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いろんな宗教が、
いろんな神様が

世界中で語られるけど

せいぜい数百年前の神様

それじゃ数万年前の神様って

誰ですか?

A 回答 (9件)

人類は、人知の及ばない、超自然現象にたいする恐れや感謝から


その地域の象徴的存在を、神と崇めました
 又、地域社会の人心の統一のためにも、統一した象徴が自然と求められたのです
 そのため、地域により様々な神が出現し、自然と多神教となったのです
その神が、山だったり、聖なる川だったり、森、岩、木、等、多種多様でした

人類の宗教的行為は中期旧石器時代5~30万年前)の遺跡から想定されています
 当初は、歌、踊り、儀式等だったと想像されますが
古代エジプト、メソポタミアでも、宗教史からはじまるのです

太古の人類は 
人を敬う事も親を尊敬することもなく
禽獣と同じように 本能で生活していました
 そして多神教の時代が訪れ 祭紀や呪術等により
生死に対する敬虔な思いが、道徳心が育まれてきました

 そのうち 祭紀や呪術 占いや霊 自然神等の
浅い、その地域限定の宗教から、人間的価値や創造 仁愛や慈悲等
広く人間の問題を解明しようとした 一神教や、高度な宗教哲学が生まれました

政治上の権力と対決する所から生まれたり
呪術の宗教よりも高次元の人間的価値や創造をめざした宗教や
実践する信者の行動は必然的に民衆救済に立ち上がった宗教等も生まれました

そして 人間とは 自分とは 存在とは 生死とは
価値とは そして 「何のために」等々
賢人 聖人 哲人 宗教家 歴史学者 詩人 文学者 芸術家が 
生涯をかけて追い求めるようになりました
 政治経済道徳芸術、すべてが宗教から始まったのです
しかし、此の人間究極の課題は、今だ解決されてい無いように思いますが・・・

私の宗教観を少々語る・・・
 人間は死によって、人間は己の有限性に気づかされる事になります。
どんなに無限の『富』や『権力』を手にした人間であっても、
 いつかは死ぬという定めからは、絶対に逃れることはできません。
この有限性を自覚し、死の恐怖や不安を克服するために、
人間は何らかの永遠性に参画し、動物的本能の生き方を超えて、
一個の人格となることができました。
(世界では宗教を一つの道徳ととらえてますね)
 宗教が人類史とともに古いゆえんであります
人間の有限性。人間は必ず死ぬ。そうした問題は
永遠性の認識なくしては思考し得ない、まさに人類の歴史とともに
宗教は始まったゆえんなのです。

人間は誰しも「よりよく生きたい」、そのために「何かを探している」
といえるだろう。
 だが人間は自らの存在が何であるか、それすらも十分に認識しているか
疑問である。
 だが、そうした根本的な問題を追究せずして真の心の安寧を保つことは
難しい。
 複雑化した社会の中で、真の幸福めざして生きることは困難を極める。
しかし実際にはその確たる答えがないまま人は迷いながら努力し、
生きているのが現状ではないだろうか。人間とは何か。
人間どう生きるべきか。宗教にしか解決の道は無いように思う。

私は宗教こそは人間本性にとって必要であり、
不可欠な一部をなすものであると考えている。
 われわれは、何らかの宗教をもたないかぎり、人間ではありえません。
そこでなされるべき選択は、宗教をもつかもたないかの選択ではなく、
優れた宗教をもつか、劣れる宗教をもつかの選択なのです
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この回答へのお礼

天才やな

回答ありがとうございました。

お礼日時:2024/03/17 10:23

ギョベクリ・テペ遺跡は一万年以上前の大規模な祭司遺跡と考えられています。

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キリスト教原理主義などによれば


数万年前には、人類も、地球も、宇宙も
無かったことになっています。

進化論も認めません。

だから、神もいなかったとは
言っていないようですが、
その辺りの説明はありません。



日本の神道などは、自然そのものを
神と扱うので
人類誕生以前から、神はいたことに
なります。
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神様はずっといるので、数百年前も数万年前も共通の神様がたくさんいると思います。

たとえば仏は数百年前も数万年前もいると思います。数万前の神様は仏、日本の神道の神、キリスト教系の神、とみんな数百年前と共通していたと思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2024/03/16 22:35

例えば旧約聖書の1ページ目最初の文章には、「光あれ」という言葉でもってそこに光が現れますが、これが宇宙の創造の一番最初の出来事だと仮定したら、この「光あれ」を発した聖書内の何者かが一応約138億年?より前から存在していた神のようなものという設定になるのではないかと思います。



一方、数万年前に生きて生活していた人類が神様という概念を持っていたかどうかについては、すみませんが考古学的な知識等がなく分からないので答えられません。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2024/03/16 22:35

>いろんな宗教が、いろんな神様が世界中で語られるけど


世界三大宗教のイスラム教、ユダヤ教、キリスト教と同じ神ってだって事
知ってますか

日本の神神の考えでは、太古から自然の様々な場所
(山や川・海・岩・植物など)に八百万の神が居られる
との考えですから数万年だろうが、考えは同じ
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この回答へのお礼

ありがとう

回答ありがとうございました。

お礼日時:2024/03/16 21:54

設問がおかしい。



気が付きませんか??

それら宗教が説いている『神』というものは、時間を超越しているのですよ。

たまたま、その宗教が数百年前にできたに過ぎないのです。

また、仏教にしてもそうですよ。
釈尊現世での成道は、『始成正覚』を説くが、法華経において久遠実情の仏として自らの本地をあらわしている為、仏教としては2500年くらいですが、成道に関しては、久遠の昔という事になるのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

お礼日時:2024/03/16 21:53

唯一絶対神は、宇宙を創成する前からの神です。

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この回答へのお礼

ありがとう

回答ありがとうございました。

お礼日時:2024/03/16 21:32

ギルガメッシュ叙事詩は3800年前にメソポタミアで書かれた神話なので天神アヌは数万年前の神様ですよ。

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この回答へのお礼

ありがとう

回答ありがとうございました。

お礼日時:2024/03/16 21:31

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