述語論理と公理的集合論まで遡って定義しなくてはならない。
もっと本質的に理解したければ、カテゴリ理論を学ぶと、自然で直観的に理解できる。
これは初心者には無理な話だ。
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要するにびっくり不思議理論です

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