【大喜利】【投稿~9/18】 おとぎ話『桃太郎』の知られざるエピソード

童謡赤とんぼで、「お里のたよりも絶え果てた。」とありますが、どういう意味ですか。作者が親元を離れていて、親からの手紙が来なくなったということですか?

A 回答 (5件)

つい先日、「赤とんぼ」の歌詞の意味全体についての質問があり、多くの方が今回の質問点を含めて適切な解説を寄せています。

是非ご覧になってください。http://pcsoft.okwave.jp/kotaeru.php3?q=2283008

参考URL:http://pcsoft.okwave.jp/kotaeru.php3?q=2283008
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この回答へのお礼

ありがとうございます。先日、赤とんぼがたくさん飛んでいるのを見て、質問したくなったのですが、私と同様にその方も最近赤とんぼをみたのでしょうね。

お礼日時:2006/07/22 22:09

参考URLにいろいろ書いてあるので、これを読めばだいたいのところは分かると思いますが、いったいどこまでこれを信じてよいのかは実のところ甚だおぼつかないものがあります。



だっていきなりしょっぱなから変なことを言っている。山田耕筰が歌詞のアクセントに忠実に曲をこしらえた、なんてこれはもう眉唾でしょう。だって、この「赤とんぼ」だって変なのは赤とんぼのところだけじゃなくて、「お里」や「嫁」もそうだし「まぼろし」だの「さお」だの、もうボロボロですもん。

で、この中野さんという人も最後に註するがごとくに、「アクセントの件では、曲が先にできていて、リズムが一致する独立に作られた詩をくっつけたため、『あかとんぼ』だけでなく、至るところでアクセントが狂っているのだそうだ」なんて書いている。文末の「そうだ」ってこれはなんだろう。歌って確かめればすぐ分かることなのに、ずいぶんと投げやりなことです。

たまたま私の出た高校の校歌は山田耕筰作曲なんですが、これもべつにアクセントに忠実になんか作ってない。こうなるとアカトンボの東京弁のアクセントが昔と今と違うというのが定説っていうのも信じにくくなってくる。証拠を出さずにこういうこと言われるのって困りますね。

それから「十五」というのが「姐や」の年齢ではなくて歌詞の主人公の年齢だ、というのもにわかには信じかねます。露風本人がそう言っているというなら、どうして中野さんはその言葉をそのまま引いてくれないですかねえ。ざっとネット上で検索してみて、またこの歌に言及のある本をひっくり返してみて、この人以外にこういう主張をしている人は他に見あたらないんですよ。みんな《ねえやが十五歳のときに嫁に行った》と受け取っている。

よしんば作詞者露風が十五歳のときに姐やが結婚したという現実があったとしても、この歌詞を読んでそう受け取る人はよっぽどの変わり者ですよ。この文に主語を補うと「私が十五で姐やは嫁にゆき…」ですけど、この文、成り立ちますかねえ。「十五で」の「で」がかなり苦しい感じがする。「三十で父は死んだ」と言われれば父親の行年が三十だったのだな、と誰だって思う。この「三十」が「私が三十歳のとき」という意味に言われ聞かれすることがあるでしょうか。ちょっとなさそうですけどねえ。あってもえらく舌足らずの感が否めない。

要するに、この詞は、また曲も、けっして上出来なものではありません。曖昧模糊としてなんのことかよく分からない。あえて言えばその曖昧模糊たるところが幼時の記憶のありようをよく捉えているのかもしれませんが、もしそうなら露風十五歳時嫁入り説が真実で、そこだけみょうにピントがくっきりしているちぐはぐさを押しつけられるなら、いっそう値打ちは落ちると言わざるを得ない。

おっと、よく中野さんのをよく読んでみたら、「お里」のことには触れてないんですね。これはしたり。そこでもいちど検索してみると
http://hccweb1.bai.ne.jp/~hci59701/ukiyoarekore/ …
ここが穏当な解説をしています。ついでに露風十五歳時嫁入り説も否定していました。露風にそんな証言はないという。

ポイントは「たよりも」の〈も〉でしょう。ねえや本人との連絡もつかず、残るつながりは論理的にその実家とのものだけだがそっちとの交通〈も〉断絶した、ということですな。これは紛れがないところだと思います。

参考URL:http://www001.upp.so-net.ne.jp/yasuaki/misc/cult …
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この回答へのお礼

昔、紅白歌合戦の最後に「蛍の光」を歌うことになっていました。そのときの指揮者が「この歌の、ほたる、の所は曲とアクセントがあってないからイカん。」と言っていたそうです。何という名前の人だったかな~?

お礼日時:2006/07/22 22:23

質問とは関係ありませんが、その前のフレーズ「十五でねえやは嫁に行き」のところ、ねえや(子守娘)が十五歳(当時は数えだから満十四歳!)で嫁に行ったわけではありません。



作者の三木露風が十五歳のときにねえやが嫁に行ったのです。露風の母は露風が幼いときに死んで(一説には離別して)、ねえやが母代わりに露風を育てたといいます。

もっとも、文部省ですら間違えたようですから、上の間違いがときどき見られるのは仕方ないことです。

以上は下記のページに解説されています。
http://www001.upp.so-net.ne.jp/yasuaki/misc/cult …
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この回答へのお礼

うーん。やはり15で嫁入りは早すぎますからね。不思議です。

お礼日時:2006/07/22 22:07

いろいろな考えはできるようですがご参考まで。



参考URL:http://hccweb1.bai.ne.jp/~hci59701/ukiyoarekore/ …
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この回答へのお礼

こんなにくわしいURLがあるとはびっくりです。勉強になりました。ありがとうございます。

お礼日時:2006/07/22 22:05

違います。

お里とは15で嫁に行ったねえや「子守のお姉さん」の実家のことです。当時は少し裕福な家庭には住み込みの「ねえや」=「女中さん」がいたのです。
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この回答へのお礼

今とは生活様式がちがっていて、それがわかりにくい理由なのですね。ありがとうございました。

お礼日時:2006/07/22 22:03

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