起動戦士ガンダム逆襲のシャア、
という話は「何」を題材にしたものなのでしょうか?
何を言いたかったのでしょうか?
特に気にしなくてもいいのでしょうか?
しかしシャアやアムロのセリフってときどき「えっ?」
てなことがあります。
何故かガンダムってどの作品も何か謎があるな~、って
思います。
回答(6件)
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No.6ベストアンサー20pt
あのテーマは、執念?や強さの反面に持ち合わせている弱さ?みたいなものがテーマだと思いましたが。
公開前のTVの特番で監督が
「負けることや折れることに慣れてしまった大人に見てもらいたい」
的なことを言っていたと思います。
ファースト以来、負けっ放しでしかも(母親がわりの)ララアまで失った
シャアがリベンジするって事かと。
劇中アムロに「貴様ほどの男が度量の小さいっ!」とか罵られるシーンも
多く、ナナイに甘えるシャア等々
強い(大人の)シャアの反面、昔負けたことを根に持ってたり
結構マザコンだったりする弱い(子供の)部分を表現したかったんだと。
純粋さとか。
ファーストガンダムというより、Zガンダムでの展開を見ていないとなんだかよくわからないですよね
(そもそもわかりにくいのですが)
小説版の後書きによるとこの話と映画版との決定的な違いは、アムロが父親になるという下りを映画版では省略してしまったことにあるように思います(そのせいでアムロとシャアの違い->引いてはどちらが勝者?なのかが映画版ではなんだかわからなくなってしまっているのです)
少年少女向けのアニメの主人公が父親になるのはらしくないと問題だとなったらしいのですが・・・
角川スニーカー文庫(今でもあるのかな?)ででているのでよかったら読んでみるとまた違った見方ができますよ
基本的には、アムローシャアの決着を付けたものと思っています
でも、ガンダムの基本部分には、色々な部分が意味づけられているので、そのどの部分を解釈するかで大きく変わってくると思いますよ
スペースノイドとアースノイドの確執は、∀ガンダムでも語られていますから
CCA(逆襲のシャア)は、決着とはべつに、なにかっていうと、
人の力で地球そのものの存在を代えてはならないとか
人の進化の可能性とか
地球というものを見つめなすとか
いろいろな解釈をしている人が自分の周りでもいます
あなたが思ったことも一つの正解であると思うんですがね
この回答へのお礼
ありがとうございます。
やっぱり難しいですね~、
逆襲のシャアについて、噂話ですがこんなことを聞いたことがあります。
富野監督「今度のガンダムはメカを出さないでいこう」
バンダイ「だめ。おもちゃを出す。これこそ商売。」
こんな会話があったとか無いとか・・・
これに監督は切れて「じゃあシャアとかアムロとか殺してやる」
・・・そんなはずは無いと思いますが・・・
ですが、僕が思うに逆シャアは間違いなく「シャアが主人公」のアニメでしたね。
つまり、シャアの人間性がこの作品によって補完される形となったのではないでしょうか。
No.2ベストアンサー10pt
何が言いたいかというのは厳密には富野氏しか分からないのでしょうが、何を見いだすかは視聴者たる私たちにも出来る(許される?)でしょう。シャアとアムロの対立は、「目標は同じなのに、方法論や立場が違うと言うだけで、対立し憎しみあうことの愚かさ」でしょうか。この辺りはは時代的(70年代)に中東が想起されます。ガンダムシリーズは読み込めばいくらでも考えさせられるネタ(不条理や矛盾)が多いので、「特に気にしなくていい」というamuro78さんのお考えは一つの達見!かとも思います。
この回答へのお礼
ありがとうございます。
気にしなくていいのですね、、、、、、、
でも気になります。
あのぅ「起動」じゃなく「機動」ですよ・・・(^^;
この話はガンダムの監督、富野氏がアムロとシャアの物語(初期ガンダム)の完結編という位置付けで作ったものらしいです。
題材はやはり「人類のニュータイプへの覚醒(進化)」でしょうか、はやく進化させたいシャアと、自然にまかせたい?アムロとの戦い。
それでもamuro_78さんの言うようにTVシリーズのアムロとシャアから考えると「えっ?」というようなセリフもありますねぇ。
でも何度も見ていると監督の富野氏の言いたいことがなんとなくわかるような気がします、富野ガンダムの総決算作品ですから。何度も見てみましょう(笑)。
回答になってませんが・・・。
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