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江戸時代の「動物園」は「見世物小屋」なぜ?

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  • 質問者:noname#32495
  • 投稿日時:2005/06/18 17:35
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上野動物園の黎明期の図を見ました。明治前期です。江戸の「見世物小屋」の大判に過ぎませんでした。檻で飼っているのを見せるだけ、動物はペットショップにいるのとなんら変わりません。

なぜ当時、「動物は動かして楽しむ」という発想がなかったのでしょう。これは江戸時代人明治時代人の特異な心理状態があったのでしょうか。あるいはただの建築上の規制でしょうか。

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  • 回答者:cfq01250
  • 回答日時:2005/06/18 20:07

どこの国でも文明は、似たような過程を経るのですが、明治時代までの日本では、「動物」と「人間」の概念が、現在のような科学的なものとしては確立していませんでした。少なくとも一般としての認知として。そうすると人間の持っている一面にある「自分以外のもの」として見つめ、取り扱う対象として動物は存在していることとなります。ですから「お犬様」騒動のような事も起き得るかと思います。人間が自ら以外の「命」をペットとして珍重したりするのは事の初源で、そこにある程度の科学的知識も得る事によって、初めて「動物が動物らしく暮らせる」事をも考慮し始めた、動物園が誕生する端緒があると言えます。
言い換えれば、質問者の質問に答えるとすれば、私たちの国の歴史的証左そのものであって、特別な事とは思えません。

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この回答へのお礼

ペット思想が出てこないと、いちいち広いスペースをとって飼育し、いとおしむ対話するように見るなんてないのでしょうね。そう考えると、昔はえらくその点殺伐としたものだったのだろうと思います。そしてそれが科学知識の普及なのですか。社会の発展ともいえますよね。余裕というか。

像が踊っているように体をゆすっているのを見て子供らが喜んでいる姿は、現代社会の一番いい場面かもしれないですね。

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No.2ベストアンサー10pt

  • 回答者:ic-shige
  • 回答日時:2005/06/18 19:31

 こんにちは。
 最初に、”動物は動かして楽しむ”という発想はいまでも賛否両論ありますし、動物園というのは一番の目的が”知識を得るための場所”で、動物に芸などを仕込んで客に見せる場所ではないことを間違わないように。
 生きた動物と標本とのことについてなら以下に書きます。

 動物園の前身は見世物小屋ではなく博物館です。明治時代以降に、日本が外国などに比べ知識が遅れてることを取り戻すために作られた博物館(標本などを集めた)が、明治15年に上野に移された際、動物園となったのです。その時に(その前からですが)生きた動物も少しずつ飼育されるようになり、現在のような形になっていったわけです。

 もうひとつ。江戸時代に孔雀やペリカンが飼育され、茶屋として営業してた店があったそうなので、生きた動物を見て楽しむなど、現在の動物園のような形をとっていた場所も存在していたようです。

 見世物小屋について。
 動物園とは違い、珍しいもの(または様々な人間の好奇心)を見るという意味で存在してたようです(日本では江戸時代初期~)。珍しい動物(孔雀、アザラシ、ゾウなど)や蛇使い、怪力男・・・・なにかしらの仕掛けをほどこした装置などを興行的に見せていた場所です。(*また、ここでは書けないようなものまで)
 とにかく、現在の動物園とは趣旨が違いますので、これが動物園の原型というものではないようです。
 でも、やはり普段見れない動物を見るのは、現在と同じで楽しんで見たんじゃないかなと思います。

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この回答へのお礼

「博物館」は19世紀的なものですよね。いまはヴァーチャル志向になったり、体験志向になったりいろいろですが、一昔前までの博物館なんて、暗い陳列室にいかめしい解説とともに只者が置かれている、というものが多かった。でもそれはそれでちゃらちゃらしているより充実して硬派だとも言えるわけですけどね。
でも「博物館」から発展したというのははじめて知りました。では当然そういう形態から始まるものですね。
見世物の解説ありがとうございあます。

茶屋の飼育動物ですか、想像つきませんね。いまも喫茶店などであるでしょうね。

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No.1ベストアンサー20pt

  • 回答者:caesar-x
  • 回答日時:2005/06/18 18:39

「動かして楽しむ」というのも見世物小屋と同じ種類の発想だと思いますが・・・。もう少し檻を大きくすればいいのにということでしょうか?

そもそも昔の動物園の意義は、世界各地の珍しい動物を捕獲して一般の人々に博覧してもらうための施設ということで、言い換えれば生きている動物図鑑ということです。
そういう意味から昔の動物園は動物の生活スペースを確保することに重視しませんでした。
それよりもできるだけ多くの種類の動物を収容する方に力点をおいていたわけです。

現代での動物園の意義は、単に珍しい動物を陳列するだけでなく、その動物の生態までも実際に観察してもらう施設になったことで、動物の自然の姿に近い環境が動物園に求められるようになりました。
しかしこれが徹底されるようになるのはごく最近のことで、いまでも日本各地には捕虜収容所のような、劣悪な環境の動物園や動物の一時預かり所のようなところがあります。

日本は土地が狭いということもありますが、江戸や明治の日本人独特の心理とか考えではなくて、一般的にこの時代はどこでも動物園はあんなもんです。

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この回答へのお礼

「陳列」ですよね。それで精一杯という感じなのでしょうか。なんでも流行ってあるもので陳列の流行がずっとあったのでしょうね。そして「もの」としてみているんですよね。

でも動物は動いているのを見るのがずっと面白いわけだし、一種の「対話」ですよね。それがあまりにもないのはどうしてだろうと思わざるを得なかったわけです。社会意識の成熟がいるようですね。

  
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