【大喜利】【投稿~9/18】 おとぎ話『桃太郎』の知られざるエピソード

はじめまして
学校で、公民をやっています。
発表をすることになり、小学校6年が、7通の遺書を残し自殺という事件がありました。これは、基本的人権の何権に当てはまるのでしょうか?

私は、自由権の侵害ではないかと思っているのですが、
どなたか分かる方いたら教えて下さい☆理由とかもあったら嬉しいです。
急いでいます。宜しくお願いします。

A 回答 (9件)

公民ということは中学の授業でよろしいでしょうか。



基本的人権(の尊重)というのは、日本国憲法の基本理念の一つになっています。
憲法というのは、私人と国家との契約に基づいて権利と義務を負うことを書き表したものです。
また、国家としての基本的理念を宣言したものでもあります。

いじめが原因となり自殺が起こったとしても基本的人権の何権にあたるかはなにも当たらないと思います。

いじめた人は私人であり、自殺した小学生も私人。
それならば、憲法の出番はありません。

しいていうならば、いじめにより教育を受ける権利を奪われたってことになるのでしょうか。(拡大解釈の気がしますが)
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これを何かの権利の侵害として捕らえ、損害賠償責任がどこに発生するかを推定して、第三者がどこかに発表するような事件ではありません。

被害者親権者が必要に応じて、代理人弁護士と当事者で事実関係を明確にし裁判を求める話でしょう。第三者が考察するなら公表されている情報を整理して、同校内の生徒の心理、地域社会に与える影響、類似事件の経緯等を参考にして今後同種の事件を防止するには誰が、何をすべきかを結論として発表するのがよろしいのではないでしょうか。憲法や学校教育基本法と照らして基本的人権の侵害、教育を受ける権利の侵害等と結論付けてもそれで終わってしまいますよ。
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私もC-Brassさんの意見に賛成です。


それに、その事件についてあなたは当事者本人・周りの人などから詳細を聞いているのかな?ひょっとして、テレビや新聞で伝え聞いたくらいのことしか分からないのではないですか?

もしそうなのなら、だまって事件の経過を見ているのが一番と思います。ろくに詳細を知りもしない人間が滝川の事件で「~権」の話をするべきではないと私は思います。

それと最後に一言。
人1人が亡くなっているのです。内容を考えたら、文章に「。」の代わりに「☆」を使う事には感心しませんね。次回投稿からは、質問内容を考えて適宜使用・不使用を判断して下さい。

では。
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まず難解なお話になることをお許し下さい



基本的人権とは、国と国民の関係を定めた「公法」上の 「私人の公権(個人的公権)」 とされています。

ご質問の場合は 「基本的人権」の問題とはされません。
あえてこじつければ、学校や教育委員会が 「社会権」の中の 「教育を受ける権利」を保護しなかったことになりますが、かなり無理な法解釈です。


これに対して 「私権」 というのがあり、人と人との関係はこちらに属します。

「私権」には、「財産権」と「非財産権」とがあり、
「非財産権」は大きく分類すると 「人格権(生命権、身体権、名誉権など)」と 「身分権(親権、財産管埋権など)」に分けられます。

学校の「イジメ」は 「私権」の中に含まれる 「人格権」の侵害になります。
民法、刑法で人の生命、身体、自由、名誉、信用の毀損が法的責任の対象となる実質的根拠が 「人格権」基づくものとされています。

法律論上の難しい問題ですが、「公権」「私権」「財産権」「人格権」・・などについて調べてみられたらいかがでしょうか。
 


 
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No.6 のお礼


> 私が思っているのは、差別をされたとあります。ここから
> 平等権の侵害。
> あと、いじめをうけていたということで、生存権の侵害。
> というふうに思っていたのですが

 そもそも論を言えば、基本的人権というものが考えられた背景は、国王による勝手な課税や弾圧を許さないための理屈としてです。「基本的人権は(キリスト教の)神が平等にヒトに与えた権利だから、国王と言えどもそれを侵害してはならない、侵害するのなら革命を起して首を切っても良い」という理屈ですね。
 これでフランス革命が起きるわけで、自由・平等・博愛というコンセプトもそこから来ています。厳密には「博愛」は誤訳ですが、ここではまあ放置しておきます。
 ここでのポイントは、人権侵害の主体は国王だということです。

 生存権などの社会権は、もっと時代が下ってから出てきたものですが、それにしても日本で初めて裁判に現れたものは「長沼ナイキ基地訴訟」のように国を相手取ったものです。

 近年になって言い出された項目(環境権だの眺望権だの)を基本的人権に組み入れる向きもありますが、私から見たらそれは既得権に過ぎないだろうと思うので、そこは除きます。

 結論として、民間人同士が何をしようと、基本的人権の侵害という問題にするのは筋違いです。例えば公的発言を理由に警察がその人を逮捕拘留すれば、それは自由権への侵害となり不当逮捕となります。しかし、例えば同じ発言を理由にオウムがその人を拉致殺害した場合、それは単なる誘拐殺人であって、基本的人権という枠組みで問題にする話ではありません。
 なお、なぜ誘拐や殺人が犯罪になるかという理由に、憲法で基本的人権が保証されている点が来ます。国家は民間人同士の関係においても人権を保護する義務があると考えるわけですね。

 その意味において、オウムの例と同様に、いじめや差別は刑法や民法の問題であって、基本的人権の問題ではありません。

 なお、日本においては基本的人権の尊重は憲法で保証されるものです。ここで問題ですが、誰が尊重するのか、分かりますか? 引っ張ってもしょうがないのですぐ答えを出しますが、尊重する主体は国家です。そもそも憲法というものは、国家を縛るものであって個々の民間人を縛るものではないのですから。
 具体的には、法律が憲法に反していないかを司法がチェックすることで、この保証が機能することになっています。違憲立法審査権という権限です。
 その意味においても、個々の民間人の行動がいかに基本的人権を侵害しているように見えても、それは見えているだけの話です。民間人には人権を尊重する義務などありません。その代わり法律を守る義務はあり、それに基づいて間接的に尊重せざるをえないという枠組みの中に居るに過ぎないのです。

 なお、その話と道徳論とは全く別です。当たり前ですが、例えば周りに思いやりを持って暮らしましょうという躾がなされることが、立法においても暗黙のうちに前提となっています。そのような躾による道徳観を前提にしないと、現行法のような穴だらけの法整備下では安定した秩序ある社会は維持できませんし。
 ただし、躾の理由に「基本的人権」は使えません。理由は、上述のようにキリスト教の神や勝手に課税する王様が前提になってくるからで、そんなものは日本の子供に対してリアリティが無いからです。
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> ポイントはないのですが…



 であれば、どんな結論であろうと言うことはできません。
 どこで発表するのかは知りませんが、そんな何も考えていない状態で何かを主張するのは無理です。諦めましょう。

この回答への補足

厳しい解答ありがとうございます。
私が思っているのは、差別をされたとあります。ここから平等権の侵害。
あと、いじめをうけていたということで、生存権の侵害。というふうに思っていたのですが

補足日時:2006/10/09 22:59
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 どうも、あなたの文章からは、具体的にどのポイントを指しているのかが分かりづらいのですが。


 明示してもらえますか。

 基本的人権に関連した部分を無理やり探すと、「遺書を残したこと」に「表現の自由」が対応するくらいですが、あなたが聞きたいのはこの点でしょうか?

この回答への補足

早速の対応ありがとうございます。
ポイントはないのですが…。
一応、三大原則のうちの何権にあたいするのか。
ということを、発表するみたいなんです。
この北海道の事件を発表したいのですが…。
難しいでしょうか?

補足日時:2006/10/09 21:03
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先生がいじめていたとしたら基本的人権の問題となりえますが、原因は単なるいじめです。

刑事事件かもしれません。基本的人権とは別次元の問題です。

この回答への補足

いじめは、生存権の侵害にはあたらないのでしょうか?

補足日時:2006/10/09 21:06
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 生存権の侵害



 教師や学校・教育委員会は、この少女を自殺に追い込んだ。
 教師や学校がまともな対応をしていれば、自殺をせずにすんだのに、何の対応もしなかった。よって、この少女の生きる権利を奪われた。
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