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日本にはなぜお寺や神社が多い?
この間韓国人旅行客の友達に「日本はなぜ神社やお寺がこんなにも多いのか?」と聞かれました。なんででしょうか?
回答(9件)
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理由1,京都の場合は、平安時代から貴族や上皇が、とくに仏教ですが、それと神々の力をもって、都を守ろうとしたから、特に多いです。疫病を防ぐのに、祇園祭をはじめ神々の祭り。死者が出れば、寺院での慰霊。たたりがあると言ってはこれも、神社でなぐさめ、あるいは密教僧に祈祷。何かと寺社を造っては、儀式をしていましたから、それが残っています。お友達の場合、旅行で京都などに行けばとくに寺や神社の印象が強いでしょう。
理由2,寺請け制度の影響。
これは寺の場合ですが、江戸時代、寺院は百姓の戸籍的役割や思想統制の道具に使われました。幕府の下請け機関としての一面があるので、基本的にどこの村でもあります。京都や奈良には負けますが、これも寺の多さに関係あるでしょう。
理由3,神社の場合。
韓国では、宗廟といって、先祖を祀ることで一族の結束を固めます(現代の都会で知りませんが・・)。地域の団結も儒教や儒教長幼の序によって固めていたのですが、日本の場合、儒教を取り入れつつも、儒教は武士階級のものですし、社会体制としては厳密に儒教を受容したわけでもありませんから、農村レベルではかなりいびつで、儒教の代わりに、神社という場所がこのやくわりを担っていますね。村の人は、そろって、みんな氏子というやつです。取り入れの祝いをはじめ、村の決めごとの集会場、一揆の密約など。共同体維持としての側面がありますよね。
韓国では宗廟がその役割をしているのですけど、日本には韓国的宗廟は基本的にありませんので、韓国でいう宗廟の役割を神社(あるいは寺も含めてですが)がしていたということですね。
ちなみに、一休さんは後小松天皇の子とも言われていますが、真偽はともなく、いずれにしても公家の関係者ですね。
この回答へのお礼
私自身日本の神社お寺について深く考えたことがなかったのでいい機会になりました。
詳しくありがとうございました。
八百万だから、というのもあるんじゃないかと。
狐が憑いたー!→お祓いして奉ろう。
恨みの強い人を殺しちゃったー!→奉って大人しくてて貰おう。
こういう考え方。
それに神社やお寺も随分減ったんですよー。
明治だとか、大正だとかに神社を取り壊せーという政令が出たので。何時だったのかは忘れました。
それに、江戸時代にはナントカっていう政令により、全ての人間が何処かの檀家にならねばならなかったのです。
キリスト教徒を除く為に、なのですが、その時に面倒だから村の近くにつくろーとか、あったりしたのでは。
それに、神社はお寺は一種の宿みたいなところもありましたし。村おこし? 寺子屋代わりのときもあったのです。
室町辺りでは僧は税金を払わなくてもいいようだったので、猫も杓子も坊さんになったり。
坊さんもなかなかいい生活だったそうです。
東大寺とか延暦寺の僧兵、金をがっぽり溜め込むそうも少なくは無かったとか。
たとえば、平安京。
何故、平城京からわざわざ平安京に移したかと言えば、僧の力がでかくなってきたからなんだそうです。
東大寺やら興福寺やらの僧は金も溜め込む、権力も莫大、政治に口を出す。
そういうのを一気に清算しようと平安京に移ったんです。
それくらい僧っていうのはいい職業で、なり手が多い分、神社だの寺だのも増えたんじゃないのかな。
武士の子供も僧になる人もいたんですよ。
確か一休さんも元・武士。
江戸時代の伊勢参りとか。白蛇神社とか、観光客のお布施でかなりいい生活をしていたんだとか。
オカルトチックになると、神社は結界だ、村を守る守り神だ、という考え方が会って、道祖神だの村の鎮守様だのがあちこちに作られました。
出雲の神無月もありますよ。
八百万精神ですけれど、神無月、つまり十月になると日本中の神様が出雲大社に集まります。
そうなると、神様がいなくなる→神無月と呼ばれます。
それくらい、この国にはありとあらゆる神様がいる、と。
ちなみに、十月は出雲では神有月と呼ばれます。出雲に神様が集まってるんですからね。
もっと関係ないですが、疫病神や貧乏神は、この時期に村にやってきて災害・病気や死亡者を書いた帳面を持ってきます。神様がいないから楽々入り込めると言うわけで(w
なんだかわやくちゃになってきたのであります。
力になれれば嬉しいのです(苦笑)
この回答へのお礼
詳しくありがとうございました。私自身も勉強になりました。
No.7ベストアンサー20pt
李氏朝鮮の廃仏政策により、朝鮮では仏教寺院の大半は山間部に移されました。そのため韓国の感覚から、町の中に寺院・神社が建つ日本の状況を見ると、「多い」と感じるのではないのでしょうか。
この回答へのお礼
そうですね。韓国では仏教寺院が弾圧された歴史がありますから、韓国と比較したら日本が明らかに多く感じるのも無理はないですよね。ありがとうございました。
No.6ベストアンサー10pt
どのあたりを見てそう思われたか・・・にもよるかもしれませんね。
京都や奈良、鎌倉といったお寺の多く集まったところでしょうか? とすれば、No.4さん仰るような理由が中心ということですよね(+これらはかつて、国の中心であり、人口も当時としては多かったですから・・・)
逆に韓国に行きますと、夜の街中で十字架のネオンがあちこちで目立ちます。これは、クリスチャンが多いため、協会の数がそれだけある、ということであります。
この意味で言えば、理由としては「日本は韓国よりクリスチャンの割合が低く、また特定の信仰を強く持つ人々の割合も低い中で、仏教と神道とが比較的生活に組み込まれて親しまれてきている存在だから」ということになるのではないでしょうか。。。
この回答へのお礼
日韓比較をして話をする場合この言い方が一番説得力がありそうですね!ありがとうございました^^
仕組みがよくわかってないんですが、神社は
有名な大きい神社がありますよね。その神社には神様がいます。歴史上の人物が多いようですが。そらもう色々なのがいます。
そこら周辺に住んでいた人が他の土地に移るとき、のれんわけみたいに(支店みたいに)持っていくんです。それが氏神として祭られる
それがたくさん積み重なってどんどん数が増えていきます。
例えば全国の稲荷神社の元は伏見稲荷神社
http://www.kintetsu.co.jp/senden/Database/HU-Htm …
そういう系列のがたくさんあります。
やおよろずの神なので、その分増えているとも思います。
神社も寺も、基本的に1集落に1個以上って感じだと思います。だいたい寺や神社を中心にしてその周りに人が住んでる。宗派とかもたくさんありますし。当然数は多くなります。
この回答へのお礼
詳しい情報ありがとうございました!
神社や、お寺は江戸時代までは、天皇家や武士等が、権力の象徴として立てられた物が多いです、一部には、土着信仰として、太陽等の自然界や、動物なぞのを信仰対象として立てられた、お社が数多くある為です。
韓国の済州島では、儒教ですが、各村(洞)事に、複数のお地藏さん(日本風に言うと)が有り、多い所では、五つ六つの神さん居られる村もあります。
この回答へのお礼
色々な要因が重なって多いみたいですね。
参考になりました。ありがとうございます
もともと自然信仰がありましたから、コミュニテイの要としてそれぞれの村にできたのではないでしょうか。農業がらみで豊作を祈り、災害を避ける祈りをしますよね。コミニュニティが結束することで、生きていくという、村意識が強いのかな。
韓国は主に祖先を祀るから少ないのでしょうか?
この回答へのお礼
村意識。。。韓国にはあまり村意識もないといいますしね。ふむふむ。
ありがとうございます^^
まったく自信なしですが・・
仏教徒だから・・ですかね・・
神仏にしても木や石や人のみならず
あがめる人種だからじゃないでしょうか・・
この回答へのお礼
私もだからかなぁ。。。
なんて思ったんですが^^;
あながち間違えじゃないかもしれませんね
なんででしょうねぇ(^_^;
昔(江戸時代頃)は、神社仏閣といえば格好の旅行スポットで、小旅行といえば仏閣巡りだったんです。その頃に有象無象の類が大量に増えたんじゃないかと思うんですけどね。
それから、昭和の頃は(今はどうなんだろ?)宗教法人は税金の納付を一部免除されてて、人気さえあればけっこういい商売だったみたいですよ。
……とまぁ、こんな話をすると、どこかの誰かに「けしからん」とか怒られそうですけどね。
信仰心があるんだったら、こんなにたくさんウゾウゾ建てたりせんだろうとか思うんですよね。
たしかに(笑)
この回答へのお礼
なんででしょう。。韓国人観光客に突っ込まれて言葉に詰まってしまったので^^;
解答していただいてありがとうございます!
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