運動方程式 ma = F というのは『物体に力を加えると加速度が生じる』という内容を,向きや大きさを含めて定量的に述べたものですよね.この場合『力』が原因で『加速度』が結果のはずですが,高校の物理の教科書にはよく次のような問題が載っていました.
(問)静止摩擦係数 μ の水平な床に質量 m の物体が静置してあり,水平方向に力を加える.物体が動き出す瞬間の,この力の大きさ F を求めよ.
(答)床が物体に及ぼす抗力の,床に垂直な成分(すなわち垂直抗力)を N ,床に平行な成分(すなわち摩擦力)を R とすると,運動方程式は,垂直方向,水平方向の順にそれぞれ
m・0 = mg - N
m・0 = F - R
となり,また
R = μN
の関係がある.これらを解いて N = mg,R = μmg,F = μmg.
いささか簡単過ぎる例ですが・・・
私が疑問に思うのは,本来,力学とは『こういう力が働けば物体はこういう運動をする』というふうに物体の運動を予測するはずなのに,上のような問題では原因と結果が逆転しているのではないかということです.例えば上の垂直方向の運動方程式は,『物体は垂直方向には加速しない(浮きも沈みもしない)』という常識を前提に立てられていますよね.そんな保証が一体どこにあるのでしょうか?上の答ではそこから抗力などを求めていますが,本当は『力がこんな風に働くから物体は浮きも沈みもしない』ということを運動方程式から結論すべきなのではないでしょうか?
No.3ベストアンサー
- 回答日時:
誠に的を射たご質問だと思います。
「こういう力が働けば物体はこういう運動をする」と分かるのなら、「物体がこういう運動をしているのなら、こういう力が働いているはずだ」という事も分かる、というのでいかがでしょうか。
F=maは力学的力Fの定義である、とも読めます。Fが幾らのaを生じるかという因果関係、aが幾らのFを生じるかという因果関係、そして慣性質量m = F/aの定義であるとも読めます。それら全部を含めてFとaとmの関係を示す式とみなすべきです。文章で書いた物理法則よりも、数式がいかに雄弁かつ合理的であるかの証左と考えてはいかがでしょう。
また、例に挙げられたm・0 = mg - N 、m・0 = F - R は形式主義とでも申しましょうか、普通は「釣り合ってるから逆向きで大きさは同じ」で済ませてしまうものですし、それにベクトルとして見てもmg+N=0, F+R=0の筈ですし、こういう教科書ってなんだか変。物体が上下に動かない、という説明は、物の接触面での電磁相互作用にまで踏み込まなくちゃできませんから、これはヤリスギです。ハミルトニアンを使うような複雑な力学解析でも、普通は物の接触面での電磁相互作用までは考慮しません。
何でも第一原理から説明しなくちゃいけないとなったら大変。やっぱり、現象を説明するモデルとして物理を使うのが適切です。だからこの場合「上下に動かない」を前提にして良いと思います。でもm・0 = mg - N 、m・0 = F - R はやっぱり笑っちゃいますね。(むしろRがNに比例する、って所の方がよっぽど怪しくて、最大静摩擦という概念自体が疑われるべきものなんです。)
さて、専門家のご意見はどうでしょう?
ありがとうございます.加速度という結果から力という原因について遡って追究する,というのは紛れもなく力学的な営みですね.なぜ気付かなかったのだろうと少し恥ずかしく思っています.
原因と結果という観点から見れば,まず力があって,そこから加速度が生じるわけですが,ではその『力』とは,『加速度』とは何か,という定義の順序は逆転し得る訳ですよね.stomachmanさんのおっしゃる『数式の雄弁性・合理性』にはこのようなことも含まれると理解してよろしいでしょうか?
No.8
- 回答日時:
「お礼」を見ました。
stomachmanです。> 定義の順序は逆転し得る
まさにそうだと思います。式の意味の逆転。stomachmanが一番ショックを受けた例としては、
e = m c^2
これです。普通に見れば、「エネルギーeはmに比例する」というだけの意味でしょ。まさか、これを「eはmと等価だ」と読むのが正解だとは、さすがアインシュタイン先生て凄い!
ピンと来ません?だったら、たとえばフックの法則で
F=k x
なら「バネの力は変位xに比例する。」これを「力は変位と等価だ」と読んだらなんだか変ですよ。(変じゃない?あれ?)あるいは
S = πr^2
だったら、どうです?別の概念の間の関係を述べている、とばっかり思っていた式が、「等価だ」という洞察に繋がってしまうところが、物理の面白いところだと思います。
再度ありがとうございます.二つのものを単に等式で結ぶということと,それらが等価であると洞察することには大きな隔たりがあるのですね.実際,等式で結ばれたものを等価であるとみなせるかどうか,というより受け入れられるかどうかは実に微妙な問題だと思います.例えば,加速する電車の中でつり革が傾いているのを見て,『つり革が後ろ向きに慣性力を受けている』のと等価と考えることができる人でも,窓の外を覗けば,景色に含まれる物体すべてが後ろ向きに慣性力を受けて『落下』していることになるのを受け入れるには時間がかかるかもしれませんね.
No.7
- 回答日時:
まったくご質問の答えにはなっていませんが、
ここのサイト面白かったですよ。
せっかく力学のお話なので、おすすめは、
「ブランコの中の∞(無限大) - なんで一体漕げるのだろう? - (2000.11.26) 」
とか
オッパイ星人シリーズあたりいかがでしょうか?
参考URL:http://www.hirax.net/index.html
ブランコの話には全く感動いたしました.また『おっぱい星人』シリーズのほうは楽しくて大笑いしてしまいましたが,悪戦苦闘しながら簡潔なモデルを導入している過程を見ることができ勉強になりました.ただ,私はあのモデルが妥当なものであるかどうか判定できませんが・・・.面白いサイトを教えてくださり,ありがとうございました.時間をかけて楽しみたいと思います.
No.6
- 回答日時:
運動方程式の意味の方はOKのようですから,
少し補足を.
「高校生の物理の問題が極めて特殊な条件下で出題されている」
のではなくて,簡単なモデルから始めているのでしょう.
簡単なモデルから始めるのは,高校物理に限りません.
大学だって,専門家だって同じです.
最初から全部の要素を取り込んでしまうと
お手上げですし,何が大事か本質かわからなくなります.
簡単から複雑へ,です.
地球が太陽の周りを円軌道で回っている.
大体OKですね.
細かく言うと少し楕円になっています.
楕円軌道くらいだったらそんなに難しくない.
でも,月やら木星やらの影響を入れたら,
無茶苦茶難しくなります.
簡単なモデルで説明がつかないことが出てきたら,
少しモデルを複雑化してみよう,こういう精神です.
F=ma は古典力学に話を限れば,大原理です.
一方,摩擦の方は stomachman さん言われるとおり,
怪しいです.
まともに面の接触など扱うとどうにもならないから
実験的経験的にこうなっている場合が多いというので,
R が N に比例する,としてしまっているのです.
こういうのを「現象論的に導入した」と言っています.
なんだか,ピントがすこしぼけた気もします.
ありがとうございます.簡単なモデルから出発すること,そしてその手段として『現象論的に導入する』という方法を用いることは,(もちろん使い方を誤れば『逃げ』や『ごまかし』に繋がるでしょうが),物事の本質を損なわずに理解するための強力なアプローチなのですね.今までお答えをいただいた方のご指摘により,モデルの適用の重要性については漠然と考えを巡らせておりましたが,siegmundさんのおかげでピントが定まりました.
No.5
- 回答日時:
みなさんの期待している専門家ではないのですが。
(笑)ma=Fの式の意味は「ma⇔F」です。最初の定義では「ma→F」と加速度から力が決まる。という意味から数学を使うことによってどちらからも使用できる式になったのだと思います。
昔から物理法則を数式化することで、その数式に値を代入することで更に新しい法則を導き出したり、逆算することが出来るようになったのです。
上記の例ですが、その物体を動かすのに最低どれだけの力がいるか?という問題で、例えば実際に機械を作るときに想定物体を動かすのに必要なモーター等の動力の容量を決めるときに使います。(実際の計算はもっと複雑怪奇だが。)
#2x+3=5のxを求めるようなものですよ。
あと、「垂直~」についてですが、そんなことをまで想定してはとてもじゃないですが、高校生が学習する物理では解けません。
高校生が学習する物理は「空気の抵抗のない」等、極めて特殊な条件の元で出題されます。
それでも解けない人が多いんだから、わがままを言ってはいけません。
ありがとうございます.私と同じように,専門家ではなくても考えるのが好きな方がこんなにたくさんいらっしゃるのが本当にうれしいです.『数式化された物理法則』の威力については,きっと考えれば考えるほど面白いことがたくさんあるのでしょう.
高校生の物理の問題が極めて特殊な条件下で出題されているというのは,モデルの適用過程に関しては出題者の側で済ませている,ということに他ならないわけですね.
No.4
- 回答日時:
この質問が具体的にどのくらいのレベルの話をしているのかわかりませんが、この問にあるように、水平な床に質量 mの物体が静置していて、水平方向に力を加えるとしている訳ですから、水平方向以外に力が加えられるとは考えられませんよね?問題ですでに仮定してあるわけですから。
その仮定に疑問を持ってしまうと問題自体成り立たなくなりますよ。動かない保証は仮定されているからでしょ。もちろん現実には物体の形によっては動く際に空気抵抗があったりする事も考えられますけどねえ。
力を水平方向に加えるわけだから、物体は浮きも沈みもしないというのはあたりまえですよね・・・
そういう風に考えるのは間違いですか?
ありがとうございます.ご親切に回答してくださった方に反論するのは気が引けるのですが,少し腑に落ちないので書かせてください.この問題では決して水平方向にのみ力が加えられているのではなく,静置の時点から地球による重力と床からの抗力が働いています.極端な話,物体を引っ張った途端に抗力が増大して重力を上回り,物体が浮き上がることも考えられます.もちろんそんなことは常識的にあり得ません.しかし,そのような常識をよりどころとしなければ物体の運動を記述できないのであれば,結局力学は常識的に想像のつく現象しか捉えられないということになってしまうのではないかと恐れたのです.
No.2
- 回答日時:
状況に応じた運動方程式を立てる必要があると思います。
浮き沈みがあるなら、それも計算に入れるような…
ただ、実際には、浮き沈みを計算に入れなくてもよい系があるわけで、そう単純化した結果、方向を限定していると思っています。(自由落下する系における物理大系は、一般相対性理論の世界になる かな)
実際目の前に、動かしたいものがある。どのくらい力を加える必要があるか…というのを算出する目的もあれば、「摩擦」などの抗力を理解させるテーマとして出題されている部分もあるのかも知れません。
ありがとうございます.どうも私は『力学は物体の未来を予測する』という考えに凝り固まっていたようです.実際には経験的に物事を単純化することによって,いろいろなものを求めることができるのですね.
No.1
- 回答日時:
学校の物理の教え方の問題なのかもしれませんが、
先に方程式を出して検証ないし計算するものが多いです
よね、実際にはなぜそういうモデルに行きつき説明できる
のかとういのが重要なのですが。
物理現象が先にあって、それを説明するのにあるモデルを
想定し仮説(方程式)をたてたら説明できたというのが正しいです。
極端なはなし、物体が実は電子1個だったとかいうばあいは
量子力学の範囲になってしまい別の方程式(理論)を使う事になります。
上記問題は、「高校力学の範囲のモデルにおいて」と
いう前提が暗黙のうちに付いているのでまぁ妥当なのでは
ないでしょうか。
# 問題自体については、20年以上前やったきりなんで他の人にお任せします。
ありがとうございます.この問題の不自然さは,『どのようなモデルを適用すべきか』という,本来避けることのできない思考過程を省略しているところにあったのですね.たいへん勉強になりました.
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