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最近、小学校の児童による殺人事件などが大きく取り上げられてるけど、子どもたちの心に不足しているものってなんだろ?
みなさんどう思いますか?

A 回答 (19件中1~10件)

可能不可能は別として・・・



私は生と死に面することが必要だと思います。
例えば、昔だと、祖父母と一緒に生活している家庭が多く、どうしても祖父母の亡くなっていく様を目にすることになりますよね。医療も今ほど充実していなくて、どうすることもできず、だんだん体の機能が衰えていくという様を目にすることができます。
また、昔は、農業のために家畜(馬や牛)をかっていました。すると、牛の出産に立ち会うことがあったと思います。そうすることで、『生と死』について考えられたのではないでしょうか。家畜ではなくても、ペットも同じです。犬が出産し、その子犬を育て、そして死んでいく。また、その犬を土に埋めてあげ、犬の墓を庭に作ろうと考える。そうゆう経験ができないのが最近の子どもだと思います。
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 一番不足しているもの、それは「集団生活の経験を通し、連帯責任の重みを理解する機会」が足りないことにつきる、と自分は見ています。



 それも「集団生活を経験する期間がどれだけ長いか」よりも「集団生活を経験し始める年齢がいかに早いか」が最も重要である、と自分は見ています。

 もちろん「集団生活を経験する機会が長いこと」に超したことはありませんが、それ以上に「どれだけ早い段階で集団生活を経験するか」によって人格の形成に大きな影響を及ぼすと見ています。

 自分の場合「保育園は嫌々ながら通わされ」「幼稚園は通うのが当たり前」だったと記憶しております。(No.14と同じような考えですが)1~3歳くらいの段階で集団生活を通し、物心の付く前から「人間関係を学ぶために絶対不可欠な幼少期~学童期においての人との係わり合いの経験」を積んだからこそ今の自分があり、もし"小学校だけ"にしか通っていなければ全く違う人格になってしまっていたのではないかと思います。

 義務教育の上では小学校へ通うことにより、人生で最初に「社会の基本である集団生活」を経験し、そこで「連帯責任の重み」や「世の中は絶対に自分の思い通りにはいかないという現実」を認識することになりますが、小学校より前の保育園の段階でこういう基本的なことを学ぶことになるのです。

 最近の親子を見てみると、平日の真っ昼間から0~5歳くらいの子供を堂々と街中を連れて歩く姿をよく見かけますが、いくら義務ではないからといって、我が子を幼稚園はおろか保育園にも通わせないようでは一人前になどなれるはずなどない、と思います。

 保育園+幼稚園の教育を受ける期間は計2~3年、長くて5年はするでしょうが、保育園や幼稚園に通わずいきなり小学校へ入学したところで「集団生活を経験」し始める年齢が5~6歳では、あまりに絶望的といえる遅さだと思います。
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No.14です。

再び失礼します。

いろいろな回答を拝見しているうちに
頭に浮かんだのですが・・・

>人との係わり合いの経験が足りないと感じています。

と前回は回答したのですが、その中でもとりわけ

魅力的な大人との出会いが足りないのかも・・・。

そんな風に感じてきました。
子供に何かを伝えられる魅力ある大人になりたいものです。
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この質問を見て 昨晩 本を読み返してしまいました。



佐々木正美さんの「子供へのまなざし」です。

是非 読んでみて下さい。
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こんにちは。


>大人の心のほうが不足している
と回答している方の通りだと感じます。

また、我慢ができない子が多いというより、『待つことの楽しさ』を知らない大人が多いので、当然 楽しく待つことを教えてあげられないのではないでしょうか。

待つことの先に希望があれば、上手に我慢ができるけど、
その先にみえるものが 何もなかったら、いくら我慢しろと言ったところで、我慢=苦痛でしかなく、ますます短絡的な思考を助長するのではと、危惧しています。
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今は話題性で殺傷事件が取り上げられていますが.私が子供の頃は.毎日が殺傷事件です。

兵隊に逆らえば.即リンチ殺人で.家族は兵隊に釣れさらわれて行方不明ですから。

今済んでいる場所でも.地域対抗運動会が終われば.戦前からの伝統としての.軍事教練の実習.つまり.学校対抗の喧嘩です。昭和30年代まで続いていました。
10年ぐらい前まで(該当土地を返してしまったので最近は不明)は小学校の前で仕事をしていれば.毎日決まった人間が殴られて泣いて帰っていました。

昔に比べて.子供達の世渡りがうまくなって.文句を言えない形での喧嘩・いじめが蔓延しています。だから.ストレスがたまり.実験ノイローゼになるのも当たり前です。
家庭内でのストレスの発散口は.現行の労働環境ではまずなでしょう。

>おとなたちの心のほうが不足しているとおもいます。
のが現状でしょう。この大人達の不足した心が子供達の心に影響を与えているのです。
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人間関係を学ぶために絶対不可欠な


幼少期~学童期においての
人との係わり合いの経験が足りないと感じています。

同年齢だけでなく異年齢の子供や大人、
様々な人々と心通わす体験が
自分以外の他人の気持ちを思い計る想像力を
作るのではないだろうかと考えるからです。
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おとなたちの心のほうが不足しているとおもいます。


こどもはおとなを見て育つのですから。
こどもに責任はありません。
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先日No.4 の方と同じ事をテレビで言っている方が居て納得しました。

人の死について、「いなくなること」以上の理解ができないんだそうです。当然他にもたくさん原因はあると思いますが、簡単に殺してしまうという点については、これが大きいと思います。
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現実感かな?


それと、先への見通し。
こうしたら、どうなるかというシミュレーションができないから軽はずみな行動で重大な結果を招いてしまうのでは…。
そのための経験値も不足しています。ちょっとずつイケナイことをして、こわいお父さんや近所のおじさん、先生などに怒られてきていないから、ぬるま湯の中で大きくなり、体が大きくなっているのでビックリするような過ちを犯してしまうのだと思います。
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