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正義:社会全体の幸福を保証する秩序を実現し維持すること。
プラトンは国家の各成員がそれぞれの責務を果たし、国家全体として調和があることを正義とし、
アリストテレスは能力に応じた公平な分配を正義とした。
近代では社会の成員の自由と平等が正義の観念の中心となり、自由主義的民主主義社会は各人の法的な平等を実現した。
これを単に形式的なものとみるマルクス主義は真の正義は社会主義によって初めて実現されると主張する。
現代ではロールズが社会契約説に基づき、基本的自由と不平等の是正を軸とした「公正としての正義」を提唱。(広辞苑)

「正義」というものは言葉で定義することはそれほど難解ではないかもしれませんが、現実と照らし合わせてみるととても難しいと言えます。

1.「正義などない」という言論がありますが、これはどういう主張だと思いますか?

2.「各人の欲望の追求が、よい社会を作る、つまり、正義である、という言論がありますが、これはどういう主張だと思いますか?

3.正義とは何ですか?それは、どうすれば実現すると思いますか?

A 回答 (12件中11~12件)

1.一種の絶望感からくる言葉だと思います。


2.人の望みをくまなく汲み取ることが良い社会を作るとするなら、欲望の追求を推進する社会は、その堕落形態だと思います。
3.法に適った、と言う意味で、その法とは、人として間違いではない、と言う事だと思います。要するに、人や生き物、命あるものを不当に苦しませない事だと思います。
なので、命あるものを苦しませるものやその原因の除去は正義です。戦争などを除去することも正義になる。
その実現の為には、人間理解を深めなければならないと思う。人間は正義を知っていながら、人類全体では何故かそれを実現できていません。理由は、正義の反対勢力があるからだと思います。
その勢力は、人を苦しませることを、さまざまな屁理屈をつけて肯定するのが得意です。あいつが悪いからあいつをやっつける、というのはよくある屁理屈です。あいつが悪いならあいつを善くしよう、これもよくあるパターンです。更に、自分の悪を肯定するパターンもあります。そうではなく、「実はあいつも苦しんでいるのだと観る」ことによって、悪は滅びる。
自身も苦しんでいるのだと観ることによって、苦しみからの脱却の意志が起こる。
苦しみがなくなれば人は悪から足を洗うと思います。
お腹いっぱいの猛獣がおとなしいようなものです。

なので、諸々の苦しみの解決を示すことは正義です。
不争を示すことも正義です。
諸々の宗教の内で、両方を備えているのもあれば、片方だけ備えているものもあります。キリスト教は両方備えていますが、その原型になる一神教は争いを肯定しているものもあります。仏教も両方備えていますが、後世に生じた分派には争いを肯定する派閥があります。イスラムは争いを肯定する場合があります。

正義と言うと剣を振るったり罰を与えたりするイメージがありますが、それは誤った想像だと思います。
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この回答へのお礼

1.うむ、「そんなもの、ムリだ」という絶望感が50%だろうと思います。

2.なるほど。

3.>人や生き物、命あるものを不当に苦しませない事

端的な定義だと思います。

>その実現の為には、人間理解を深めなければならないと思う。人間は正義を知っていながら、人類全体では何故かそれを実現できていません。理由は、正義の反対勢力があるからだと思います。

賛同します。反対勢力が強大であった場合、対抗できるのは、賢く強固な「民意」しかないでしょう。

そうした民意は、知識・情報の収集だけでなく、所謂「人間性」を涵養しなければならないと思う。
簡単に言えば人間性が未熟ならば、いつでも腹を空かせている状態になりかねないからです。

お礼日時:2023/04/18 22:03

人は自分の欲求を実現させたいとき、その


欲求を正義と名付けるんです
つまりラベルです
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この回答へのお礼

ふむ、私利私欲に「公益」というラベルを貼るという大嘘ですね?

人類がさんざんにやってきて、今もやっていることですね。

お礼日時:2023/04/18 11:10

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