プロが教えるわが家の防犯対策術!

 80年代、90年代に入ってから70代の英国ロックを知りました。
1)1曲がとても長いです。なぜですか。曲がながいとTV、ラジオではCM挿入上、とりあげづらいし、プロモーションビデオ(当時はなかったんでしょうが)も大変だと思うのですが。
 クリムゾンキングの宮殿、イエスの危機とかELPのタルカスは、すばらしいと思う反面、曲がながいです。プログレッシブに限らず、レッド・ツェッペリンのフィジカル・グラフィティもLP片面に3曲くらいしかなくてプログレッシブほどではないが長いです。 
 
2)後期のロンリーハートやラブビーチになると曲が短くなってきてますが、やはり、メディアにとりあげてもらうための戦略でしょうか。あれも前期の作品を知ってる人からすれば物足りないでしょうが、後世になってから聴いた小生にはよい作品だと思うのですが。マニアックだったのが普通になったという印象です。
(リアルタイムで聴いてたファンの人、すみません。あくまで当時を知らない、あとで聴いた者の印象ということでご容赦ください・・)

A 回答 (4件)

(独断だからお許しを)



1.曲が長いのはギターソロが好まれたり、キーボードソロなど、各メンバーの名人芸のお約束が不可欠だったからでまたジャムセッション主流時代のためだと思います。(わかりやすい例はパープルや初期・中期のイエス)。ライブでは長い曲は燃えるのですよ。

2.そもそもロックは反体制的な音楽です。70年度以降はアンチ商業主義が美徳とされており、シングル主体の曲の短くわかりやすいポップソングが支持されました。「オレ達のサウンドはとても3分じゃ表現できないぜ」とか。

3.ロンリーハートはずばりエイジアの大成功でイエスが開き直ったからです。当時はMTV全盛でした。いわゆる産業ロックの幕開けです。ラブビーチはラジオではオンエアーされやすくなりましたけど、らしさはなくなりましたし商業的には大失敗でした。僕はもの足りません。

そう、あなたの「メディアにとりあげてもらうための戦略」は正解だと思います。

そもそもプログレとは曲単位ではなく、アルバム単位で1つのメッセージを発信しました。わかりやすい例はフロイドです。だからフロイドのベストアルバムは面白くないのです。

(ゆっくり酒でも飲みながらお話を伺いたいです)
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。「プログレとは曲単位ではなく、アルバム単位で1つのメッセージを発信」なるほどです。フロイドのベストアルバムは聴いたことないですが、ELPのベスト(表示が浮世絵みたいなやつ)はひどいです。悪の教典は第2印象の後半しか入ってませんが、悪の教典は第1印象から聴かないとおもしろくないです。

お礼日時:2005/10/15 15:55

みなさんの回答は非常に的確だと思うので、補足的にこの問題に触れたいと思います。



なぜ曲が長いかといえば、#2の方のおっしゃるとおり、ジャズの影響が最も大きいと思われます。60年代中頃には、アメリカで一時人気が下火になった多くのジャズ・ミュージシャンが渡英して大人気を博しました。特にインプロヴィゼイションは瞬く間にロック界にも浸透しました。

さらにビジネス面から見ると、レコード会社が長いシングルやLPでもよく売れるということに気づいたからです。前者で有名な例としてビートルズのヘイ・ジュード、リチャード・ハリスのマッカーサー・パーク(ともに68年ヒット)があり、後者ではなんといってもアイアン・バタフライ(愛すべきB級バンド)のイン・ナ・ガダ・ダ・ヴィダ(やはりこれも68年ヒット)があります。特に、アイアン・バタフライはこれ1枚(B面は当時としては画期的な17分のタイトル曲のみ収録)で、どんな長尺の曲を演っても売れればいいとのお墨付きをもらいました。

ちなみに、70年代はロック・ミュージシャンが出演するTV番組は意外と少なく(多くは60年代に終了)、またPVも録音風景やコンサートを使ったものがごく一部で作られていた(しかもヒットした後に作るのが大半)に過ぎませんでした。

また、ラジオは#3のおっしゃるとおり、70年代はLPまるごと一枚流すことを平気でやってました。(当時はエア・チェックなるものが流行り、CMはLPのA面終了後に挿入という形が最も喜ばれました。)

したがって、60年代末から70年代後期のパンクの出現まではわりと自由にアルバムが作れたものです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。せっかくおしえてもらいましたが、すみません、リチャード・ハリス、アイアン・バタフライは知りません。でもLP片面が約20分なのでそれくらいの曲を作ったわけですね。そういえばタルカスも危機も20分弱です。

お礼日時:2005/10/15 16:06

1)やはり、60年代はヒットシングルが主流でアルバムはオマケ・総集編的な意味合いで出してましたが、アートロックの名の通り、ロックも単なるロックンロールを脱し、芸術性を帯びてきたからでしょう。

 それに、情報の流通が現代とは違い、格段に遅かったこともあったのではないでしょうか。まあ、のんびりた良い時代でした。その分、ミュージシャンのカリスマ性も高く、次のアルバムの話なんぞ、発売前から話題沸騰・大論争が起きるなんてこともありましたです。

アメリカでも、シカゴやオールマンブラザーズ、フランクザッパ、グレートフルデッド等、ひたすら長いインプロヴィゼーションの展開ライブがあって、やはりその時代の風潮だったと思います。
これは、ドラッグカルチュアとの密接な関係もあったでしょう。(トリップするのに三分は短過ぎ?)

ラジオ用には、短縮ヴァージョンや、小作品がよくかかってましたよ。でもFMはフルでやってました。というか、『ホンモノのプログレ』はFMでしかかからなかったような気がします。
それだけ、聞き手側もそれなりに構えていたこともありますなあ。(笑っちゃいますね)


2)パンク・ニューウエイブの台頭でしょう。70年代後半は、長い曲を延々とやるバンドを『オールドウエイブ』としてバカにしてましたから。 でも、THE WHO は歓迎されてましたね。
今から考えると、ELP WORKS VOL.2 なんか佳作も多いし、それなりの評価をされるべきアルバムでしたね。 発売当時は、大赤字のアメリカツアーの回収アルバムって印象でしたが、そこはやはり御大ELPですから半端な作品ではなかったです。


なんか、当時の回想みたいで、回答にならずスミマセン。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。曲が長くてもフルでとりあげるメディアがあったわけですね。「聞き手側もそれなりに構えていた」・・・トイレは済ませといて・・・まるでCMなしNHKの2時間ドラマを見るときみたいです。いま、もしプログレを携帯でダウンロードしたらさぞ、パケット通信料高いでしょうね。私、定額制にしてないので・・・冗談

お礼日時:2005/10/15 16:14

いろいろな考察があるかと思いますが、私個人の知見や解釈として。



例えば、60年代前半、ビートルズやストーンズが新人だった頃って
シングルがアーティスト活動の中心で
アルバムはシングル数曲とスタンダードのカバー曲で構成されています。
これって、70年代ごろの日本のアイドル歌手と変わらないですよね。

つまり、この頃のロックアーティストはアイドル扱いで
レコード会社や放送局、事務所に対する発言権も弱かったんだと思います。

ところが60年代中期に入ると
ビートルズやストーンズといったアイドルバンドが爆発的人気を博していく中で
期待以上の作曲力や演奏力を身につけ
例えばビートルズでいえば64年のアルバム「A HARD DAY'S NIGHT」で
全曲自作自演を披露し、当時は画期的だと騒がれたりしました。

一方、ロックという音楽形態が若者文化の主流となる中で
サイケデリックムーブメントなどのサブカルチャーとシンクロし
主に美大生なんかが中心となって
非商業主義的な、実験的なロックの追求が始まります。
これは当初、アートロックなどと呼ばれましたが
後にジャズロックやプログレッシブ・ロック、サイケデリック・ロックなど
沢山の流れを生み出して行きます。

> なぜ1曲の演奏時間が長い
最大のポイントは、ジャズなどの影響を受け
インプロビゼーション(即興演奏)を取り込んだことでしょう。
その他にも、クラシックの影響を受けて組曲形式に取り込んだり
ライブに映像などを取り入れて総合パーフォーマンス化したりと
ロックが最も進化したのがこの時期だったと言っても過言ではないでしょう。
そして、このようなアートロックの影響を受けて
ビートルズが「SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND 」という
トータルコンセプトアルバムを発表し商業的にも大成功を収めます。

ここに至って、かつての
●シングル重視
●アーティストよりレコード会社や放送局、事務所の発言権が強い
といった状況がひっくり返ったのだと思います。

その流れのひとつの到達点がレッド・ツェッペリンで
脱商業主義を目指して自分たちでレーベルをつくり
自分たちでマネージメントし、シングルは発表しない
といった活動形態が出来たんだと思います。

しかし、このような流れにはデメリットもあったんですね。
●即興演奏重視による演奏の冗長化
●シングル軽視による放送局(特にラジオ局)の選曲の困難化

ニューヨークで生まれたパンクが
70年代半ばにイギリスで大ブームになったのは
表には経済不況が挙げられますが
裏には上記のような背景があったと思います。
事実、当時は「3分間POPS」が再評価されていました。

> 後期のロンリーハートやラブビーチになると
商業主義に迎合したなどと悪口もさんざん言われましたが
時代的にも長い曲が(一部のマニアを除き)求められていなかったように思いますし
特にシンセサイザーを重宝してきたプログレにとっては
アナログからデジタルへとフォーマットが進化する中で
新しい方向性を出さねばならなかった時期だったと思うのです。
そのひとつがイエスのサンプリングサウンドの導入であり
もうひとつがキング・クリムゾンのミニマルニュージックの導入だったと
思うのです。

> あれも前期の作品を知ってる人からすれば物足りないでしょうが
そうですね。個人的にはイエスよりはクリムゾンの80年代の活動の方が
圧倒的に好きです。
http://boat.zero.ad.jp/floyd/crimson/albums/02.htm
    • good
    • 1
この回答へのお礼

「レッド・ツェッペリンで脱商業主義を目指して自分たちで」ですか。いいですね。エイベックスの松浦社長に言ってやりたいです。ありがとうございました。

お礼日時:2005/10/15 16:19

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!