感じたことなのですが、塾ではとても解説が良く知識量が多く実践的で、習熟度別授業も行っていました。公立では教えないような発展的内容も教えます(知らないと受験に通用しないといったこともあります)。はっきり言って塾の授業のほうが興味深かったですし教師も惹きつけるものがありました。勉強にも塾の方が役に立ちましたし分かりやすかったです。正直、学校は必要ないんじゃないかと思ったほどです。学校のほうでは3、4限かかってやってたことを塾では1限程でやっていましたし、塾の方が理解出来たと思います。今や塾に通うのが当たり前の時代です。もはや公立教育は過渡期にきているのではないかと思います。
こういう実態についてどう思われますか?どうしたら公立教育を立て直せるのでしょうか?公立学校の先生や塾に通ったことがある人など、意見をお願いいたします。
No.1ベストアンサー
- 回答日時:
塾は実力主義だからみんながんばっているのだと思います。
塾の先生というのは、荒波に飛び込むような人たちだから、実力主義の世界を望んでいるのだと思います。
公立の学校の先生は、「学生時代に教職とってあとは一生安泰な生活」を望んでいる人が多いので、保守的な人が多いと思います。
公立の学校も実力主義にしないと、なかなか良くはならないでしょう。
解決策としては、公立の学校を何らかの方法で実力主義にすることだと思います。
(一部の地域は、公立学校の選択を自由にして実力主義を取り入れています。)
公立の先生は安泰なんで、評価主義じゃないんですよね。塾みたいに生徒を集められないとクビになったりしないですからね。公立の先生も力はあると思うんでマニュアルに頼らない教え方なんかを学んでほしいです。教育を志した者として頑張ってほしいです。
No.12
- 回答日時:
個人的には、塾とは「勉強しに行く所」ではなく、「志望校の合格通知を購入しに行く所」だと思っています。
例えば志望校の出題傾向を知るためには、「自分で」過去問を参照してどの分野が出やすいかを予想するのが正道です。
それは面倒くさいし、あまり当たらないかもしれない。しかしこのように自分の頭で考え、試行錯誤し、自分なりのものを形にするというのが「勉強」です。
それに対し、塾では「講師が」長い時間かけてデータを綿密に調べてくれ、最適な予想問題を作ってくれます。
それは非常に効率的でよく当たります。しかしそれは面倒くさいこと、つらいことを全て他人にカネを払ってやらせたものです。
後はそれを暗記するだけ。こういうのは「勉強」とはいわず「作業」といいます。
塾によって得た知識、テクニックはカネの力で「買った」もの。
自分の力で「身につけた」ものではありません。
点数しか見ない受験には確かに有利でしょうが、自分の頭で考え、自分を磨いてきた受験生の輝きには明らかに劣るものがあると思います。
No.11
- 回答日時:
No2です。
たくさんの方の意見を興味深く読ませてもらいました。
思うのですが、学校のハンデってそんなに大きいですか?
何か見てると、学校の授業の質によって学歴に大きな影響を与えるというように見受けられますが、私はそうは思いません。塾の無い田舎人でも高学歴の人間は腐る程いますし、志一つでどうにでもなる事ですからね。
それと勉強によって得るものは、知識ではなく選択肢です。勉強をしない人間は視野が狭いです。
教える上で最低限の知識があればいいなんておかしいです。そもそも知識を増やす為に勉強するって考え自体が先ず間違ってます。知識なんて勉強していく上で「ついでに」増えていくものです。知識だけなら時間掛ければ一人でも増やせますし、広範囲のレベルの大勢が同時にやっても効率悪いだけですからね。ここで勝負しても塾には先ず適いませんしね。
ですから教師は出来る限りの幅広い分野の勉強をしてたくさんの選択肢を身に着ける必要が有ると思うのです。
まとめると、公立校では学問の捕らえ方を教えたり、各分野の基となってる考え方を教えることで、知識を目的としたものでなく、人生に応用できる選択肢として学問を教えていけばいいと思います。
一方塾では学校の補佐的な役割として知識を学ぶ。
この実現の為には教師一人一人がしっかりと学問のファンダメンタルな部分まで掘り下げる必要が有ると思うのです。
これで塾と学校の棲み分けが出来ると思います。
そしてもう少し教師が勉強してくれるようになると思います。ちなみにうちは教師の家系です。我が家の先生は大学で気が触れるほど勉強してたみたいで、変わってるって言われてたって言ってました。普通のことなのに。
それと、勉強ばかりして来た人間が使えないと仰る方がいますが、そんなことは断じてありません。使えない人間は、勉強をしてないだけです。使えるほど勉強して初めて、勉強したと言えるんです。足し算の表記法を教わっても、出来なければ足し算勉強したとはいえません。同じことです。
そこは訂正していただきたいです。
巷に流れる下らない言い訳の一つですから。
No.10
- 回答日時:
No.1 No.8です。
ご意見ありがとうございました。
tamahomeさんのような方が教師をされたり、教育改革に乗り出したらすばらしい活躍が出来るでしょうね。
またNo.9さんのような方が教育改革をされたら学校はよくなるでしょうね。
tamahomeさんの義憤はよくわかります。
「受験指導する」と言っておきながら、「受験指導できていない」ということですね。
それから「教育」とは名ばかりで、「いじめ」「学級崩壊」などがあちこちでおきている。
公立の学校はたいしたことないじゃないか、ということですね。
その原因はどこにあるのかを考えたのですが、公立の学校のレベルの低下にあると思います。
親のしつけがきちんとされている子弟は私立にかなり流れていると思います。
また塾はもともとある程度以上の子達が集まりますから公立の学校よりはきちんとしていると思います。
もう一つは、学校の目的と親の希望がずれていることが原因ではないかと思うのです。学校の目的は全人教育であるのに、親と生徒は受験勉強をしたいと思っている。だから教師はそうした要望を感じて「受験指導をする」と言っている。しかし、実際には受験指導をするだけの時間的・能力的余裕がない。したがって言っていることと、やっていることが矛盾するのです。
教師の未熟さだけが原因ではないと思います。
公立の学校の先生たちも「うちは受験勉強など教えない。全人教育をする。」と言えばいいのですが、未熟なのか、教育哲学がないのか、自信がないのか、何かの理由で親や生徒のニーズをそのまま受け取って、「受験勉強やるよ」と言ってしまうのかもしれません。しかし実際にはその余裕がないから、できない。こういうことではないかと思います。
やはり学校では受験指導できないんですかね。ただ生徒は親の期待に応えよう、先生に怒られないようにしようと頑張ってるのをみてると少しでも力になれることはないかと思ったんです。
学校はせめて生徒のコミュニケーション能力、相互理解を深めるためにもディベートやクラス一体となった活動を第一で授業よりも重要にするべきです。人間の素晴らしさを感じれる人に育てることに手を貸してあげてほしいです。授業でも英語です。英語は言語なのに会話や表現や文法などを学べていない気がします。そこを主にやって文章を読むのはそれが出来てからすればいいと思います。そしてそれが普通の言語の学び方だと思います。教科書やってきて訳の当て合いなんでアホらしいです。そんなんで英語話せるようになるわけないじゃないですか。文科省はなに考えてんだか。
No.9
- 回答日時:
#7ですが、お礼ありがとうございます。
議論をするつもりはないので、書き忘れたことと伝わりにくかったことなど(でも長文でスミマセン)追加させてください。
私は教師ではないので、学校教育の実際のところを直接見聞き来ているわけではありませんが、身近に公立学校の教師がいて、ちょっと内情を聞きかじります。
先ほど書いたように、塾と公立学校の比較自体がナンセンスだと、私は考えています。
私立学校と公立学校の比較なら、他に答えようもあるのですが。
学習という点では、塾に利があります。
ここで考えてもらいたいのは、
もし、受験に失敗し、進路が決まらない中学3年生が自分の生徒だったときに、その生徒に対して学校の教師はどのような対応をしなくてはいけないか、塾の講師ならどうするか、ということです。
または、不登校の生徒が自分のクラスにいたら、学校の先生、塾の先生はそれぞれどうしますか。同じクラスの友達が学校に、塾に来なくなったときに、先生は生徒達にどのように話をしますか。
そのようなことを含めて、生徒の成長に責任を負うか負わないかの違いにつながると考えていますし、もっとも根幹となる部分が違っている事柄を同列に並べて比較するのは無理があると思います。
全体の業務を見ずに、一側面のみで教育を論じるのであれば、現場で尽力してる多くの教師の方々が気の毒に感じます。
確かに、一部に不適切な教師がおり、そのような教師に当たった生徒は気の毒です。教師の評価制度は不十分な面もあり、今後も改善の努力を続けてもらいたいと思います。
私の体験から申し上げますと、
社会人になったとき、優秀な大学の卒業生が、必ずしも優秀とは限りません。受け身の指導になれ、成功しか知らない若者は社会人として使えない人間であると、私は感じておりますので、勉強ばかりでなく、様々な考え・価値観を持つ人の中でいっぱい揉まれていろいろなことを(時には失敗も)経験しながら、試行錯誤を繰り返し、成長して欲しいと願います。
最後に、
>どうしたら公立教育を立て直せるのでしょうか?
保護者が子供を学校(教師)に任せっきりにせず、共に教育活動を行うこと(少なくとも、中学校の教科の内容は親だって中学時代に学習していて理解できるはずなので、塾が無理でも家で親が勉強を見る努力をしてもいいのでは?)や、
教師を公正に評価するシステムを確立し、優秀な教師を増やし、その給料を高額にする実力主義を取り入れる、
などの対策を行えば公立学校の学習指導力の不足は改善されるかも知れませんが、給料としての税負担が増しますので、国民の理解をどう得るかという点も問題です。
現行の教育に疑問を持ち、改善に努める優秀な人材が教師を志してくれるといいのですが、優秀な人材は企業も狙っていますので、現在の待遇で公立学校に集めるのは難しいですね。
その通りだと思います。学校と塾を比べるのはナンセンスですよね。公立教育というのはあらゆる人に教育の機会を与えられる場所だと思うので、知識という面で負けてほしくないんです。高度な教育を実践できる力があると思います。あらゆる面で。これからも不断の努力を続けて再びあの尊厳を取り戻してほしいです
No.8
- 回答日時:
No.1です。
No.5さんやNo.7さんのご意見を読み、私も考えが変わってきました。
非常に立派なお考えだと思います。
上智大学の渡邊昇一さんが「塾も学校として認めるべきだ」という意見を述べていますが、塾は「進学技術一本」であり、学校は総合的な人間の成長を図るところだと思います。両者は目的が違うと思います。
今思ったのは、本当に立派なことをされている人というのは案外目立たないものだ、ということです。
その逆に、本当はたいしたことはしていないのに、人のニーズに合わせて能率的に行う仕事はけっこう目立つし一見「すごい」と思わせてしまうものです。
結論としては、No.5さんやNo.7さんのおっしゃっていることが妥当だと思います。
学校は人間性を磨く場所ではありますが、イジメや学級崩壊などが起こってるは事実であります。私の経験からですと、人間の本質はそうそう変わるものではないということです。人の気持ちをまったく考えない行動や言動をする自己中心的な人間が殆どなのが人間の野性なのではないかと考えてしまいます。みんなで協力して理解し合えば解決できる問題が沢山あるのにそれが出来ない、自己満足が中心で。そんな社会です。
学校では勉強勉強、テストが第一、受験受験と言いながら学校ではまったく受験に通用する学習が行われていないじゃないですか?矛盾することばかりです。
No.7
- 回答日時:
学校と塾を比較すること自体、無理な話です。
目的が違います。塾とお稽古ごとの方が「目的」的に近い気がします。
塾は受験テクニックを厳選して教えるところです。
だから、授業は習熟度別になっているのだし、先生は受験テクニックをいかに伝えるか、のみに全精力を注ぐことが出来ます。
「ピアニストになりたいから、学校の音楽の授業でピアノの練習を増やせ」と要望したら、「おまえバカか」って言われてしまいますよね。ピアノの習得を学校に求めないなら、高度な受験テクニックも求めるべくでないと思います。
発展的な学習は学校だけでは無理です。
学校は基本的な勉強のほか、協調性を養ったり、自分が興味を持っていること以外にも見聞を広め、様々な体験を行い、総合的な人間性を良い方向に導くところです。
そのような目的から、学校で教えるべき「教育課程」が文部科学省によって定められています。
詳しくは学校教育法や学校教育法施行規則等に書かれています。
たとえば中学校の教育課程は、必修または選択の各教科(国語・社会・数学・理科・音楽・美術・保健体育・技術家庭・外国語)の他、道徳、特別活動、総合的な学習の時間です。
特別活動には
儀式的行事(入学式、始業式等)、
学芸的行事(文化祭、クラブ発表会、音楽祭等)、
健康安全・体育的行事(体育祭、マラソン大会、避難訓練等)
遠足・集団宿泊的行事(修学旅行、遠足等)
勤労生産・奉仕的行事(奉仕活動や社会体験学習等)
があり、豊かな人間性や協調性等をはぐくむ良い機会となっています。
総合的な学習の時間は、受け身の授業を脱却して、生徒が自発的に学習し、勉強の楽しさを知ってもらうために創設されたものです。
家庭や地域社会の教育力が充実していれば、道徳や特別活動は必要なくなるかも知れませんが、現在の教育課程からこれらをなくして教科に重点を置いたら、自己中心的な偏った人間が増えていきそうな心配をしてしまうのは私だけでしょうか。
また、総合的な学習の時間については、導入されてから歴史が浅く、現在の生徒さん達には申し訳ない面もありますが、まだ手探りで模索中という学校も多いかと推測します。
受験という観点のみで論じれば、学校教育は塾に及びません。
「先生」の役割で考えれば、塾の先生は授業の内容と、生徒の合格率のみに責任を持てば良いのですが、
学校の先生は授業の内容の他、生徒の成長にも責任を負わなくてはいけません。
そのため、児童生徒が犯罪を犯した際に学校名が報道され、校長先生が記者会見をするのではないでしょうか。
生徒の人間的成長に責任を持ってくれる塾があるとしたら、是非見てみたいものです。
学校では習熟度別授業を行わないことが多いのですが、それにくわえて障害者と共に学ぶ特別教育もあります。
私は小学校の頃、同級生に知的障害者と身体障害者がいました。特に知的障害者は塾にはなかなか入れないかも知れませんね。障害者がいると健常者のみの時に比べ、授業の進行が遅れたりする場合もあります。先生も児童生徒も大変です。
でも、そのせいで勉強が出来なかった、遅れたと思うクラスメイトはいなかったと思います。彼らのおかげで身に付いた思いやりの方が、授業の遅れよりも数倍大切だと、成長した今ではわかります。
学校を卒業して10年以上経ちますが、かつての級友とは交流が続いていますが、塾・予備校の友達は残念ながら疎遠です。塾という環境では、私はあまり深い関係を結べませんでした。
現在の学校には様々な不備・不具合もあります。
中教審などはそれらを改善すべく様々な検討を行っていますが、社会や家庭の変化が大きく追いつけないという事実もあります。
一方、学校は安穏とした雰囲気で覆われていると思う面もありますので、学校の意識改革も重要な課題だと思います。
塾で要領よく勉強し、勉強のみに集中した若者は、ともすると受け身のマニュアル人間になりがちで、社会人になったときに壁に突き当たります。
学校でなくても構わないと思いますが、勉強以外に「誰にも負けないもの」のある人間となって社会に出て欲しいと、企業で新卒採用や新人研修を担当した際に実感しました。
常識を育て、豊かな人間性を育てて有能な社会人になるための塾が欲しいですね。
学校教育は寺子屋から始まり読み書き計算を教えるところから始まりました。基本的な勉強を教えるところです。しかし受験、テスト、学問というところに主眼をおくとどうでしょう?地方公立学校に通ってると塾へ行ってる行ってないで学力格差は広がるばかりです。私も公立学校へ通った経験として、まず英語です。私の受けた英語の授業はいきなり英語の教科書の予習からはいり授業はその訳合わせみたいな感じでした。授業ではなんの論理的説明もなく塾に行ってない子はチンプンカンプンの状態です。もう少し本質に迫った授業をしてほしかったです。ただ答え合わせをするのではなくなぜそうなるのか、の解説がなかったような気がします。中学3年間行きましたがその中で文法的説明は一切なかったです。それで学校の教師はというと出来る子ばかりにいい顔をして出来ない子には見向きもしない。これが現実だと思います。学校の中ではやはり勉強至上主義なのです。にもかかわらずあれも教えてはいけないこれも駄目では幅の広い学習もできませんし。これではあんまりではないでしょうか?自学自習では限界があるので学校で勉強してるのにまったく学問の本質に触れられていないという現実にちょっと失望してしまったのです。私はあらゆる子どもに普遍の知識を与えられるような教育を実践するよう努めてほしいと感じています
No.6
- 回答日時:
先ほどの補足ですが、教育は社会の劇的な変化についていけてなかったのとそれを把握するのに時間がかかっているのでは?社会を把握しないままに教育が動いてゆとり教育という風に動いて学力低下を招いたわけであるし。
保護者のニーズが多岐に渡り、学力をつけるだけということに先生はなっていないし難しくなっている。
保護者が様々、生徒も様々、普通そうに見えるが実は根深い問題を抱えている場合が今は多い。教員も対応に苦しんでいる。それにより、以前に比べ鬱病になる教員が増えている。先生=聖職者ではなくなっている。
はっきりいって、昔は年長者がしっかり、年少者の勉強や生活面の面倒を見ていた。地域もそこにいる子にうるさかった。質問者さんも年少者に優しかったことと思います。
今、教育は社会の動性を見極めつつ変わろうとしている最中で、さなぎの状態だと思うのですが。アメリカの教育は先走りすぎて日本の教育を参考にしている部分もあるらしい。
そうですね。学力だけじゃないですよね。人格教育がもっとも大事だと思います。「なんなんだこの人?」みたいな人いますからね。そこをなんとかしていかないと。日本の重大な問題がひそんでいる気がします。
アメリカの場合は天才や才能のあるものを生み出すということに凝っているという感じがしますよね。飛び入学で小学生ぐらいの子が大学に入ったりIQ200の人がいたり。こういう風潮は日本にはないかな、と。
No.5
- 回答日時:
塾が体育や美術や音楽を教えたらどうなるでしょう?
学力別にクラス分けしなければどうなるでしょう?
食事の時間を入れ、睡魔を相手にどれだけ戦えるのか?
そして、塾の月謝が数分の1になっても同じレベルの教育が出来るのか?
塾に過大な期待をするのは違います。
塾の方がよく理解できた、というレベルでは、頭が悪いだけ。
学校でやったものを塾で再確認し、効率よく抽出された問題を解き、出る確率の高いものを覚える。それだけ。
理解は最初に習った時にするものですよ。
高い金をとって、学力を伸ばすだけの前時代的な教育が子供のためになると思うならば、
私立の進学校にでも通わせるべきでしょうね。
公立教育の腐敗といいますが、それを受ける側の腐敗はどうなるのでしょう?
もしかして、子供のしつけも学校がするなんてド阿呆なことは言いませんよね。
数年前からバカな親が増えだして、小学校から教育を骨抜きにしていきました。
運動会で手をつないで徒競走をする、なんてのが流行った頃です。
年に一度の運動会でこれだから、日々の圧力は凄かったのは想像に難くありません。
甘やかされて、間違った教育を受けて、ガキが大きくなったのです。
そんなのが、中高生になるのです。たまったもんじゃありません。
獣に理を説くようなものです。教師がどうしろというのです?
それで公立の腐敗だなんていって、塾にいかせ、また学校をないがしろにする。
自分たちの責任を棚に上げて、責任転嫁にいそしむ。
こんな害虫の親を調整してやるのが一番の良策です。
厳しい意見ありがとうございます。しつけというのは本来、親が行うものなんですが、そういうのをできない人が現れてるのは事実なんですよね。そこで公立機関としてやはりそこを改善する努力は必要かと思います。ほっとくことは簡単ですがそういう努力ができるのも公立機関ならではかと。公立の先生は塾みたいにひっぱくすることはありませんがそういう状況になくても努力するというのが教育たるゆえんかと。自分の考えを別に押し付けようとかそういう気はないんですよ
No.4
- 回答日時:
確かに学力をつけることは塾のほうが上でしょう。
私も高校の授業よりも予備校での授業の方が分かりやすかったです。正直申しますと、高校の先生は何でこういう風に教えてくれなくれなかったんやって思ってた。あと、塾は危機感もあるのではないのでしょうか、塾は子どもを集めなければつぶれてしまう。また、実力主義で選択授業なんかでは、生徒が多くて人気がある先生には給料がかなり支払われるそうです。習熟度別に分けるため、入学試験なんかがあればクラス編成もでき、先生には教えやすい環境であるといえる。やる気も生徒にあるし。公立の学校によっては今までの体制に安穏とし、惰性で来たような学校もありますし、そういう教員もいることも確かです。しかし、そういう教員ばかりではありません。私が見た中では、学力をつけることにかなり優秀な教員も中にはいますよ。
公立学校をちょっと弁護しますと、塾の先生と公立学校の先生では仕事内容が異なる。
塾の先生は教えることのみを研鑽しそれによって給料をもらっている。教えられなければ給料はない、もしくは、やめさせられる。研修費も会社からきちんと出してもらえる。
学校の先生は、生徒指導や部活動さらにはクラス経営や行事、生活のフォローもしていかなければならない。学力をつけるだけではない。学校の先生によっては土日もない。家庭を捨てているも同然(言いすぎ!?)の先生もいる。国見高校の小峯監督兼先生のように。生徒によっては「もっと勉強教えてよ」って生徒もいるとは思うが、「サッカー教えてくれて、部活を見てくれてありがとう」という生徒もいる。それから、たくさん仕事をやっている先生には給料が安い。部活のジュース代や諸経費を自腹で払っている先生は多い。バブル期ではないので、研修費はほとんど学校にはない。自費で東京や大阪さらには北海道や筑波に行かなければならないのが現状。
いろいろな先生がいて学校はある。先生とはいろんな生徒にいろんな部分でかかわったり、フォローしたりする職業だと思う。
質問者さんや高校時の私では塾や予備校の方が、自分にとって利益になって目に見える学力の向上があったかもしれません。しかし、目に見えないものまで教え育てているのが公立高校の先生だと私は思う。
質問者さんは優秀なので、将来は公立高校を変革させる、もしくは、文部科学省に入り、今の公立教育の立て直しを行ってほしいと思う。本気です。
長々と偉そうなことをいってすみません。自分の今の気持ちを意見としていったまでです。拙文でした。
そうですよね。そこが学校のいいところですよね。ですから国家としてですね、学校以外の教育で塾というものが台頭してきたというのは異常事態のような気がします。塾が台頭してきた時点で塾と対立せずなぜそうなったかを検討して改革をすべきだったんじゃないかと思うんですが。
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